第47話 「いざ、実食!」
◇
──そして、それから1時間後。
寿限ムたちは手に入れたうなぎを料理してもらうために、料亭を訪れていた。
3人は仲居さんに先導されて、料亭の縁側を歩く。右手に見えるのは和風庭園で、流れる水の音と
寿限ムはまるで異世界に迷い込んだように、キョロキョロと周りを見渡す。
「……なあ、本当にここで『うな丼』とか食べれるのか? どう見てもニンジャとかが出てきそうな場所なんだが……」
「……口コミでは、ここで一番美味しいうなぎが食べれるんだってー☆」
「心配はいらない。忍者がいそうな場所に、忍者はいないから」
仲居さんに聞こえないよう、ヒソヒソ小声で話す。
案内された先は個室だった。
「……すげー」
「おー、本格的だねー☆」
壁には掛け軸が飾られており、水墨画が描かれていた。右下には『山………』と作者の雅号が
何だこの字は……読めない。崩して書いてあるせいで、寿限ムには何て書いてあるのか全く分からなかった。ただ、先頭の文字だけ辛うじて読める。……『山』だ。
それを見て、令は気に入らない所があったみたいだった。「……うえー趣味悪い。2点減点」と何やら呟いている。
それから注文を確認して、料理を待つ3人。
待っている時間が長く感じる。『本当にうな丼を食べれるのか……』と何故か寿限ムはドキドキしていた。
──しかしそんな時、令はスマホを取り出すと話を切り出す。
「アプリで『ダンジョンのマッピング内容の共有』が出来るって話、覚えてる?」
「何だ急に。確かにそんなこと言ってたな……で、それがどうしたんだ?」
「なになに、何の話?」
令の話に、寿限ムと戻子が食いつく。
すると、令はまるで『怪談を語るかのような』静かな口ぶりで続けるのだった。
「これ、今まで黙ってたんだけど……初めて『市民プールのダンジョン』に入った時、そのアプリでダンジョンの情報を調べたんだ。──こういう風に、誰かが先に探索した情報がカキコミしてあるんだけど……」
そして令は、2人にスマホの画面を見せてくる。
「──あそこのダンジョンボスの情報、見てみて」
……ボスって、つまり『オーガ』のことだよな? それがどうしたんだ?
そして寿限ムは、令に言われるままにスマホの画面を覗き込む。
──えーっと、どれどれ……ん? 何だコレ。
「……これ、間違ってないか? ボスが『スケルトン・キング』って書いてあるぞ」
「ホントだ。ガイコツじゃん」
「そう。ちなみにこの情報が間違いってことは、ほぼあり得ない。画像付きだし。つまり……」
「……つまり?」
「…………」
しかし、令はそこで言い淀む。まるで口にするのも憚られるかのように……
そして──しばらくして令は口を開く。
「……いや、やめた方がいいかもしれない。むやみにこのことに触れるのは」
「何だよー勿体ぶって」
「つまり──ジュゲムんが戦ったのは、『オーガの幽霊』だったってことだよね☆」
「…………」
「……え?」
そう言ってノリノリで答えた戻子に対し、令はジト目で彼女を見つめていた。当の戻子は自覚がないのか、キョトンとしている。
「……触れない方がいいって言ったのに……祟りとかあるから……」
「ユウレイ……? それって『お化け』ってことか?」
寿限ムは思わず令に訊ねる。令は首を縦に振った。
「うん。……他に可能性は考えられない。『ダンジョンボスが急に変わる』なんてこと、一度も聞いたことがないからね」
「マジか……幽霊か……おいおい、急にホラー展開が来たな!?」
「でも、あり得ない話じゃない。君とオーガには"因縁"があるんだよね?」
「……ああ。確かに、だったら『幽霊』もあり得るか……」
思い返せばあのオーガ、東京ですごい無念な死に方してたもんな。にしても、『モンスターの幽霊』か……そんなものがあるなんてな。世界は広いものだ。
「ま、でも祟りとかはないっしょ☆ ジュゲムんが『成仏』させたからねー」
「……そうだな。もし祟りに来たら、もう一回戦ってやるだけだな!」
「あはは! 君らしいね」
そう言って令が笑う。
そしてふと寿限ムはオーガの最期を思い出す。
──散り際の最期の表情。いい笑顔だった。きっと成仏してくれたよな……
◇
それからしばらくして、仲居さんが襖を開けて部屋の中へやって来る。
来たか……! ようやく『うな丼』が食べられるな……!
「いやー、楽しみだなーうな丼」
「……こちら『ひつまぶし』になります」
「アッハイ」
……そうだった。コレ、『ひつまぶし』って言うんだっけ。
そして仲居さんは、テーブルの上にお盆に乗せた料理を運んでくる。
──大きなお椀につがれた大盛りのご飯。そしてその上に敷き詰められた、こんがりきつね色をした美味しそうな『うなぎの蒲焼き』……!
食欲をそそる、美味しそうな匂い……これだけでご飯3杯行けるぞ? 俺。
そしてデカい。何ならスプーン? しゃもじ? も特大サイズだ。
うなぎの量が多すぎて米が見えねえ。なんてボリュームだ。これは強敵だぞ……!
「なんだこれ、美味そう過ぎるだろ……!」
「うわー、美味しそー☆」
そして戻子は何やらスマホを取り出し、おもむろに写真を撮り始める。
「……何してるんだ?」
「んー? 写真。SNSに上げるんだよー☆ ……うわー本当に美味しそうだねー☆」
マジか。……こんなご馳走を前にして、よくそんなことをする余裕があるな。スゲーよ。何という自制心なんだ。真っ先に食いつくだろ、普通……もぐもぐ。
「うまっ……!」
美味い。一口食べた瞬間あまりに美味いので、思わず俺もオーガの元に行ってしまうんじゃないかと思ったぐらいだ。
よく見てみると、お盆の上に空っぽのお茶碗が置いてある。どうやらご飯とうなぎをその上についで食べるらしい。
……なぜ? 2度手間!? そう思ったが、その理由はすぐに分かった。
ひつまぶしの横には、薬味のようなもの、そして小さい急須が置かれていた。この中には『ダシ』が入っているらしい。
なるほどな。薬味を乗せたり、ダシを掛けたり……色々な食べ方があるのか。
「──なるほど、これが『ひつまぶし』……!」
◇
──それから寿限ムたちは3人で、その美味すぎる『ひつまぶし』を和気あいあいと食べ尽くす。
令と戻子と俺。思えばかなり仲良くなったものだ。……もう1か月になるのか。
ダンジョンで宝箱の中から拾われて何も知らない俺は、それから2人に色々なことを教えてもらった。探索者のイロハから、この2年間の変化に至るまで。
──感謝だな、ホント……
「……そうだ。俺、本気で探索者を目指すことにしたから」
寿限ムはそう切り出す。令も戻子も特に意外そうな顔はしなかった。
「うん、いいと思うよ。君、才能あると思うから」
「うんうん。絶対向いてると思う☆ ……てか、もしジュゲムんがそう言い出さなくても、私たちが絶対に逃がさないもんねー」
「そうだね」
「……え? マジ? そんなに向いてるのか? 俺」
令と戻子の2人の言葉に、寿限ムは少しビックリする。
「うん。君、あまり自覚してないと思うけど……かなりの有望株だよ。まずは初期スキルの汎用性とパワー。これは文句なしの大当たりだね。これだけで他のルーキーより1歩……いや、3歩ぐらい飛び抜けてるんじゃないかな」
「ほうほう、なるほど……」
「あと戦闘IQも高いよねー☆ ……正直普段はそんなに頭良くないけど」
「いや最後、余計余計!」
「そして何よりも向上心。オーガをタイマンで倒しきるなんて驚き。総合的に見て特級のポテンシャルは、ある」
「特級。おお、マジか! ……特級?」
……とにかく、2人によればかなりの素質があるらしい。
ま、そんなに意外じゃないけどな! ……でも、改めて言われると嬉しい。
「まずはギルドに登録しないとねー」
ちなみに現在、寿限ムは探索者に仮登録中で、どのギルドにも所属していない状態だ。そしてここから本格的に探索者として活動するには、どこかのギルドに所属しなければならないらしい。
そして今はまさに『大ギルド時代』。なんと、世の中には数千を越えるギルドが乱立しているらしい。その分ギルドの質はピンからキリまでだ。
──有力な探索者が所属していて、様々な情報も手に入る『上位のギルド』。
──補助金欲しさに人を集めただけで、ろくなサポートも受けられない『下位のギルド』。
その格差はあまりに大きく、どこからスタートするかで探索者人生の難易度は大違い……なのだそうだ。マジ? ちょっと盛ってない?
「まあ、下位ギルドでも頑張れば上位ギルドに移籍出来たりはするんだけど……結論から言うと、コネとかがないと上位のギルドには入れないよ」
「マジか……コネか……厳しい世界だな……」
クッ、おのれ『サバイバー』のスキルめ……宝箱なんかにリスポーンしたせいで、2年も無駄にしてしまった。そしてその間に、世の中は大きく『勝ち組』と『負け組』に分かれてしまったらしい。
……いや助けられたのはありがたいけれども! せめてリスポーンの場所は選んで欲しかった……
今から始めたら『負け組』スタートかぁ……
──しかし。
「ジュゲムん、うちのギルドに紹介してあげようか?」
「……いいのか!?」
「もち! ジュゲムんが来るなら楽しくなりそう☆」
そう言って、戻子はニッコリと笑う。
──何とかギリギリ滑り込みセーフ! ありがとう、令、戻子!
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