第2話 「『竜の爪痕』と避難地区」

 ◇


 2025年の交通事情は、2年前と比べて大きく変化していた。

 例えば車で名古屋から東京へ向かう場合。寿限ムたちは東京方面に直進するのではなく、より確実な『迂回ルート』を選択せざるを得なかった。


 その理由は外の景色を見ればすぐに分かった。

 倒壊した建物。抉れた大地。寿限ムはこの傷跡に既視感があった。この地面の傷……名古屋城前で目にしたにそっくりなのだ。


 『竜の爪痕』──それはそう呼ばれていた。

 

「──そのドラゴン、普段は上空に生息してるんだけどね。度々降りてくるんだ。で、だいたい決まった場所に降りてくるものだから、その一帯はもう荒れ放題。僕たちが『迂回ルート』を取ってるのもそれが理由だよ」


 運転席の令がコントローラーで車を操縦しながら、そう教えてくれる。

 ドラゴン。RPGなら大抵の場合強モンスターに設定されているイメージだが、なるほどこの現実のゲームでもかなりの強敵らしい。

 ……オーガも相当強かったが、ドラゴンはさらにその上か。それはこの窓の外の光景──ドラゴンのブレスで抉れた大地を見れば明らかだった。


「ふーん。そのドラゴン、倒せないのか? 『ギルド』とかで一斉に掛かれば……」

「無理だねー☆ だってそのお空のドラゴン、Lvが100越えてるもん」

「Lv100……!? ……マジ?」


 Lvまさかの3桁オーバー。思わず耳を疑いたくなるが大マジらしい。Lv100のモンスター? そんなの、もはや天災の一種だろ。

 地震、カミナリ、火事、ドラゴン。……もはやそのレベルだ。

 戻子によると、そのドラゴンのように空に生息しているモンスターは山ほどいるが、そのどれもが高Lvなのだそうだ。何その魔境。


「ダンジョンのドラゴンなら倒せなくもないんだけどねー。……てか私、1匹倒してるし。でもお空のドラゴンは無理。Lv帯からして無理ゲーだもん」

「……『天空ステージ』は人類にはまだ早いってことだね」


 当然この状況だと飛行機は飛ばせないし、何ならスカイツリーみたいな高層建築物も超危険。ちなみに海も似たような状況で、一般人は国外への渡航すらできず、日本はほぼ鎖国状態なのだという。

 一応、空にいる間はこちらから刺激しなければ襲ってこないのは救いと言えば救いなのだが……流石に降りてくる分にはどうしようもない。

 天災のように避けるしかないのだ。……今のところは。


 ……そういう訳で、ドラゴンの生息域を避けて寿限ムたちが向かった先は、大都市圏の外に点在する『避難地区コロニー』の一つだった。

 ──『避難地区コロニー』。それはモンスターが出現し始めた初期の頃に利用されていた避難所のことである。

 バリケードで区切られた敷地の中に、真四角の形をした簡易住宅がズラリと並んでいる。それらは元々一時的な避難所として運用されていたのだが、今は居住区として流用されており、モンスターに住処を追われた住民たちが生活していた。


 迂回ルートを進んでいる以上、東京にたどり着くのに3日はかかる。それならば途中で『避難地区コロニー』を経由した方が何かと都合がいい。

 という訳で令はバリケードの前に車を停めると、3人は徒歩で『避難地区コロニー』内の役場へと向かった。


 探索者用の受付窓口までやって来ると、令はアイテムボックスから段ボールを幾つも取り出し、職員へと引き渡す。段ボールに入っているのは食糧、生活用品、その他諸々。それらは全て、『避難地区コロニー』で生活している人々の為のものだった。


 『避難地区コロニー』は各都市から孤立している関係上、資源に乏しい。そんな『避難地区コロニー』に物資を届けるのも探索者の務めなのである。


 ──ダンジョン遠征をする際には、あらかじめ配送用の物資を役場から預かっておく。そして道中の『避難地区コロニー』に届ける。物流が崩壊した現在では、探索者が物流を担っているのだ。

 もちろん探索者側にも見返りはある。金銭報酬はもちろん、『避難地区コロニー』に滞在している間は施設を自由に利用することができる。

 なので探索者の間では、目当てのダンジョンの近くの『避難地区コロニー』に物資を届けて、そこを拠点にさせてもらう──といった行為が一般的となっていた。


「はえー……にゃるほどー。つまりあれだな、『なんとかイーツ』みたいなモンか」

「そういうこと☆ 立派な仕事だから、ジュゲムんもよく覚えておくようにね☆」

「えーっと……僕たちの部屋はここか。うん、生活に必要なものは大体揃ってるね」


 そして寿限ムたち3人は、割り当てられた簡易住宅に上がり込む。

 外から見た感じ、プレハブ小屋のようだったが……内部にはギリ3人が寝れるだけのスペースと、生活必需品などが置いてあった。何というかこの殺風景さ、どことなく物置小屋を思い出すな。うーん、懐かしい。


 そして令はスマホの時計を確認する。

 ──現在午後3時。夜まではまだ時間が残っている。

 

「……夜までしばらく自由時間だね」

「自由時間か。確かこの近くにダンジョンあるよな? せっかくだし、俺、ちょっと行ってくるから」


 そう言って寿限ムは簡易住宅の外に出る。

 続いて令と戻子は、扉から顔を出して言うのだった。


「はいはい、行ってらっしゃーい☆ 私たちはここにいるから」

「夕方には帰ってくるんだよ?」

「子供か! ……んじゃ、行ってきまーす」


 ……うーん、相変わらず弟分扱いされてるな、俺。

 弟分? 弟弟子? そして寿限ムは令と戻子に見送られながら、『避難地区コロニー』の外、ダンジョンへと向かうのであった……


 


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