第6話 「未知数」
◇
一面に張られた窓ガラス、差し込むお天道様の光……。
『にっぽん探索者協会』、その本部ビルの最上階は、東側が全面ガラス張りとなっている。秋葉原を一望する
協会の職員にとって、一日一度は見る見慣れた景色。だが、だからこそ、ここから見えるのが『瓦礫の山』でないことにホッとするのが全職員の日課となっていた……。
──コツコツ、コツコツ……。
その協会本部ビルの廊下で、革靴の足音を響かせる2人の人影があった。
「実は私、計算が立つ『実績組』より、未知数の『新人』の方に期待しているんですよね。ほら、ギャンブルでも大穴狙いが一番燃えるでしょう?」
「それって、大抵負けるヤツじゃないですか?」
「……ええ。ギャンブル弱いです、私」
そう言って、秘書に向かってシュンと悲しげな顔を見せるのは『姫島会長』だ。
しかしすぐに会長の顔に戻ると、アイテムボックスからとあるモノを取り出す。
──サイコロだ。
「このダイスの目は1/6で均等に出るようになっています。しかし、世の中はこのサイコロのように平等じゃない。……ふふっ、知ってますか? 稀にいるんです、6の目しか出ないサイコロを振る人間。そういう人に限って言うんですよね、『努力は必ず報われる』って。自分が何でもできるだけなのに」
「…………」
「それが『絶対的な才能』というものです。我々がやるべきは、『6の目しか出ないサイコロ』の持ち主を発掘すること。その為には、できるだけ沢山の人にサイコロを振らせるしかない。一人でも引き当てれば大金星。どうです? 燃えてきませんか?」
そう言う姫島会長は、目をキラキラと輝かせている。彼女にとって人材発掘とは『そういうもの』なのだ。一方で横を歩く秘書はボソリと言う。
「はい。……それはそれとして会長、あんまりギャンブルに入れ込み過ぎないでくださいね」
「入れ込んでないですよ? ……あれ? 入れ込んでなんかいないですよね?」
「……何で私に聞くんです? それ、本当に大丈夫なんですか!?」
「……たぶん」
◇
「音……こっちだったよな。近いな。そろそろ慎重にいくか」
そう呟くと、寿限ムは走る足を緩める。
足元のコンクリートの道路は、ヒビが入ったまま放置されている。街並みも瓦礫だらけで、辺りに人影は一人も見当たらない。おそらくこの辺りで生活していた人々は、別の安全な区域に移住済なのだろう。
──要するにここは、日本のどこにでもある、ありふれた『
……そういえば、人がいないのに誰かが戦っているなんて妙じゃないか? そもそもこんなところに人が寄り付くだろうか。ダンジョンならともかく。いや、考えすぎか……。
寿限ムは曲がり角を右に曲がる。肌で感じる嫌な気配はこの先からだ。そして寿限ムはそこで、地響きの震源地を目の当たりにしたのだった。
【エンカウンター:プレイヤーは『禍つ根のトレントLv59』に遭遇しました▼】
──巨大な木の化け物。そしてその姿は、人のシルエットをしていた。
絡み合う木の根は、まるで2本の脚のように。
Lv59、強力なボスクラスのモンスターのはずであるそれが、目の前で燃えている。
……妙だ。何だか嫌な予感がする……。
身を焦がす蒼炎を一身に受け、膝から崩れ落ちるトレント。そして甲高い断末魔を上げると、炎と共に虚空に消滅し──そしてその向こうに、『人影らしきもの』が見えたのだった。
「…………」
寿限ムが見るのと同じように、それもまたこちらを見つめている。
……うん。額にツノが生えてるな、2本。
悪魔? 少なくとも、人間ではないかな……その身体はまるで、冷えて固まる溶岩のような色をしていた。黒く冷えた表面と、燃え盛るオレンジの芯……そんな印象を受ける。
そして何より、顔が怖すぎる。剥き出しの灰色の歯は、今にも食いついてきそうだ。
さっきのトレントとは違って、大型のモンスターではない。むしろ身長だけでいえば俺と同じぐらいだ。……でもこういうのって、バカみたいにデカいヤツより、小さい方が強いんだよなー。特に最終形態が小さいとヤバいらしい。ちなみにこれは、漫画の知識。
あー……つまりこういうことか。
──嫌な気配の正体は……トレントじゃなくて、こっち。
……どうする? 今からでも逃げるか? しかし妙なのは、向こうが一向に襲ってこないことだ。やべえ、1秒が10秒ぐらいに感じる……。
しかしそれは実際、数瞬にも満たない睨み合いだった。──突如として、目の前の悪魔の身体から蒸気が噴き出し始めたのである。……なんだなんだ? そうこうしているうちに、悪魔の姿が蒸気に隠れて見えなくなる。
「…………」
──そして白煙の中から現れたのは、一人の『白髪の少年』の姿だった……。
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