第15話 「PVP! PVP!」

 二人はお屋敷の本館の表玄関の前までやって来ると、静かに扉を開いた。

 入ってすぐに侵入者とかち合う……ということは特になく、目の前には薄暗い玄関が広がっている。

 寿限ムは屋敷の中を見渡す。何というか、この先に侵入者がいるかもしれないと考えると余計に不気味に見えるな。

 床には土足の足跡が見える。見たところ侵入者は複数人、せいぜい5人程度か。

 

「俺の考えでは、侵入者はまだ屋敷の中にいる可能性が高い。なぜなら……このお屋敷はメチャクチャ広いから! いやマジで、食糧狙いだったら色々な所を探すと思うんだよなー。諦めきれないだろ、フツー」

「……で、その侵入者を見つけたらどうするつもり?」

「しばき倒す」


 そう言って寿限ムは、ニヤリと笑う。


「ちょっ、"しばき倒す"って……ちょっと待ちなさい!」


 刻花の制止する声も振り切り、寿限ムは超早足で廊下を進んでいくのだった。


 侵入者を探すなら……まずは台所からだな。あ、足跡をたどるのはパス。既にあちこち行き来しているみたいだしな。

 そして寿限ムは延長コードが引かれた廊下を猛スピードで走る。台所はこの先にある居間の、そのまた先だ。


 居間を通りかかった所で、うな丼の鳴き声が聞こえてきた。


「みゅあぁ……」


 うな丼は寿限ムの姿を見つけると、居間の机の下から体を出す。


「よーしいい子だ、そこで大人しくしてろよー?」

「……みゃあ」


 うな丼の姿は机の下に隠れていった。


 ◇


 屋敷の奥で複数人の声が聞こえてくる。

 ビンゴ! どうやらそれは台所の方からのようだった。


「畜生、食いもんは全部持ってかれた後だぜ」

「ありゃ~黒服いないじゃーん。折角"スキル"でぶっ倒せると思ったのに」


 台所で5人組の男が冷蔵庫を開けて中を物色している。やはり食糧目当ての賊だったようだ。年齢は高校生ぐらいで、ヤンキーのような見た目をしていた。

 服装は全員パンク風のチェーンとかがいっぱい付いた、とげとげした感じの服を着ている。絶妙にダサく見えるのは、本人たちの着こなしの問題だろうか?


 手に持っているのは……か? ……なるほど、なるほど。

 そして寿限ムはヤンキーたちに向かって大声を張り上げる。


「ハッハッハ、残念だったなァ! 食糧は全部アイテムボックスの中ですよ~ん!」


 寿限ムの声に冷蔵庫を物色していたヤンキーどもが、一斉に台所の入り口の方に向く。続いて遅れて追いかけてきた刻花が台所に入ってきた。


「……ちょっと、何いきなり喧嘩を吹っかけてるのよ」

「あれ見ろって、あれ」


 小声でとがめる刻花に対し、寿限ムは侵入者の手元を指さす。

 彼らが手に持つ金属バット──それにはよく見ると遠目で分かるぐらいにが出来ている! 

 ちなみに寿限ムが使っているこん棒には傷一つ付いていない。結構荒っぽく使っているのにも関わらず、だ。つまりゲームのアイテムとはそういうものなのだ。


 


 それがどういう事かというと──つまりは雑魚なのである。見た目は強そうに見えても通常の攻撃は『1』ダメージの、いわゆる"雑魚キャラ"なのである!


 流石は刻花というべきだろう。たったその寿限ムの一言で、刻花もすぐにそのことに気づいたらしい。そして、一瞬のアイコンタクト。


(……雑魚だな)

(……雑魚ね)


 そして刻花と寿限ムは二人して言い放つ。


「誰の断りがあって他人の敷地を跨いでいるのかしら?」

「強盗ってことでいいんだよな? 助けを求めに来たにしちゃあ物騒すぎる」


 ──どどーん! 

 慎重だった態度はどこへやら。刻花は大上段に上から目線で構えると、寿限ムと並んで腕を組み堂々の仁王立ちをするのだった。


 ◇


「なんだなんだテメエらは!?」

「邪魔すっとしばくどこのガキども!」

「やんのか? ああん?」

「わぁ、生存者だね。せっかくだし、話を聞いた方がいいんじゃない?」

「Boooo! マジで舐めてると痛い目見るぞコラ!」


 背後からヤンキーたちの声が聞こえてくる。そんな中、寿限ムと刻花の二人は屋敷の中を歩いていた。

 目的地はこの先の庭だ──事の経緯を簡潔に話すと、流石に台所で大立ち回りするわけにはいかないということで、ひとまず続きは外でやろうということになったのだった。

 

「……にしても、庭まで大人しく付いてくれるもんなんだな」

「あの人達ヤンキーだから、きっと『表に出ろ』って言われ慣れてるんじゃない?」


 寿限ムと刻花の二人は、ヤンキー達から隠れてこそこそと言葉を交わす。

 ヤンキー特有の、多彩な語彙()から繰り広げられる煽り文句は圧巻の一言だった。もし何も知らなかったら、寿限ムも刻花も"少しくらいは"ビビっていたかもしれない……しかし実際は雑魚キャラだと知っているので、二人とも一切動じることは無かった。


 そして特に何事も無く一行は庭に到着。早々、にらみ合いが始まった。


「あ~ん? 5人に勝てると思ってんのか~? 後悔しても遅せーぞ」

「PVPだ、ペナルティは24時間のスキル使用不可! さっさと承諾しな」


 ヤンキーたちの言葉と共に、寿限ムの目の前に見慣れない文字列が表示される。


【PVP提案:1件のPVPが申請されました。承諾しますか?(敗北ペナルティ:『24時間のスキル使用不可』)▼】


「ん……何だコレ? PVP?」

人対人Person Versus Personで戦うことよ。逆にモンスターとかと戦うのがPVE。仕様を知ってるってことはたぶん経験者ね」

「……ふーん、なるほどな。ゴブリンとかと戦うのとは別に、人対人で戦うためのシステムがあるってことか」

 

 なるほど納得。……はいはい、承諾っと。寿限ムが目の前の『承諾』の文字に触れると、空中に数字が現れカウントダウンが始まった。

 おそらくこのカウントが終わるとPVPが始まるのだろう。向こうではヤンキーたちが準備万端といった様子で「コキッ、コキッ」と骨を鳴らす音が聞こえてくる。


「それにしても相当ヒャッハーしてる連中ね……倒したら『ひでぶ』って鳴いてくれるんじゃないかしら」


 そして寿限ムと刻花の二人は、アイテムボックスからこん棒を取り出し構える。


「言っておくが、そのラインより後ろに立ってないとカウントが進まねーから注意しろよコラ!」


 ……ホントだ。地面に目を向けると、地面に線が引いてあった。右足のつま先がちょうどライン上に掛かっている。

 ヤンキーの一人が足を一歩前に踏み出し、ラインを踏み越える。するとカウントダウンが途中で止まった。


「PVPに負けたらどうなるか教えてやろうかコラ! PVPでHPがゼロになっても終了時全回復だオラ! だが敗者には敗北ペナルティが課されるから心しておくんだなコラ! 経験値も頂いて食いもんも巻き上げてやるから覚悟しろよなオラ!」


 「……スッ」とヤンキーが足を引くと、再度カントダウンが再開した。

 ……うーん、ひょっとしてコイツら、実は良いやつなんじゃないか?


【PVPモード起動・チーム戦:敗者はペナルティ『24時間のスキル使用不可』を受けることになります】


「……そろそろか。あんまり期待してねーけど」


 カウントダウンが終わり、目の前にアナウンスの文字列が浮かび上がると、目の前のヤンキーたちは威勢よく雄たけびを上げる。


「っしゃあ! 行くぞテメエら!」

「ギャフンと言わせっぞオラ!」


 ものすごい勢いだ。よく分からないが、何だか向こうが楽しそうに見えてきたぞ。

 しかしそんなヤンキーたちに次の瞬間、冷や水がぶっかけられる。



【チームA・プレイヤー1:田中 第六天魔王信長 Lv7】

【チームA・プレイヤー2:田中 独眼竜政宗 Lv5】

【チームA・プレイヤー3:田中 真田幸村 Lv6】

【チームA・プレイヤー4:田中 獅子心王リチャード Lv8】

【チームA・プレイヤー5:田中 太郎 Lv7】


【チームB・プレイヤー1:吉田 寿限ム Lv18】

【チームB・プレイヤー2:及川 刻花 Lv11】



 対戦相手のプレイヤー名、そしてLvの開示である……!

 ヤンキーたちは口をあんぐりと開けたまま、思わず二度見する。


「……は?」

「Lv18!? 冗談だろ……!?」

「こんなのと戦えねーって! 取り消せねえぞ、どーすんだよこれ!」

「おいおいおいマジやべえって!」

「『寿限ム』ってどういう名前だよ」


 ……おい最後。お前らの名前も大概だろーが。


【Ready Go!】


 そして告げられる無慈悲な開幕宣言。ヤンキーの一人がPVPを取り消そうとしていたが、無駄だった。どうやら両方のチームが同意しないと取り消せない仕様らしい。

 そして寿限ムはニヤリと笑みを浮かべると、手に盛ったこん棒をブンと振る。さーて、狩りの時間だ。

 もはやヤンキーたちも戦うしかないと悟ったらしい。開き直ると、金属バットを片手に寿限ムと刻花の二人に襲い掛かる。


「クソッ、こうなったらヤケだ! ぶっ潰してやれ!」

「フン、向こうはたかが一人、多勢に無勢!」

「覚悟しやがれーッ!」


 …………

 ………

 ……


【PVP終了:勝者『チームB』 所要時間32秒 ──ランクS】


 言うまでもなく、瞬殺だった。


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