第9話 「朝食」

 ◇


 地震、そして高Lvのゴブリンの襲来──それは及川邸に限った事ではなかった。


 一夜明けて、壇上町だんじょうちょうの街の様子は惨憺さんたんたる有様だった。

 煙が空に立ち込める中、コンクリートのガレキや窓ガラスがあちこちに散乱している。これまでもゴブリンの被害はあったのだが、それは人的な被害が主であった。

 昨夜現れたゴブリンは、明らかに以前より狂暴度合いが1ランク上だった。町の破壊の跡がそう示している。

 幸いなことに、何故かその『狂暴なゴブリン』は今は姿を消している。しかし普通のゴブリンは未だ壇上町だんじょうちょうを徘徊したままだった。


 ◇


 一方で町はずれの洋館にも、黒服とゴブリンの戦闘の痕跡がはっきりと残っていた。無数の銃痕と、散乱する窓ガラスとガレキ。


 人気ひとけのない洋館にも、いつもと同じように陽が昇る──


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 寿限ムは目を覚ますと、寝起き特有のボーっとした眼で天井を見上げる。


「ふわぁ……朝……というより昼か……よく寝た……」


 普段は朝が早い寿限ムだったが、まあそうだろうなと思う。

 昨夜は色々あった。……デカい地震が来たりとか、ゴブリンが侵入してきたりだとか。そのせいで夜中に叩き起こされて、色々大変だったからな。

 寿限ムは目を擦ると、小さく欠伸をする。ひんやりとした床の上に横になっているせいか、少し体が冷えるな……って、ん? 何かおかしくないか?


「てか俺、確か布団で寝たよな? 何で床に寝てるんだ……?」


 顔を上げて布団の方を見ようとすると、遮るようにソックスを履いた細い足が見えたのだった。


「……すう、すう……」


 布団の上、そこには刻花が毛布を被って気持ちよさそうに寝ていた。

 刻花は斜めに大の字になって寝ており、毛布から手足を豪快にはみ出している。寝相が悪いな。……もしかして刻花に蹴られたせいで布団の外で寝てたのか、俺?

 そういえば、うな丼は?


「……みゃう」


 毛布の下からうな丼が顔を出す。良かった、無事だったみたいだな。刻花に蹴られて月まで飛んで行ってないか不安だったが、どうやら要らぬ心配だったようだ。

 そして寿限ムは改めて、布団の上でぐっすり寝ている刻花に目を向ける。


「……すう、すう……ん……赤いゴブリン……むぅ、通常の三倍だと……!?」


 ……いやどういう寝言だよ。何だ「赤いゴブリン」って。


 ◇


 それから寿限ムは刻花が起きるまで小屋の外で、何が生成できて何を生成できないのか、試しに色々なものを生成クラフトしてみることにした。

 というのも以前ステーキを生成しようとした時に、「カテゴリ『食べ物』は解放されていません」と表示されて何も生成できなかったということがあった。


 つまり……生成クラフトには生成できるものと出来ないものがあるということだ。


 土壇場になって生成できないなんてことがあったら大変だからな。きっちり確認しておくことにしよう。


「さて、まずは──生成クラフト『リンゴの木』!」


 寿限ムが唱える。しかし目の前にリンゴの木が生えてくるということは無かった。


【スキル:『生成クラフトLv1』エラー、カテゴリ『植物』は解放されていません……▼】


 やはり駄目か。良い線行っていると思ったんだけどな。それじゃ、次。


「──生成クラフト『ニワトリ』!」


 再度寿限ムが唱える。しかし「コケコッコー」の声が聞こえることは無かった。


【スキル:『生成クラフトLv1』エラー、カテゴリ『動物』は解放されていません……▼】


 えー、刻花の目覚ましにちょうどいいと思ったんだけどな。……冗談、普通に焼き鳥にしたり卵を食材にしたかったんだが、これも駄目だったか。けどまだ手は残っている。次!


「──生成クラフト『牛乳』!」


【スキル:『生成クラフトLv1』エラー、カテゴリ『飲料』は解放されていません……▼】


 嘘、だろ……? 寿限ムが唱えるも、目の前に牛乳が現れることは無かった。もはや、食べ物系は絶対に作らせないという意志さえ感じてくる。

 くっ……あの時の言葉は嘘だったのか!? 「何でも作れる」って、あの時の言葉は嘘だったのかよ!


「食いたかったな……美味いもん……」


 寿限ムが一人黄昏ていると、ガラガラと扉を開ける音が聞こえてくる。見ると、刻花が物置小屋からうな丼を抱えて出てきたのだった。


「……おはよ」

「よう、おはよう」

「そこで何してるの?」

「ん? 実験。失敗だったけどな……」

「そう、だったらお屋敷に移動するわよ。ここは寒くて仕方がないわ」


 特に断る理由もないので、寿限ムは刻花に付いて屋敷に上がる。そこは高い天井の広い玄関だった。そのゴージャスな空間も地震の影響を受けた様子で、頭上のシャンデリアは何とか無事だが、廊下には高級そうな戸棚が倒れている。

 屋敷の本館の方に上がるのはこれが初めて……いや。一度だけ俺が小さい頃に熱を出してここに運ばれたことがあったか。

 ……まあその時のことはあまり覚えていないし、あれはノーカンだな。


「電気が通っていないみたいね……地震の影響かしら」


 刻花がカチカチと壁付けのスイッチを操作するが、シャンデリアは暗いままだ。


「その布……"カテーン"をどかせば明るくなるだろ」

ね。それで昼の間はいいとして、夜はどうするのよ」

「……さあな。花火でも上げるか? 暇だし。きっと綺麗だろ」

「……アンタ、なんかヤケになってない?」


 そう言って、刻花が怪訝な表情を見せる。それに寿限ムは悲しみのこもった表情で答えるのだった。


「ああ、きっと人生で一番の絶望だな、コレは……」

「……そう。何かよく分かんないけど、元気出しなさいよ」


 そう言って刻花が寿限ムの背中をポンポンと叩く。

 「食べ物」がダメなら食材を作れば良いじゃん! ……思いついた時は自分が天才だと思ったよ。けど、ダメだったのなら仕方ない。仕方ないけれども。

 はぁ、ダメだったかぁ……寿限ムは露骨に引きずりつつ。そしてそれから二人は手分けしてカーテンを開けるのだった。陽の光が差し込んで、屋敷の中はだいぶ明るくなる。それにしても……だいぶ散らかってるな。寿限ムは辺りを見回す。


 そう言えば、と寿限ムは刻花の方を見る。

 俺たちはこの屋敷唯一の生き残りだ。つまりこれから二人で生活しないといけないのだが……気になる点が一つあった。

 それは刻花の様子が普段通りだということだ。

 普通こう、落ち込んだりするんじゃないか? 俺にとってはゴブリンなんかよりずっと恐ろしい相手でも、刻花にとっては血の繋がった父親な訳だし……。

 それどころか、彼女は彼らの死に特に何も感じていない気配すら見える。


「そういえば、キリカは落ち込んでないのな」

「何が? ……別に落ち込むようなことあったかしら」

「……それ、マジで言ってる? オヤジさんも一応、お前の父親だったんじゃないのか? あと黒服だって全滅だしさ……」

「ああ、そういうことね。……別に、大悪党が死んで悲しむ人はいないでしょ。それに私も大嫌いだったし。あと黒服は普通に邪魔」

「うへー、冷たいヤツだな~」

「そう? だったらアンタが死んだときには悲しんであげるわ。……これで満足?」


 そう言って刻花は悪戯っぽく笑う。

 それから二人がやってきたのは台所だった。地震の揺れのせいか戸棚の引き出しがところどころ半開きになっている。せっかくの立派な皿も割れてしまったようだ。

 しかしそれらに対しても刻花は特に未練のない様子で、まっすぐ冷蔵庫の前に向かうと中身を確認して言う。


「冷蔵庫も止まってるわね。今が冬でよかったわ。夏だったらすぐに冷蔵庫の中身が悪くなってしまうもの。……さ、朝食にするわよ」


 ◇


 それから少し遅い朝食の準備が始まった。

 まず初めに冷蔵庫の中身の確認からだ。台所には巨大な冷蔵庫が二台並んでいる。その二台の中身を一つ一つ確認し、仕分けしていく。


 腐りやすい食べ物──例えば卵や肉、魚など。

 腐りにくい食べ物──例えば果物や野菜、乳製品など。

 特に腐りにくい食べ物──カップラーメンや缶詰など。


 冷蔵庫の中は半分ほど空だった。「あのバカ黒服たちが無駄に宴会をしたせいね……」と刻花は苛立たしげに呟く。

 ちなみに、それらの仕分けは全て刻花が行った。まあ俺は自慢じゃないが、どの食べ物が腐りやすいかとか全然知らないからな。ここは刻花に譲るとしよう。……ふむふむ、なるほど。卵は腐りやすいのか。だったら早めに食べた方がいいな。


「ねえ、生成クラフトでドライアイス作れる?」

「……ドライアイス?」

「二酸化炭素を凍らせたものよ。冷やすのに使うの」

「なるほど。凍らせたCO₂か! CO₂の昇華点はたしかマイナス79度ぐらいだったよな? それなら冷蔵庫の代わりになりそうだ。試してみる価値はあるな」

「……アンタって知識の偏りが凄いわよね。何?『CO₂の昇華点』って」

「ん? キリカの宿題で出てたぞ。CO₂は常圧じゃ液体にならないからな、気体から個体に昇華するんだ」

「ああ、そういう訳ね……」


 そして二人は改めて食べ物を冷蔵庫に詰めなおす。その際、食べ物の並べ方に注意しなければならなかった。何せドライアイスはかなりの低温なのだ。だから、あまり食べ物と近づけすぎないようにスペースを作成した。


「──生成クラフト『ドライアイス』!」


 寿限ムが唱えると、停電で真っ暗になった冷蔵庫の内部にドライアイスが生成される。よし、無事生成出来たな。しばらく食べ物を腐らせる心配も無くなったところで、二人は食材とフライパンを持って庭に出るのだった。


「──生成クラフト『焚火』!」


 寿限ムが唱えると、綺麗に組んだ焚火が目の前に生成される。その横に消火用のバケツを置くと、早速調理を始めたのだった。……刻花が。


 今回作るのは『目玉焼き』だ。油をひいたフライパンの上に卵を割ると、焚火の火で「ジジジ……」と卵が熱される音が聞こえてくる。

 そのまま5分ほど待つと、目玉焼きの完成だ。黄身が見事な半熟になっている。目玉焼き2枚を、刻花がそれぞれ皿に乗せる。


「アンタは何で食べるの? ソース? 醤油?」

「……全く分からん。キリカのオススメは?」

「醤油」

「醤油か。じゃ、そっちで」


 寿限ムは刻花から醬油の瓶を手渡される。なるほど、この瓶の中に醤油が入っているのか。寿限ムは目玉焼きの上に醤油を垂らした。目玉焼きの白と黄色のコントラストに醤油の色が加わる。

 寿限ムは試しに、フォークで黄身をつついてみる。……ぷにぷにだ。ぷにぷに。さらにフォークで黄身を押すと、黄身が破れてドロリと溶け出す。

 くっ……なんてワクワクさせやがるヤツなんだ。こんな食べ物、テレビでしか見たことない。俺が普段食べてるのは、硬かったり冷たかったりで……こんなに湯気が出ているなんて初めてだ。

 そして寿限ムは食べやすいように切ると、そのまま口に運んでみる。


「うっ……うまっ。何だよこれ、美味過ぎんだろ……! 目玉焼きと醤油の相性が良いってこういうことだったんだな! ちくしょう、醤油の風味が卵本来の味を引き立たせてやがる。くっ、これが卵の『甘み』と『旨み』ってヤツなのか……!」

「……適当に作った目玉焼きでよくそんなリアクションができるわね」

「テレビで見た。美味いもの食べた時はこういうリアクションをするんだろ?」

「……それは演技よ。毎回それをやられると面倒だから普通に食べなさい」

「分かった。……それにしても美味いなコレ」

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