第1話 「ソーラーカーでGO!」

 ◇


 ……なんて立派な建物なんだろうか。それが寿限ムの第一印象だった。

 同じ巨大な建物でも、ビルとは違う。立方体的な無機質さとはまた違った、巨大な大三角の重厚感を感じさせた。


 ──入母屋造いりもやづくりの屋根に敷き詰められた、緑青色の瓦。そして白い壁。

 ──その頂点を飾る、北と南に一対の黄金のしゃちほこ。


 名古屋城の天守閣が竣工したのは1612年のこと。そして400年後のモンスター溢れる2025年になっても、その姿は健在だった。

 ……とはいえ戦禍は一時すぐそこまで迫っていたようで、名古屋城前の地面は不自然に大きくえぐれている。

 その抉れた傷跡は細長く、枯れた河川のようだ。その姿は、


 ──寿限ムがオーガを撃破し、ダンジョン報酬のうなぎに舌鼓を打った翌日。


 寿限ムと令と戻子の3人は、最後に名古屋の名物を見に行こうということで、『黄金のしゃちほこ』のある名古屋城までやって来ていたのだった。


「これで名古屋とはお別れかー。思えば色々あったなー、『ひつまぶし』とか」

「うんうん、美味しかったねー☆ 『ひつまぶし』!」

「そうだね。何だかんだ楽しかった。……『ひつまぶし』も食べれたし」


 寿限ムたち3人は、口々に名古屋の(?)思い出を語る。

 そしてその時、ふと寿限ムは思いついたことを口にするのだった。


「そう言えば東京って……ここからどう行くんだ? 電車か?」

「電車は動いてないよー、だから車! 私たちがここに来たのも車だしー☆」

「うん。この『ソーラーカー』でね」

「……『ソーラーカー』」


 令の口から思わぬ単語が出てくる。なんだその……『ウルトラスーパーメカ』じみた単語は。カッコイイ……。

 そして寿限ムの目の前に突如としてが出現する。それは令のアイテムボックスから取り出されたものだった。


 ──ソーラーカー。それは太陽光から発電した電力で走る車のことである。


 『黒ダンジョン鉱太陽電池』の登場によって、従来より遥かに高い発電効率が実現した現在、主流の移動手段として一躍抜擢されることになる。

 車体には太陽光パネルが備え付けられており、外部からの給電なしで動かすことが出来る。その特性上走るのにガソリンスタンドや給電器を必要とせず、モンスターが蔓延るこのご時世に打ってつけの移動手段だった。


 ちなみに、もちろん車の一種である。ということは……。


「2人とも、車運転できるのか? 確か車って、免許が必要なんじゃ……」


 もちろん寿限ムは自動車免許など持っていない。そして目の前の2人も、どう見ても自動車免許は持っていなさそうだった。

 果たして、ジュゲムの直感は正解だったようだ。令は首を横に振る。


「確かに……僕は持ってない。だからハンドルは持てない。でも──」


 そう言って令はもう一つアイテムを取り出すのだった。

 寿限ムにはその物体に見覚えがあった。マジか……まさかな。


「──コントローラーを握ることはできる」


 そう言って取り出したのは、まさかの『ゲームのコントローラー』。

 マジの大マジだった。嘘だろ? コントローラーで運転するのか?

 令はケーブル端子をハンドルに近づける。すると何ということだろうか、ハンドルにどこからともなく差込口が出現したのである。


「それ……アイテムなのか?」

「うん。このコントローラーを接続すると、大体の機械は操作できる。ちなみにかなりのレアものだよ」


 ふーん、なるほど。機械を操作できるコントローラー。しかもどんな機械にも接続することが出来ると。そりゃ便利なコントローラーだ。……ふむふむ、なるほど。


「……やっぱり免許は要るんじゃないか?」

「問題ない、探索者はアイテムの使用が許されている。特に、緊急時は推奨」

「……緊急時?」


 令が指さした先を見ると、1匹のゴブリンがのそのそと歩いているのが見えた。街中とは言え、どうしてもモンスターは入り込むものである。だがしかし……


「いやいやこのゴブリン、Lv1じゃん」

「……うわー早く逃げないとー」


 寿限ムの言葉を華麗にスルー。そう言う令はあからさまに棒読みである。

 いいのか? これで。これでいいのか探索者!?


「まさかこれをコージツにするつもりなんじゃねーだろーなー!? Lv1だぞ? Lv1。これを緊急時は無理があるだろ……」

「シートベルトはつけた方がいいよ、ツカサの運転荒っぽいから」


 どうやら戻子も共犯らしい。そして寿限ムは観念して戻子の隣の後部座席に乗り込むと、シートベルトを着用する。

 しかし、革の匂いがしない車か……悪くない。革の匂いは黒服を思い出すからな。うん、座り心地も良さそうだ。


 そして3人を乗せたソーラーカーは、東京へ向けて出発する。 

 ──『ツカサの運転荒っぽいから』。そんな戻子の言葉を、寿限ムはじきに思い知ることになるのだった……。


 ◇


 ──そして、名古屋を出てから早10分。


 寿限ムは車に揺られながら、窓の外を眺めていた。

 管理された大都市圏から離れると、街の様相は一変した。地面はひび割れ、人の姿は見当たらなくなる。車道にも他の車の姿はない。


 ──そこはモンスターとの戦闘の末、放棄された地区であった。

 

 窓の外にはモンスターが徘徊している。それは当然車道も例外ではない。

 しかし令は華麗なハンドル捌き(?)で、速度を落とすことなく障害物のモンスターを避けながら走行していたのだった。


 電気自動車特有のエンジン音が聞こえない車内で、たまに「ガンッ!」と車の跳ねる音が聞こえる程度である。ここまでは『ツカサの運転荒っぽいから』と言うほどではない……と思いきや。


 目の前に続くはずの道路が、途中で途切れている。地面の陥没だ!


「……どうするんだ? 回り道か?」

「……いや、

「このまま突っ切る!?」


 いやいや。割とデカい穴だぞ? 突っ切るったって、どうやって……。

 しかしその直後、寿限ムはフワッとを感じるのだった。何だコレ。やがて、窓の外に見える地面が遠くなっていく。


 ──まさか……車が、跳んだ!? 


 ……そのまさかである。地面の陥没している手前で、3人を乗せたソーラーカーは跳躍! 車体ははるか上空に飛び上がり、そして──ガコン! 陥没を乗り越えて道路の向こう側に着地したのだった。


「おおー……車って、跳ぶことがあるんだなー……」


 なんという新常識。しかしその後も壁を走ったりと、もはやゲームとしか言えない走り方を見せる令だった。車内は大興奮!である。


「すげぇ。どこで習ったんだ? こんな運転……」

「運転は全部ゲームで覚えた。……グランド・セフト・オート!」


 車は急カーブ! ゲームかぁ……やっぱゲームだな。納得だ。

 

 そして3人を乗せたソーラーカーは、その後も無人の街を爆走するのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る