第16話 「ヤンキー退治と♨ドラム缶風呂♨」

 ◇


 あっという間の"32秒の瞬殺劇"から程なくして、及川邸の庭ではヤンキーたちが一列に並んで正座させられていた。その前に立っているのは刻花で、腕組みしながら見下ろしている。

 目の前に展開する、庭に並べられたパンク風のヤンキーたちと、その前で冷たい視線で見下すゴシックドレスのお嬢様の図。……うーむ、何だこの光景は。


「自己啓発本に書いてあったんですぅ~……"失敗なんて考えるな。全部成功するつもりで行動しろ"って……」

「何事も自分の都合のいいように考えるから、こんな横暴な振る舞いをするのね」


 PVPが終わってからずっと、刻花とヤンキーたちの間でこのようなやり取りが続いていたのだった。あの威勢の良かったヤンキーたちが、まさかのほぼ半泣きという有様。怖っ。刻花怖っ。


「えぇ……何をしてんのー? キリカさん」

「悪い奴らをやっつけたから『説教』をしてるの。お決まりでしょう」


 恐る恐る訊ねる傍観者・寿限ムに対し、冷めた様子で刻花は答える。

 なるほど。よく知らないけどこれがお決まりなのか……まあどうでもいいけど。ヤンキーたちもご愁傷さまといったところだが、正直寿限ムとしては勝手に屋敷を土足で歩き回られた時点で同情する理由もない。


「ふーん。……そろそろ許してやったら? 『ジコケイハツ』がどうとかよく知らねーけど、コイツらだって色々悩んでるんだろ。多分。"変な名前"だしな~」


 特に寿限ムは『変な名前』のところを強調して言う。

 いや別にさっき「どういう名前だよ」って言われたことを根に持ってたりなんかシテナイヨー。……いやスマン、普通に根に持ってたわ。

 しかし寿限ムは考え直す。


 ──ただコイツらの名前って、「田中 第六天魔王信長」とか「田中 真田幸村」とかなんだよな……


 特に後者、田中と真田どっちだよ。真田が無ければフツーの名前なのに、それがあるせいで色々台無しじゃねーか。何というかとんでもないというか、何か人の名前として一線を越えちゃっているんじゃないかと思うようなそんな名前だ。さぞこれまで苦労してきただろう事は想像に難くない。


 ……だったら俺が少しぐらい優しくしてやるか、と寿限ムがそう思った矢先。


「いや君もだいぶ変な名前だけどね」

「ぷぷぷ~、何だよ"寿限ム"って! 脇キャラかよ!」


 何という憎たらしい笑みだろうか。さっきとは打って変わってのこの調子である。これには流石のお釈迦さまも、垂らした蜘蛛の糸をその場で大切断DIE SET DOWNだ!


 …………

 コイツら……!


「さっさと荷物まとめて出ていきなー!」


 寿限ムはこのクソ生意気なヤンキーどもを門のところまで追いやると、屋敷の外へ蹴り飛ばすのだった。


「せめてスマホ充電させてくれ〜!」

「るっせえ! 負け犬どもはポイだぜ! ポイ! ポイ! ポイ! あばよっ!」 


 バタン! ヤンキーたちの声にも聞く耳持たず、勢いよく門を閉じると、寿限ムはすかさず鍵を生成クラフトして閉めたのだった。


 ◇


 ──そして、それから二時間後。

 寿限ムはモップを片手に、キコキコとヤンキーたちが汚した廊下を掃除していた。

 モップの先端をバケツの水に浸けると、再度床をゴシゴシと磨く。


「よーし、これで大体綺麗になったな!」


 寿限ムはモップを壁に掛けると、満足そうに廊下を見渡す。

 廊下はキラキラと輝いている。……訳ではないが、『自分が綺麗にしてやった』という補正込みで脳内フィルターをセッティング。それにより寿限ムの眼には、廊下の上にキラキラと光るエフェクトが輝いていたのであった。


 寿限ムがウキウキなのには理由がある。

 このバケツの水は、近くの川から汲んできたものだ。

 何に使うかって? そう、風呂だ! そもそもこの水はお風呂用に汲んできた水なのである! 温かい風呂なんて何時ぶりだろうか。

 別に水風呂で平気だからと言って、温かい風呂が嫌いという訳ではない。むしろその逆──寿限ムは風呂に浸かるだけでテンションが上がるタイプなのである!


「……お疲れさま。わざわざ掃除なんてしなくても良かったのに」

「フ、別に礼なんかいらねーよ? なんてったって、"俺たち二人の家"だしな」

「わ、私たち二人の家愛の巣……!?」


 なぜだか刻花は顔を真っ赤にしている。どうしたんだろうか。

 ……まあいっか! そんなことより大事なのはお風呂だ。庭の方に向かうと、そこには土台の上にドラム缶がセットしてあった。

 もちろんこれは寿限ムの生成クラフトで作ったものである。ブロックの土台の隙間からメラメラと炎が立ち上っている。これは何なのかというと、なんと風呂の一種らしい。確か『ドラム缶風呂』とか言ってたっけ。

 現状電気以外で風呂を沸かさなければならない以上、これが最適解なのである。



「あったけぇ……!」


 ざばーん。湯船の中に浸かる。それにしても湯気がすごいな。

 冬の冷たい外気に、あっつい湯が体に染み渡るぅ~! ドラム缶の真下でバチバチと焚火の音が聞こえてくる。そのためドラム缶の底はかなり熱くなっているが、足元に木の板が敷いてあるのでやけどの心配もない(『すのこ』と言うらしい)。

 空を見上げれば満点の星空! 嗚呼、人生はなんて素晴らしいのだろうか。寿限ムはドラム缶風呂を満喫していた。

 

 ……そして、その隣では。


「どうして一緒に入る必要があるのかしら……!?」


 紺色のスクール水着を着た刻花が、顔を真っ赤にしながら湯船に浸かっていた。

 ピッタリと張り付いた紺色の布地に包まれたその身体は実に平坦であった。何というお子様体型。寿限ムが拾った雑誌のグラビアとは似ても似つかぬ平坦っぷりである。

 艶々のもち肌に水滴が滴りテカっている。胸元には白いゼッケンに『及川』と書かれていた。

 ちなみに寿限ムも貸してもらった海パンを着用中だ。

 寿限ムは歌でも歌い出しそうなくらいご機嫌な様子で刻花に向かって言う。


「いいじゃん! そっちの方が楽しいじゃ~ん♨」

「良くないわよ……!」

「あれ? キリカ顔赤くないか? ……ああ、これがのぼせてるってやつだな!」 

「そ、そうね……」


 それから二人は即席の露天風呂に浸かりながら──歌を歌ったり(刻花は意外とノリノリで歌っていた。寿限ムは勿論うろ覚えだ)、うな丼と一緒に入ったり、無言で空を見上げたりしながら、つかの間の楽しいひと時を過ごしたのだった。


 ◇


 ──それから数日後。

 寿限ムと刻花の二人は、引き続きダンジョン探しを続けていた。

 探すのは主に郊外が中心だ。どうして郊外を選んだのかというと、それはもう一つの重要事項『食糧の確保』が関係していた。

 

「そう言えばキリカの言ってた食糧確保の確実な方法って、"持っている人から奪う"だっけ? けど、人から奪うのは良くないよなー」

「確かにそうかもね。でも、"家主が亡くなってしまった家"を探すなら?」

「それは……ありかも。持ち主不在のパターンか。有効活用ってやつだな。……でももし家に忍び込んで、まだ人が立てこもってたらどーするんだ? 『あっ、間違えましたー』って言って帰るのか?」

「……。想像しただけで気まずすぎるわね……。余計なトラブルもありそうだし。色々面倒くさそう。やっぱり無し。最終手段で。他の方法を考えましょう」

「あいあいさー」


 ……というような流れもあり、色々考えた他の手段というのがという訳だ。

 檀上町の郊外を少し行くと、森だったり山だったり畑だったりがある。

 寿限ムと刻花はそんな野道を歩きながら、目についた"食べれそうなもの"を手あたり次第アイテムボックスに入れるのだった。


 ──。この仕様を逆手に取る。


 野生の植物を食べるときに最も気を付けなければいけないのが、それが本当に食べられるモノなのか?ということだ。一見食べられそうに見えて、毒を持つキノコなんてのはザラにあるらしいからな(刻花からの受け売りだ)。

 ……逆に、名前さえ分かれば調べる術は幾らでもある。


 ちなみに刻花は「ううっ……やっぱりその辺に生えてる木の実を食べるのには抵抗があるわね……」とあまり乗り気ではないようだったが、「厄介ごとに巻き込まれるよりは遥かにマシ……うっ、うえぇっ」と自分を納得させながら食べていた。

 あの時の刻花は、木の実も相当念入りに洗っていたっけ。

 まあ、お嬢様にも色々な葛藤があったということだろう。


 おー、普段は意識していなかったけれども、意外と道端に野生の果実だったり、キノコだったり色々あるな。……ま、野生のゴブリンは余計だけどな。


「……全く。今は用があるのはお前たちじゃないんだけどなー」


 ──ブン! ドゴッ、バタッ。


【リザルト:『ゴブリン討伐完了』EXP獲得(508/1734)▼】


 ゴブリンは見つけ次第経験値に変えつつ探索を進める。にしても、まるでここが元々の住処だったかのように住み着いているな。うへー、ゴブリンたちは町中だろうが山の中だろうがお構いなしという訳か。


「ん? 何だコレ。……『果実(名称未定)』だってさ」

「ふーん。もしかして"新種"じゃない? 未発見の。申請すれば命名できるかもね」

「へー、まさかこんな裏山に新種があるなんてな。探してみるもんだなー。……で、コレ、食べられるのか?」

「さあ、知らないわ。新種だもの」

「それもそうか。じゃ、食べてみるか?」

「食べない!」

「そうか。んじゃ、食べれねーってことで。ポイっ」


 そして寿限ムと刻花の二人は、を見つけたのだった。


 ──茂みの中に不自然に存在する、グレーの石畳。

 ──その真ん中にぽっかりと空いた、地下へと続く階段。



 



 ……間違いない、コレが"ダンジョンの入り口"だ!


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