第7話 「フレイムスラッシュ」

 ◇


 銃撃の音、そして黒服の悲鳴が足元から聞こえてくる。

 そんな中、バタンと力を入れて扉が開け放たれる。そこから出てきたのは、いつものゴシック風の服に着替えた刻花だった。

 刻花は自室を出ると、迷うことなく廊下を走り始める。


「劣勢みたいね……それならさっさと屋敷を出た方がいいか」


 目指す先は一階に続く階段だ。しかしその道中、緑色の肌をした化け物──ゴブリンが行く手を阻むように立ち塞がる。


「あれがゴブリンか。初めて見たけど本当にキモいわね……」

 

 ゴブリンは刻花を見つけるとニタリと笑みを浮かべる。そして手に持ったこん棒を構えると、大きく横振りするのだった。


 ……普通の人間ならば、ここは立ち止まって逆方向に逃げるなりするだろう。


 しかし刻花は速度を落とすどころか、速度を上げてそのまま突っ込む。そして──ゴブリンの横をスライディングで抜けるのだった。

 それはお手本のような綺麗なスライディングだった。上体をできるだけ床と平行に傾け、減速することなく滑り込む。


 ──今はこのキモい化け物と戦える戦力がない。だからここは逃げる。


 そして刻花は立ち上がると、大振りの後にふらついたゴブリンを尻目に、最短距離で一階へと続く階段にたどり着くのだった。

 階段を下ると、そこには二匹のゴブリンがうろついていた。この調子だと玄関にたどり着く前に囲まれてしまうだろう。──しかし。


「バイバイ、緑色の人たち!」


 刻花は勢いをつけて窓に飛び込んだ。ガシャンと窓ガラスが割れる音と共に、刻花は窓の外へ脱出する。

 そして物置小屋の前までやって来ると、扉を開けて中へ入るのだった。


 ◇


 ──羊が152匹、羊が153匹、羊が154匹……


「ん? 何だ……?」


 どうやら来客らしい。毛布越しに、ガラガラと扉を開ける音が聞こえてきた。

 扉を開けるのに手間取った様子がないところから判断するに、おそらく開けたのは人間だろう。ふーん人間か。だったら別に気にする必要はないか……寝よ。


 そして寿限ムは、再び脳内で羊を数える作業を再開する。


 ──羊が155匹、羊が156匹……


「ほら、さっさと起きなさい」


 ガバッ。突然毛布が引きはがされる。……寒い。

 見上げるとそこには、月の光に照らされた刻花の顔があった。開け放たれた小屋の扉から月明かりが差し込んでいる。

 ……ちなみに俺はかなり夜目が利く方なので、これぐらいの明るさでも十分相手の表情を見分けることができる。例えば今の刻花なら汗をかいているなとか、この寒さで汗をかいているってことは、ここまで走ってきたんだなということも分かる。


 まあ、何のためにここまで走ってきたのかは全く見当が付かないんだが。


 荷物が散乱する中、寿限ムはうな丼を抱えて布団の上に横たわっていたが、小さく欠伸をすると眠たげに目を擦る。

 

「いや……まだギリギリ寝てねーよ。今から寝るとこ……」

「……ね、寝るですって!? ちょっと、アンタ本気!? すぐそこまでゴブリンが迫ってきてるのよ?」

「ふわぁ……別に、そんな焦る状況じゃないだろ? これぐらい、どーせ黒服が勝手に何とかするって……それより、こんな所に来て大丈夫なのか? 体冷やすぞ」

「それどころじゃないんだってば。もう、話が通じないわね……アンタだけが頼りなのに……!」


 もはや実質軍隊なんじゃないかと思うレベルであれだけ武装していたのだ。そうそうやられることは無いだろう。そう思ってのんきに欠伸をする寿限ムだったが──ちょうどその時、今まで鳴り響いていた銃の音が途絶え、黒服の断末魔が響き渡る。


「……ほら、全員やられた」

「マジかよ。ってことは『相当強いゴブリン』みたいだな」


 寿限ムはうな丼を布団の上に降ろすと、こん棒を出してすぐさま戦闘態勢を取る。そして物置小屋の入り口から外を見回すのだった。そこから見えたのは、物置小屋に近づいてくるゴブリンたちの姿だった。

 ……数は5匹。これはちょっとしんどいかもしれないな。


「これで目は覚めた?」

「……ああ、きっちりな」


 目の前には強敵5匹だ。全身に血がたぎってくるのを感じる。久々にひりつく様な戦いができそうだ。そう思うと、眠気なんてとっくに吹っ飛んでしまっていた。

 そして寿限ムは一歩前に出ると、刻花の方を振り返って言う。


「うな丼を頼む」

「……うな丼?」


 ……さてと、戦いの時間だ。顔に「?」マークが浮かべている刻花を残して物置小屋を出ると、寿限ムは月明かりの下でゴブリンたちと相対する。


【エンカウンター:プレイヤーはゴブリンLv10に遭遇しました▼】

【エンカウンター:プレイヤーはゴブリンLv11に遭遇しました▼】

【エンカウンター:プレイヤーはゴブリンLv11に遭遇しました▼】

【エンカウンター:プレイヤーはゴブリンLv12に遭遇しました▼】

【エンカウンター:プレイヤーはゴブリンLv15に遭遇しました▼】


 Lvえるぶい10越えが5匹か。……これ、結構ヤバくね?


 ◇


 ──寿限ムに向かって、5匹のゴブリンたちが一斉に群がる。


 まずは一匹目の攻撃。……いつもの大振りの攻撃だ、かわすのは容易い。

 続いて二匹目の攻撃。……大丈夫、これぐらいなら避けられる。

 そして三匹目の攻撃。……おいおい、それはちょっと卑怯じゃないか?

 次いで四匹目の攻撃。……ちょっとタンマ、一旦話し合おう、な?

 最後に五匹目の攻撃。……マジか。うおおおお、何とか避けきった!!!


 そして寿限ムは大きく後ろにジャンプすると、ようやく一呼吸つくのだった。

 流石に5対1はしんどいな。何とか全部避けきったけど。……つーか最後の攻撃はダメだろ。一匹目と五匹目が同時に攻撃してきたぞ。

 しかしそれにしても、こっちはいつ攻撃すればいいんだ? 再びこっちに群がってくるゴブリンたちの攻撃をなんとかくぐり続けながら、寿限ムは考える。


 一匹一匹の攻撃は単調でも、5匹集まれば地獄のコンビネーションだ。このまま5匹に一斉に攻撃を続けられていたら、いつまでたっても攻撃することはできないだろう。それどころか……一度囲まれてしまったら避けることもできずタコ殴り確定だ。


 だったら──まずはこのゴブリンたちを分断するのが先決だな。


「試してみるか──生成クラフト『車』!」


 寿限ムがそう唱えると、目の前に一台の車が生成される。……よし、狙い通りだ! 元々その車が停まっている場所にいたゴブリン二匹が車の中に閉じ込められていた。


 あはは、暴れてる暴れてる。でも、そんなことをしても出られないんだよなー。

 鍵を開けてドアノブを引けば出られる普通の車だが、ゴブリンはそのことを知らない。しばらく閉じ込めておけるだろう。


 ……しかし、生成クラフトってこういう使い方ができるのか。

 これで、『5対1』が『3対1』になった。こうなればこっちのものだ。2回分の攻撃を避ける必要がなくなった分、こっちが攻撃できる!


「……けど、強い、なっ! あの頭の上の棒が全っ然短くならないんだが!?」


 あの頭の上の棒──あれが無くなればゴブリンは倒れることを寿限ムは知っている。しかしLvが5とかのゴブリンと比べて、目に見えて棒の短くなるペースが遅い。

 流石はLv10越えのゴブリン! ……って、感心してる場合じゃないか。



「──『フレイムスラッシュ』!」


 その声と共に、炎が舞う。……それは刻花の声だった。

 刻花はいつの間に接近したのか、手に持った刀でゴブリンを斬りつけていた。

 あの刀は確か、俺が最初の日に生成したヤツ! カッコいいからと昨夜出して眺めて、出しっぱなしにしていたのだが……それを拾ったのか。

 ……いや、そんなことはどうでもいい。


「すげぇ、火が出てる……!」


 信じられないことに、刻花が握る刀の刀身が炎に包まれていた。

 斬りつけられたゴブリンの頭の上に『10』の数字が浮かぶ。そしてそのまま刻花はきびすを返すと、刀を引き摺りながら物置小屋の方へ走っていくのだった。


「見たわよね? 『フレイムスラッシュ』って言いながら斬ると炎が出るから!」

「マジで? 俺にも出来んのー!?」

「そんなこと、やってみれば分かる事でしょう!?」

「ああ、それもそうだなー!」


 寿限ムは声を張り上げて刻花と言葉を交わしていたが、一匹ゴブリンが刻花の方を追いかけようとしたので、こん棒を振りかぶって叫ぶ。


「お前の相手はこっちだろ──『フレイムスラッシュ』!」


 ボン! 寿限ムがそう唱えると、こん棒が炎に包まれる。マジか。そしてそのまま寿限ムは勢いよくゴブリンを殴りつけるのだった。

 ──そして現れる、『80』の数字。


「80!? マジか、極まってきたな、俺も……ふっふっふ、そろそろ『こん棒の達人』を名乗れるかもしれないな……」


 それに、今の一撃でゴブリンの頭の上の棒が一気に短くなった。ひょっとして、半分以上短くなったんじゃないか? ……よし、これなら行ける。



「さーてと、こっからゴブリン達をバーベキューにしてやるとしますかねー! ……バーベキュー食ったことないけど」

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