第8話 「川の字」
◇
ブン、ブンと空を切る音が辺りに鳴り響く。
かさかさ、と小さく風が木の葉を揺らす。
深夜に野球少年が素振りをしている……という訳ではない。
月明かりが照らす深夜の庭園で、一人の少年がゴブリン三匹と大立ち回りを繰り広げていた。ゴブリンが代わる代わる少年に向かってこん棒を振り回すたびに、ブンと空を切る音が微かに鳴り響く。そして描かれる、炎の軌跡。
一方で、少し離れた物置小屋では。
「……あれ、普通に死角から攻撃されてるわよね? ……あれを全部避けるってどういうこと? 何あの空間認識能力。ニュータ〇プ? 後ろにも目が付いてるの?」
扉の隙間から寿限ムの戦いを観戦していた刻花が、呆然とした面持ちで呟く。
いくらゴブリンの動きが単調とは言え、これはゲームに似てゲームではない。
あって数パターンの画一的なモーションしかないゲームとは違い、あのゴブリンの攻撃の角度は無数に存在する。それにゲームのキャラクターを操作するのとは訳が違うのだ。
……普通できる? 化け物相手にアレが。何の経験もなしに。
「にゃ~お」
「ダメよ、ここにいるの」
ご主人様が外で遊んでいるのと勘違いしたのだろう、猫が外に出ようとしていたので刻花はその身体を持ち上げて抱える。
ゴブリンの叫び声が聞こえてくる。見ると、ちょうど寿限ムが一匹目を倒したところだった。おそらくこのまま残りのゴブリンも倒してしまうだろう。
……そして刻花の予想通り、この戦いが終わるまでそう時間はかからなかった。
車の中に閉じ込められたゴブリン二匹も、一匹は倒れ、一匹は寿限ムから「フレイムスラッシュ」を受け瀕死の状態。
「『フレイムスラッシュ』──これで終わりだああああああっ!」
そしてとうとう寿限ムは、ゴブリンの攻撃を一発も食らうこと無く。
──最後の一匹を倒したのだった。
◇
「……へぇ、なかなかやるじゃない。期待以上だったわ」
ゴブリンを倒した後、物置小屋に戻ると刻花にそう声を掛けられた。心なしか笑顔のように見える。
……珍しいな。俺が知っている刻花は、いつもムスッとしているんだが。というより、よく考えてみると刻花が笑っているところを見たことがなかった気がする。
「そっちこそ、『フレイムスラッシュ』マジ助かったぜ……そう言えばうな丼は?」
そう言って寿限ムが見回してみると、布団の上でスヤスヤと寝息を立てていた。
「薄情なヤツだなー。せっかく俺が戦ってたのに」
「この子うな丼って言うの? ……変な名前ね。アンタが付けたの?」
「まあな。コイツ、うな丼が好きなんだよ」
「うな丼が好き? ふーん、それは"
……マジか。それはすまなかったな、うな丼。
「……それで、あの車は?」
「ああ、
「……クラフト? 材料から物を作るとか?」
「いや、材料は要らないな」
「……チートね」
「なあ、もう寝ていいか? すげー眠いんだけど……」
「ダメよ。まだお屋敷に入り込んだゴブリンは残っているわ」
「マジかよー……ふわぁ、ねむー……」
それから寿限ムは、屋敷の中のゴブリンを討伐することになった。刻花の話によれば、あと三匹のゴブリンが屋敷の中を徘徊しているらしい。
そのゴブリンたちだったが、すぐに見つかった。一階に二匹と、二階に一匹。この三匹もLvが10越えとなかなかの強さだったが、「フレイムスラッシュ」の力を得た寿限ムの敵ではなかった。
ただ気になったのは、道中黒服たちの姿が見えないことだ。ゴブリンたちにやられたのなら遺体があるはずだが、それがどこにも見当たらない。
「まさか、ゴブリンに全部食べられたのか……!?」
「ふーん、今まで倒してきたのはゴブリン界の早食いチャンピオンたちでした……ってそんな訳ないでしょう。どんだけ綺麗に食べるのよ。……普通に考えたら、ゴブリンを倒した時みたいに消えてなくなったんでしょ」
「でも、人間はゴブリンとは違う。人間は死んだら死体になるんだ。そうだろ?」
「そうね。でも世界は変わったのよ。スキルとステータスがあって、倒されたら消えて無くなる……そんなゲームみたいな世界に」
「……ステータス? スキル?」
寿限ムは首を傾げる。とは言え、それが何を意味しているのか根掘り葉掘り訊ねる気にはなれなかった。……眠いし。
そして最後に、寿限ムと刻花の二人は屋敷の塀の前までやって来た。目的はゴブリンたちの侵入経路を塞ぐことだ。そうしないとまたゴブリンが入ってくるかもしれないからな。大事なことだ。
寿限ムが
「……なるほど、ここからあのゴブリンたちが侵入してきたわけだな」
「これ、アンタの
「さあ? そういった使い方はしたことないな……試しにやってみるか。ここが開いたままじゃ安心して眠れないしな。──
寿限ムがそう唱えると、崩れた塀の隙間を補うように新しい塀が生成されていく。おー、やれば出来るもんだな。
見た目は別の塀を継ぎ足したみたいで正直不格好だったが、コンコンと叩いてみると塀としての機能には変わりがないようなのでこれで良しとしよう。
これでようやく眠ることができるな……ふわぁ。
寿限ムは夢遊病のような足取りで物置小屋に戻ると、上から毛布を被る。羊を数えるまでもなく、ぐっすりと眠りにつくのだった。
…………。
「……ああもう、どうしてそこで寝るのよ! 屋敷の方で寝ればいいでしょう? ベッドだって貸してあげられるのに。ほら、起きなさい! ……ダメ、全然起きない」
刻花はゆさゆさと寿限ムの体を揺さぶるが、だらしない寝顔のまま一向に起きる気配がなかった。その間も11月の夜の冷たい空気が刻花の身体を冷やしていく。
「あー、さむ……」
……正直、お屋敷の自分の部屋の暖かいベッドでぬくぬくと眠りたいというのが刻花の本音だった。けれども今この状況で、もし寿限ムから離れて何かあったら……
身の安全のことを考えたら、ここで屋敷に戻るのはあり得ない。でも……
そして刻花は寿限ムを見つめる。ぐうぐうと、隣で寝ている猫と同じぐらいのアホ面で気持ちよさそうに寝ていた。
しばらくして、刻花は諦めたようにため息をつくのだった。
「はぁ……仕方ないわね。今回だけ。何が起こるか分からないんだから……」
そして刻花は布団に潜りこむと、猫と一緒に、寿限ムの隣で川の字になって寝るのだった……
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