第33話 「ビー玉と散髪」

 ◇


「……あ」


 寿限ムが小さく声を上げる。

 ちょうどいい所だったのに、ゲームの充電が切れてしまった。

 セーブ、大丈夫だよな? とりあえず充電してみてから確かめるしかないか……

 

「なあ、充電ってどこ?」


 寿限ムは令に近づいて訊ねる。令は相変わらずフィギュアを並べていじっていたが、寿限ムの声に反応してこちらを向いた。


「あー、そこ」


 令が指さす。その先には"壁から張り出た白い板(穴付き)"があった。

 ……なるほど、あの白いのが『コンセント』ってヤツか。及川邸では『太陽光パネルから直接引いて来たヤツ』しか見たことなかったから、気づかなかったな。


「サンキュー」


 そう言って寿限ムは、目の前の和服少女に感謝する。


 ……そう言えば。

 改めて令の顔を間近で見るけど、どうしてこんなに前髪を伸ばしてるんだ?


 いや、着物を着てるのも珍しいっちゃ珍しいんだが、まあそれはいつもドレスを着ている刻花を見ているからな。別に普段から着物を着るのもアリだろう。


 ──でもこの髪の伸ばし方……


「……なあツカサ、どうして目を隠してるんだ?」


 そう言って寿限ムは、手で令の髪を上げる。


 ──その瞬間、寿限ムと令の目が合った。


「…………」

「…………」


 そこにあったのは、

 サラサラした黒い髪。白い肌。幼げな顔。そして青い眼が寿限ムを真っすぐ見つめていた……


「……ビー玉みたいって言われたから……」


 …………。

 二人の間に気まずい空気が流れる。



「それは、すまん……



 


 ……?」



 寿限ムの言葉に、令は一瞬キョトンとした顔を見せる。

 その後一瞬間を置いて、令は爆笑し始めるのだった。


「あははははっ! そうだよね! 『ビー玉』って何だよ! 今時ビー玉って……ふふ、あははっ! ……はー面白かった、ありがとう」


 ……? 今度は寿限ムがキョトンとする番だった。

 よく分からないが、令が笑っているということは良い事なのだろう。たぶん。


 それにしても『ビー玉』って何なんだ? ……とはいえ、これだけ爆笑している令に水を差すのも良くないよな。それにしても気になる……


 ◇


 それからというもの、令との距離が近くなった。


 例えば寿限ムがゲームをしていると、隣から令が「何のゲームをしてるの?」と訊ねてきたり。寿限ムが『オタク初心者』ということで、オススメの漫画を薦めてくれたりもしたのだった。


「漫画か……実はそんなに好きじゃないんだよなー」


 ──意外にも寿限ム、漫画はそれほど好きではなかった。

 というのも理由があって、


「拾った雑誌を読んだことあるんだけど、なんかいつ見ても戦ってるし。……何のために戦ってるのかもよく分からないから、別の月の雑誌を拾っても『またコイツら別の相手と戦ってるよ!』ってなってさー」

「なるほど……それならこれを読んでみて。……きっと考えが変わると思うから」


 そう言って令は、寿限ムの前に漫画の束を並べる。

 ……なるほど、そこまで言うのなら読んでみるとしよう。



 ──そして、それから数時間後。

 ……寿限ムはその漫画にハマりにハマっていた。


「何だコレ……!? 戦ってるだけなのに、戦ってるじゃない……! 家族愛、強くなるという意味……この世のすべてが詰まってやがる……!」

「グラップラー〇牙は『文学』だからね」

「……いや、普通に最初からちゃんと読んだからじゃない?」


 ◇


 ──そして、翌日。


 戻子が美容師志望ということで、寿限ムは彼女に散髪をしてもらったのだが……

 寿限ムは鏡に映る自分の姿を見る。


「……なんか俺の髪、色が変わってないか? 何かアイテムでも使った?」

「アイテム? 使ってないよー? 普通に染めただけ☆」

「……おいコイツ、勝手に人の髪を染めやがったんだけど……!」


 流石は戻子はほぼプロの腕前ということもあり、髪型はまあ綺麗にカッコよくなったからいいとして……問題は髪の色だ。

 これはいわゆる『銀髪』──ちょっとカッコいいなと思ってしまったけれども、いやそういう事じゃない!


「なんで途中で気づかないかな」

「なんか色々やってんなとは思ったけどさ! こんなの気づかねーよ……俺、髪なんて染めたことないし」

「……無くても気づくでしょ」


 令の追い打ち。それは確かにごもっともである。

 勝手に髪を染められて気づかなかった自分のアホっぷりに落ち込んでいる寿限ムの傍らで、戻子は盛んにはやし立てる。


「ヒュー、カッコい~、ジュゲムんアイドルになれるよ~」

「……別に、所詮ジャ〇ーズ程度じゃない?」

「いやいや十分、ていうかかなり凄いじゃん! 二次元に染まり切ったせいで三次元のハードルがおかしくなってるヤツ~」


 …………。寿限ムはまだ落ち込んでいるのか、黙ったままだ。

 ちなみに、と戻子は令に言う。


「……ジャ〇ーズはもう無くなったよ」

「そうなの?」

「マジで三次元に興味ないんだ」


 えー、とドン引きする戻子。

 そこで寿限ムがカットインするのだった。


「勝手に髪を染めたモドコが一番悪いとして……よーく考えたら、ツカサも黙ってたなら同罪じゃねーか……!」


 そう言って寿限ムは立ち上がると、令を自分が座っていた椅子に座らせる。

 そして戻子に命令するのだった。


「切れ」

「あいあいさー」

「うー、前髪を切られた……」


 目が隠れるくらい長かった前髪も、今では綺麗サッパリ。

 おかげで令の青い眼が見えるようになっていた。……別に、これで可愛いじゃん。


「で、最後はモドコだが……」


 そう言って寿限ムは戻子に詰め寄る。

 すると、戻子は慌てて言うのだった。


「わ、分かった分かったから。ジョブチェンジの方法、教えてあげるからさ~☆」

「何、ジョブチェンジの方法……!?」


 ……確かに、それは気になる。


「それなら仕方ないな……分かった、それで手を打とう」

「え? だったら僕が教えてあげてもいいけど。それなら別の罰ゲームだよね」

「うう~、ツカたんは黙ってて~」


 ──なんだかんだで髪の色を代償に、ジョブチェンジの方法を手に入れた寿限ムであった。

 いや、この流れなら普通に教えてもらえたんじゃ……いや、よそう。


 兎にも角にも、ジョブ変更には『ある場所』に行く必要があるらしい。

 そしてようやく寿限ムは、初めて名古屋の街へと降り立つのであった……

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