第34話 「バスジャック」

 ◇


 外から見たアパートの外観も、まさにレトロ感満載だった。

 横に長い2階建ての建物で、外付けの階段で2階の外廊下に繋がっており、等間隔で部屋が並んでいる。ちなみにアパートは満室らしく「需要があるところにはあるんだね」とは令の一言だ。

 

「まずは表通りに出ないと」


 サングラスを掛けた令が言うには、この先の表通りにバス停があるらしい。

 今3人がいるのはアパート近くの参道だ。2人によると、この一帯は高Lvモンスターの生息域となって寂れてしまったらしいのだが……


「……モンスター、居なくないか?」


 おかしい。この辺は強いモンスターがうようよいるという話だったはずなのだが、さっきから全然遭遇しないぞ。


「あー、私らと一緒だからかも。これまで散々力の差を見せつけてやったし☆」

「……どんだけ暴れたんだよ」


 そうこうしているうちにバス停に到着。しばらく待つと、バスがやってきた。

 ……バスがやってきた(二回目)。


「……バス? いや、バスか? ……なあ、本当にこれバスで合ってるか?」

「うん。『武装バス』だね」

「……武装バス」


 今日日ゾンビ映画ぐらいでしかお目にかかれない重装甲のバスである。

 ……どうやらこの2年間で、世界は相当変わってしまったようだな。……相当イカした方向に。


 ◇


 そして寿限ムは、2人に続いてバスに乗り込む。

 車内の人込みはまばらだ。適当に後ろの方の空いている席に座ると、バスが発進する。

 意外にもバスの中は普通だった。……いや、バスに乗ったことないから良く知らないけれども。そしてしばらく寿限ムは街の景色を眺める。


 目につくのは沢山の太陽光パネルだ。街の至る所に太陽光パネルが設置してある。

 ……パネル、パネル、パネル。屋根があるところには必ず太陽光パネルがある、と言っても過言ではないくらいに太陽光パネルが並んでいた。


「確かダンジョンで採れる金属のおかげで、効率的なのが良くなったんだっけ?」


 そう言って戻子が、何やらスマホで検索するとこちらに見せてくる。

 それはネットの解説動画だった。なになに……


--------------


 ──『黒ダンジョン鉱B型ダンジョニウム』の発見と技術革新。


 "この2年の中で最も革命と言える出来事"の一つを皆さんはご存じだろうか? そう、『黒ダンジョン鉱』の発見です。

 この吸い込まれるように真っ黒な暗黒鉱石。これはダンジョン内でのみ産出される鉱物、つまり地球上に存在しない物質なのです。

 特異的な結晶構造を持つそれは、特定の加工を施すことにより段違いの太陽光の吸収効率、および電気の変換効率を実現します。

 この特性を用いた『黒ダンジョン鉱太陽電池』の発明こそが、今日の人類社会の復興を支えていると言っても過言ではありません……


--------------


「なるほどな。ダンジョンで採れる金属のおかげで、効率的なのが良くなったのか」

「それ、私が言ったのを繰り返してるだけじゃん。ワラ」


 ……といった風に、3人は適当なお喋りを続けていたのだが。



 ──それは、幾つめかのバス停に停まった時に起こった。



 「プシュー」という音と共に、武装バスのドアが開く。

 

 ……乗ってきた乗客は一人だけだった。

 黒コートを身に纏い、マスクで顔を隠した大柄の男である。その黒コートの男は車内に上がり込むと、椅子に座るでもなく車内をぐるりと見回した。


 車内にはその時、寿限ムたちを含めて11人の乗客が乗っていた。

 黒コートの男はそのうちの一人──年のころは10歳ぐらい、片腕を怪我をしているのかギプスを付けている──その少年の前に立つと、彼の首元を掴み持ち上げる。


「動くな! 要求は金だ、!?」

「……助けて!」


 ──バスジャックの発生である!


「……マジかよ。大変なことになってきやがったな……」


 車内のほかの乗客、オッサンやオバサンたちは降伏したように頭を抱えてプルプルと震えている。

 ……それにしても人質に子供を取るとは、なんて卑怯なヤツなんだ。助けてやりたいのは山々だが、今ここで動いたら人質がどうなるか分からない。


 ……くっ、ここはひとまず相手を罵る事しかできない、心の中で!


 ──卑怯者! クソださコートマン! 図体デカいが小心者! ザコ!




 しかし、その時──一人の少女が立ち上がったのだった。


 ……令である。手にはいつの間にか銃が握られている。

 令って『銃使い』だったのか!? いや、そんなことより、このままだとマズい。なにしろ相手は子供を人質に取っているのだ。


「おい、ガキがどうなってもいいのか!?」


 そう言って案の定黒コートの男は子供を盾にする。


 しかし──


 ──BANG! BANG! BANG! 三回の銃声が車内に響き渡る。


 令の弾丸は、黒コートの男──ではなく、


「バスジャック……だっけ。どうぞ続けて?」

「このクソ女……!」


 黒コートの男は吐き捨てるように言う。

 しかしさらに間髪入れず、戻子がスマホでカメラを回す。


「いえーいバスジャック記念~☆」

「……チッ」


 何故か少年が舌打ちする。そして顔に瞬時にマスクが装着されるのだった。あれは……アイテムボックスから取り出したのか? 少年が?

 そして少年と黒コートの男の2人は、逃げるようにバスから飛び降りる。

 

 ──ざわざわざわ……


 解放されてホッとすると同時に、突然の出来事にバスの中はざわめくのだった。


 ◇


「あの二人仲間だったのか!?」

「……正確にはだね」


 あれからすぐに平常運転に戻った車内の中で、寿限ムは令から先ほどの事件の種明かしを受けていた。令によれば黒コートの男は傀儡にんぎょうで、少年が操っていたらしい。


「指の動きがトリガーになって操作するタイプだね。目的は小遣い稼ぎかな?」

「どうして気づいたんだ?」

「"子供を人質にとったから"」

「……?」

「要するに、子供は人質に向かないってこと。……あ、そっか。君、2年も寝てたんだっけ」


 そう言って令は説明を続ける。


「例えるなら『ムキムキのプロレスラー』と『10歳の子供』が並んでて、プロレスラーの方を人質に取ったら変でしょ?」

「……確かに変だな」

「それが今じゃ逆転してるってこと。怖いのはスキルによる反撃、ゲームの世界に適応してそうなのはむしろ子供の方。だから子供を人質に取るのは悪手」

「あとこんな暑いのに黒コート着てるのっておかしくな~い? 顔だけ隠せばいいのにね」

「……つまり身元を隠すためでなく、人間でないことを隠していたのか、にゃるほど~」


 そして令は言うのだった。



「──この世の中、見かけに騙されちゃだめってことだね」

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