第14話 「SNSとダンジョンとツルウメモドキの実」
「……あ、ネットが繋がってる。回線状況が良くないみたいで途切れ途切れだけれど。もしかしたら何か有益な情報が見つかるかもしれないわ」
先ほどから一人で黙ってスマホを触っていた刻花だったが、どうやらその成果が出たらしい。隣から聞こえてくる刻花の声はよっぽど嬉しいのか、いつもより声が高かった。
というのも例の地震の日──そう、屋敷にゴブリンが襲撃してきた日の事だ──あの日以来、ここ数日ずっとネットが繋がっていなかったのだ。
刻花はネットを使って情報収集がしたいそうで、毎日ことあるごとにスマホを取り出して触っていたものの、毎回「……ダメだわ」とガッカリしたようにスマホをしまうということを繰り返していたのだが……そうか、繋がったのか。
「マジか! やったな! ……どこが"やった"なのか、スマホ使った事ないから分からないけど。よし、キリカ任せた! どんな有益な情報があるか教えてくれ!」
そう言って寿限ムはレジャーシートから腰を上げると、刻花に近づいてスマホの画面を覗き込む。
!?
……おい待てよ、刻花が画面を指で「スッ」って擦ると、その方向に画面が動いてるんだけど……! スマホってそんな感じなのか……!?
いや、こんなことにいちいち驚いてたらまた刻花にアホっぽく思われてしまうな。とりあえず顔に出さず、さも「当たり前の事」のように流そう。
とにかく今は情報収集だ。
「しかし有益な情報か……『ネコ缶の人間用の美味い食べ方』とかか?」
ネコ缶が山ほどあるしな。
「それは出来れば遠慮したいわ……」
刻花は嫌そうに言う。よっぽどネコ缶を食べるのが嫌らしい。……そうか? 結構美味そうなんだけどな。
「今調べているのは、『ゲーム』についての情報よ。少しでも情報があればいいけど……なるほど、情報が錯綜しているわね。"ミッション"がどうとか、未確認の情報がいっぱい出てくるし」
刻花が今追っている情報ソース、それは"SNS"だった。
というのも、最初に国内のニュースサイトを試してみたものの繋がらず(サーバーが落ちた?)、次に海外サービスのSNSを試してみたところ、こちらはまだ生きていたのが幸いだった。日本のユーザーの多くもこちらで情報発信しており、有益そうな情報もある一方、その発信内容から彼らの混乱ぶりも窺えた。
ちなみにその混乱の中、この世界に突如現れた空中の文字列、モンスター、スキル……それらの異変は誰が呼び始めたのか、ネットで『ゲーム』『クソゲー』『神ゲー』『神クソゲー』と呼ばれるようになっていた。
……多分この『神ゲー』呼びは皮肉だな。色々疎い俺でも何となく分かる。
「……やっぱりね。案の定日本中が大変なことになってるわ」
「そりゃそーだよな」
SNSでは日本中の色んな場所の写真や動画がアップされている。それらの情報で分かったことは、あの地震が起きた日に、壇上町だけでなく日本の至るところでモンスターの活動が活発化したということだった。
例えば「市街地でモンスターが人間を襲う映像」、「屋内で安全を確保したものの物資不足で救援を求める人々の投稿」、中には珍しいものでは「日本に停泊中の豪華客船にモンスターが侵入してきたパニック映像」なんてのも流れていた。
中でも致命的な問題は物資不足だ。今はまだ個々人の努力で何とか持ちこたえているが、外でモンスターが山ほど闊歩しているこの状況下で、この先まともな商業活動が再開できる見込みはゼロと言っていいだろう。
そのためSNSは現状の絶望的な状況──特にこの先の自分たちについて悲観的な投稿に溢れており、悲観ムード一色となっていた。
……とはいえこの世の中、すべての人間が絶望的な状況でふさぎ込んでいるばかりではない。この絶望的な状況に適応する者、すでに人生終わっているのでノーダメージな者、抗い、何とか乗り越えていこうとする者もいるものだ。
刻花は「人生オワタ」的な投稿や、現実逃避的な投稿を飛ばしながら、その中に紛れる「有益な情報」を探し続ける。
そして刻花は、一つの投稿にたどり着く。
「……へえ、『ダンジョン』があるんだって」
それは"ダンジョン"と呼ばれる空間についての情報だった。
ダンジョンの存在、それ自体が刻花にとって初耳だった。
そもそも報道では「モンスターの出現」で持ちきりで、ダンジョンが存在するという情報はあの地震が起きた日の前には出回っていなかったはずだ。
……あの地震はダンジョン出現の余波だったってこと? 迷惑な話ね。
刻花はその投稿を読み進める。その内容は、偶然ダンジョンを発見した投稿主が中を探検してみるというものだった。
その一連の投稿は、スマホの充電が切れたのか、それとも投稿主が道半ばで息絶えてしまったのか──それは定かではないが、途中で不自然に投稿が途切れている。
しかし彼が残した投稿は、ダンジョンの内部の様子を克明に写していた。
「『ダンジョン』! モンスターが一杯いる所だな。ゲームの話だけど。でも今は日本中モンスターだらけだろ? ダンジョンがどうとか、もはや関係無くないか?」
「さあね。でも、ダンジョンにはお宝が眠っているものよ」
「お宝……!?」
刻花の言った「お宝」というワードに、寿限ムは目をキラキラと輝かせる。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……!」
「その"鑑定団"は関係ないわ、骨董品じゃないんだから」
刻花が冷静にツッコむ。……なんだ、違うのか。とはいえ、「お宝」という響きが寿限ムの少年心をくすぐるのもまた事実だった。
レアなアイテム、強い装備……もしかしたらそんな物も手に入るかもしれない。それにダンジョンという場所が何らかのイベントのトリガーとなっている可能性もあるのだ。例えば……現在目下探し中の「ジョブの転職」とか。いや分からんけど。
「そろそろLv上げも飽きてきた頃だしな。よーし、いっちょダンジョンでも探してみますか!」
◇
「──という訳で始まりました、寿限ムと刻花のダンジョン探しー。実況はわたくし寿限ムがお送りいたしておりますー。では解説のキリカさん、『ダンジョン探しのポイント』はどのようなところになるのでしょうかー?」
「……ダンジョンの入り口は『あり得ない所に階段がある』そうよ。……で、その口調続けるの?」
「いや? フツーに長丁場になりそうだしな。ここいらで終わりにしとくか。……っと、早速見つけたぜ。ゴブリンだけどな!」
そして寿限ムはこん棒を取り出すと、道路の向こう側に見つけたゴブリン達に向かって駆け足で近づいていくのだった。
ドカ、バキ、ボコッ。すぐに戦闘は終わり、探索再開。その後も壇上町周辺をダンジョンを探して散策したのだが、なかなか見つからず。見つかるのはゴブリンばかりで、仕方なく倒してLv上げをしていたらとうとうLvが上がってしまった。
「ダンジョン、全然見つからねーな……Lvの方が先に上がっちゃったよ」
「ふーん。Lvが18か……いい感じね。そろそろ"進化"とかするんじゃない?」
「しないだろ、何に進化するんだよ」
「うーん……『ジュゲムゴン』とか?」
「なんだそりゃ」
現在の時刻は午後3時ごろ。油断しているとそろそろ陽が傾いてくる時間だ。という訳で、その前に及川邸に帰ることにした。
……結局収穫はと言えば、この町がガレキとヒビとゴブリンまみれだということが分かっただけだったな。階段? それらしいものはさっぱり。
及川邸への帰路、郊外ということで木々が茂っている道中。……いや、冬だから茂ってはいないか。刻花と並んで歩いていた寿限ムだったが、足を止める。
木に赤い木の実がなっている。
……野生の赤い木の実か。そう言えばこれ、前に食べたことがあったな。世の中がこんなになる前、黒服から与えられる食事だけじゃどうしても足りなかった俺は、この赤い木の実を「なんか食べられそうな見た目だったから」という理由で口に入れたことがあった。
そう言えば俺にもそういう時代もあったな……え? 今? 最近は刻花との取引で缶詰とかを持ってきて貰ってたから、この手のモノはさっぱり口に入れなくなってしまったけれども。
!
でもよく考えたら今の食糧不足の時代、こういうのも貴重な食糧なんだよな……
「おーいキリカ、食いもん見つけたぞ! 食いもん!」
「……何それ。木の実?」
刻花は寿限ムが指さす「赤い木の実」を一目すると、興味なさげに尋ねてくる。……え? 貴重な食糧なのに?
「ああ。前食ったことがあるから分かる。食べれるぞ。……そういえばコイツの名前ってなんだろうな。アイテムボックスに入れてみれば分かるか。えーっと、『ツルウメモドキ』だってさ。へー」
「ツルウメモドキ……ふーん。一応、食べられる木の実ね」
刻花はスマホを取り出して何やらいじっている。おそらくはツルウメモドキについて調べているのだろう。よしよし。
「キリカも食べるか?」
「要らない」
「そーか。……今のうちにいっぱい取っとこ」
それから寿限ムは、近くのツルウメモドキの実を集めるとアイテムボックスに収納する。そんなに大きな実ではないので腹が膨れるわけではないが、少しぐらいは腹の足しにはなるだろう。
「てか……ダンジョンもいいけど、食い物も何とかしねーとな」
「食糧の確保ね……一つだけ確実な方法があるわ」
「確実な方法……!? その心は……?」
寿限ムと刻花の二人は及川邸の前で立ち止まった。二人の表情が一変する。
お屋敷の門が開いている。
屋敷を取り巻く塀の中に入るための門である。もちろん鍵付きだ。しかしその鍵が破壊され門が開いていた。
二人はこん棒を出して、すぐさま警戒態勢を取る。
「これは……ゴブリンじゃねーな。鍵の部分だけぶっ壊してやがる。ゴブリンだったら、絶対こんな文明的な門の開け方しねーしな」
「……噂をすれば来たみたいね。食糧の確保の、たった一つの確実な方法……それは"持ってる人から奪う"ことよ」
そして寿限ムと刻花の二人は、門を通ると屋敷の中へと入るのだった。
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