第6話 「襲撃」


 ◇


 それから数日の間、寿限ムは街に出てはゴブリンを狩るを繰り返していた。

 朝起きて、与えられた食事を終え、街へと繰り出す。

 無人の街には緑色の肌をした化け物が徘徊している。それを倒す、倒す、倒す。

 時間を潰すためだけにダラダラと過ごしていたあの日々がまるで嘘だったように、刺激的な体験がそこに広がっていた。


「──よっし! これでゴブリン20体目ッ! ふっふっふ……俺の計算が正しければ、LvUPえるぶいあっぷの時間だが……?」


 寿限ムは期待の眼で空中を見つめる。そして次の瞬間、まさに期待していたものが空中に現れたのだった。


【リザルト:『ゴブリン討伐完了』EXP獲得(856/822)▼】

【LvUP!:Congratulation! Lv12→Lv13↑▼】


「やった! これでLvえるぶいが13! かなり強くなったな、俺!」


 寿限ムはガッツポーズする。

 この『LvUP』という文字、なんとなく意味が分かってきた。

 そもそもこの文字は「」と読むのではなく、「」と読むべきなのだ。


 「Lvえるぶい上昇アップ」……そしてこのLvの意味だが、俺は「強さの指標」と捉えている。

 ここで出てくるのが、ゴブリンのタフさ問題だ。よく気を付けて見てみると、「ゴブリンLv3」と「ゴブリンLv6」では、明らかに後者の方が倒れるまでに必要な殴り回数が多いことが分かった。

 そしてそれだけではない。自分がLvUPえるぶいあっぷした前後で「ゴブリンLv3」を倒すまでの殴り回数が一つ減っていることが分かったのだ。


 ……つまりこのLvとは、「タフさ」でもあり「殴る強さ」でもある。


 そして──


「うおお!! 殴ったときの得点が20!? すげえ……」


 点数にはバラツキがあるものの、なんと20という数字が表れるようになったのだ。100点満点には遠いとはいえ、かなりの進歩だろう。


「ふふふ……いつか100点満点を取れる日が楽しみだ……」


 寿限ムはこん棒を片手に、ニヤニヤとほくそ笑む。

 このLvえるぶいの仕組みをいち早く解明したのだ。たぶん、この世界で最初に。ひょっとして俺って天才なのかもしれないな……! 


 ……寿限ムは知る由もなかった。

 これまでの考察はゲームをやった事がある人間ならば誰でも知っていることであり、なんならその数字は採点などでは全くないということを……


 ◇


【及川邸・刻花キリカの自室】


 ……その部屋は、13歳の少女が暮らすには広すぎる部屋だった。

 広々とした寝室の中央に置かれた、フリルとレースに包まれたベッド。床には絨毯が敷かれており、孤独を紛らわせてくれる沢山のぬいぐるみが並べられていた。


 本棚、鏡、クローゼット、勉強机、沢山のゲーム機、そしてシャンデリア。


 13の少女にとって、それは恵まれた空間なのだろう。しかし刻花にとっては、その部屋は鳥籠のようなものだった。


 ……私は自分の父親が嫌いだ。ヘドを吐くほど大嫌い。周りの人は大人も子供も、私の父親が"どんな人か"を知っている。"何をしているのか"もよ。だからその娘である私も関わり合いになりたくなくて腫れ物扱い。うんざりする。


『……おはようございます、午前8時、朝のニュースです。まずは今週一番の大ニュース、世界中でのモンスター出現についてお伝えします』


『日本国内でも、これまで数十万件以上のモンスター出現が報告されており、政府は昨夜市民に外出を控えるよう緊急事態宣言を発令しました』


『全国の商業施設、学校、公共施設の多くが閉鎖され、多くの企業が在宅勤務に切り替えることを発表しました。公共交通機関も一部運行を停止しており、各地では物流の遅延や食品の供給が心配されています』


 ……窓際の丸テーブルに置かれたスマホからニュース音声が流れてくる。刻花はニュースを消すと、ネットの投稿を眺め始めるのだった。

 SNSに話題の投稿が流れてくる。それはモンスターを倒す一般人の動画だった。


「……ふぅん。『ゲームの世界が現実に』だって……」


 刻花は動画のタイトルを読み上げると、動画を再生する。

 動画の中で、一人の男が包丁を持ってゴブリンと対峙していた。その男はまず普通に包丁で切りかかるのだが、ゴブリンの頭上に数字の「1」が現れる。


 ……


 次に男は「フレイムスラッシュ」と唱える。すると驚くべきことに、男の持つ包丁が炎を纏い始めるのだった。男が炎を纏った包丁で斬りつけると、ゴブリンの頭上に「15」の文字が現れ、ゴブリンはバタリと倒れる。


「はぁ……つまんないの。こんなに面白そうな事になっているのに、外に出られないなんて。バカみたい……」


 刻花はヴィクトリアンスタイルのアームチェアに腰掛けながら、レースのカーテンをめくり外を眺める。ちょうど窓の外では、寿限ムが物置小屋を出て敷地の外に出るところだった。刻花はその様子をじっと見つめる。


「……『ステータスオープン』」


 刻花は呟くと、一人退屈そうに空中に現れる文字を眺めるのだった。


 ◇


 人類を襲う未曽有の大災害。

 世界中に"未確認生命体"──通称『モンスター』が出現し、空中に謎の文字列が現れるようになってから、この日で1週間が経とうとしていた。


 突如として人々の前に「非日常の怪物」が現れ、世界中が混乱に包まれてから早1週間……ようやく先進各国の対応が出そろい始めていた。

 世界各国で軍隊が出動し、モンスター鎮圧作戦を決行。近代兵器に耐性を持つモンスターに対し、唯一の有効打と目されたのが『連射性能の高い武器でひたすら攻撃を当て続ける』ことだった。

 大量の銃弾を消費しながら小型モンスターを掃討する、大量の機械化部隊たち。彼らの活躍により、世界各国で続々と重要拠点の奪取に成功したのだった。


 一方で屋内で避難生活を続けていた市民たちは、その様子をテレビやネットの動画で見守っていた。ホワイトハウスの解放、原発の解放……世界中から届く吉報に人々は歓喜し、喜びを分かち合う。


 ──その時人々は、漠然と「何とかなるだろう」と思っていた。


 人々は知らない。それが「嵐の前の静けさ」でしかないということを……。


 ◇


【2023年11月23日 AM2:13──及川邸】


「ん、なに……? 地震……?」


 身体に揺れを感じて刻花は目を覚ます。それは、かなり大きめの地震だった。震度3とか4では絶対にありえないような。

 暗い寝室の中、刻花は寝間着姿のまま枕を掴み頭の中に乗せる。ガタガタと家具が揺れる音、そしてスマホが鳴らす地震通知のビープ音が部屋の中に鳴り響いていた。


 1分間、揺れは続いた。やがて徐々に揺れは小さくなっていき、揺れが収まった頃を見計らって刻花は体を起こすと、枕をポイと脇に放り投げる。


「どうやら収まったみたいね……ふわぁ、今、何時よ……」


 刻花がスマホを手に時間を確認しようとしたその時、階下から地震とは別の物音が聞こえてくる。刻花にはその音に聞き覚えがあった。

 ……地震ではないが、地震と同じくらいに厄介な音だ。


 ──


「……おちおち寝ている場合じゃないみたいね」


 刻花は急いで電気をつけると、クローゼットを開けて着替え始めるのだった。


 ◇


 ──それはさながら、灰と硝煙にまみれた花火大会だった。


 及川邸の一階では、黒服たちが「侵入者」に向けて銃を撃ち続けていた。

 割れた窓ガラス、散乱するガレキ。その中で総勢20人以上の黒服たちが一様に銃を構えて、一斉にトリガーを引く。

 黒服たちが応戦している侵入者、それは先ほどの地震で崩れた塀の隙間から敷地の中に入り込んでくる「ゴブリンの集団」だった。

 先頭を動く一匹のゴブリンに連続で銃弾が命中する。しかしゴブリンは効いている素振りを一切見せない。それどころかゴブリンは、さながら獲物を見つけた猛獣のようにニタリと笑みを浮かべるのだった。


 


 黒服たちはさらに銃弾を浴びせ続ける。しかしゴブリンは銃弾をものともせずに黒服たちに接近すると、その数々をほふるのだった。

 怨嗟の罵声を上げながら、なすすべもなくやられていく黒服たち。そして敷地内には続々とゴブリンの集団が侵入していくのだった……。

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