第7話 「軍用トラックと拘束具」


 ◇


 ──ふわりとした白い髪。

 ──アッシュグレーの瞳。

 ──中性的な顔立ち。


 涼しげな目つきからは、一転して氷のような印象を受ける。

 ……あの恐ろしい怪物から突如としてイケメン君が現れたんだが、俺は一体どうしたらいい? というかそもそもコイツは人間なのか? 悪魔なのか? 

 だがしかし、肝心のその白髪君は未だに一言も言葉を発さない。やっぱり悪魔……? うーん、さっきまで角が生えてたしなー……

 でもよく考えてみたら、最初から普通のモンスターじゃなかった気もする。人間の俺を見ても、全然襲ってこなかったしな。つまり……悪いヤツじゃないのか?


 よし、一つ声を掛けてみるか。

 そして寿限ムは、目の前の少年に向かって元気よく声を掛ける。


「よっ! さっきのはお前がやったのか? ……強いんだな、お前」

「…………」


 ──ガーン。無視。つまりガン無視。寿限ムの声掛けは、華麗にスルーされてしまった。

 白髪の少年は、くるりとこちらに背中を向けると、ポケットに手を突っ込みゆっくり歩き始める。何というか、本当に『眼中になし』って感じだ。傷つくぞマジで。いや、待てよ……?


 ハッ……! そうか……!


「つまり、言葉が分からないんだな……?」


 そうかそうか、それなら納得だ。よく考えたら、そもそも相手は人間ですらないかも知れないのだ。分からなくても仕方がない。なるほど、それなら……

 そして寿限ムは少年の前に回り込むと、再度コミュニケーションを試みる。


「おまえ(指をさす)」

「強いんだな(マッチョのポーズ)」

「さっきの角(指で角を作る)」

「何だったんだ?(考え込むポーズ)」

「それはそれとして(両手を上げる)」

「仲良くしようぜ!(握手を求める)」


 どうだ、今度は『身振り手振り』を交えてやったぞ! ふふっ……これなら伝わるだろう!

 行く手を遮られた白髪の少年は、寿限ムの顔を見る。そして、ただ一言呟くのだった……


「アホ……」


「おいっ! やっぱり分かってて無視したな!? せっかく俺がメッチャ頑張ってジェスチャーしたのに……コイツ、冷たいヤツだ。炎はメラメラ燃やすのにな……」


 ガクリと肩を落とす寿限ム。はっきり分かるくらい鼻で笑われたぞ、「フッ」って。おい。……でもまあ、前向きに行こう。言葉が通じると分かっただけ収穫だ。

 コイツについては、いろいろ気になることが多い……さっきの『変身』が何だったのか、とか。何でそんなに強いんだ、とか。どうして一人で戦ってるのか、とか。


 そして──Lv59のモンスターとタイマンで戦って無傷で勝つような、そんなスゴいヤツが、こんなところで一体何をやっているのか、とかな……。


「……ん? なんだ? こんな所に車……?」


 ガタン、ガタン。ヒビだらけの道路を、『大型車両』がこちらに向かって近づいてくる。

 車は目の前で停車すると、バタバタと黒服の集団が降りてきたのだった。その瞬間、寿限ムの眼に緊張が走る。コイツら……間違いなく素人じゃない。

 まず第一に、全員の体型に。それはつまり、チームとして洗練されているということを意味する。背は小さすぎず大きすぎずの170センチ程度。そして俊敏性を維持しつつ、パワーも発揮できる程度には筋肉質である。


 ──……!


 黒服の男の一人は寿限ムの姿を見ると、高圧的な態度で目の前に立ち塞がる。


「おい! ここは関係者以外立入禁止だぞ」

「……何の関係者だよ」

「貴様には関係ない」


 ……おいおい無敵理論か。

 とはいえこの黒服の男たちは、あの白髪の少年とは違った理由で話が通じないのもまた事実。『関係者以外立入禁止』なんてどう考えても嘘っぱちだが、大怪我をしたくなければここは大人しく引き下がるしかない。

 そして寿限ムは黒服越しに少年の様子を窺う。彼は自分の足で車両の前まで歩いていく……そして車両の背面の扉が自動で開くのだが、その内部の様子がチラリと見えてしまった。

 ──そこにはまるで『囚人が付けるような拘束具』が設置されていた……。


#7七番の収容が完了しました」


 それから黒服たち全員が車両に乗り込んで引き上げるまでに、30秒もかからなかった。……やはりこの手際のよさ、プロだな。

 寿限ムは立ち尽くし、遠ざかっていく車の背中を眺めることしかできなかった……。


「アイツら、一体何だったんだ……」

「ほう、だな。で、モンスターは見当たらないようだが。貴様が倒したのか?」

「エバ!? いつの間に……」


 突然の背後からの声に振り向くと、どうやらいつの間にか追いついていたらしい、そこには詠羽と桃の2人の姿があった。


「フッ……何やら取り込み中だったようだからな、後ろでコッソリ様子を見ていたのだ。クックック……どうだ? 我は空気が読めるだろう!?」

「それより吉田くん、すごい美形が居ましたよね!? 白い髪の! ……もちろん私は『吉田くん推し』ですけれども! あの人、吉田くんの友達ですかっ!? それとも『彼氏』ですか!?」


 …………。


 桃の言っていることは、とりあえず無視スルーするとして。

 最寄りの駅へと歩く道すがら、寿限ムは2人に一部始終を話したのだった。


「『悪魔に変身するジョブ』か……。フン、聞いたことないな。というかそんなジョブがあるんなら、我がなりたいぐらいだがっ!?」

「ほうほう、トラックの中には拘束具が。いくらでも逃げられるのに大人しく従うなんて……もしかしてその人、『ドM』なんですかね?」

「……名推理みたいな顔して言ってるけど、それ、絶対間違ってるからな?」


 ──そして寿限ムたちは、駅のホームで東京行きの電車に乗り込む。


 ……『#7七番』か。一体何者なんだ……。流石に、『ドM』じゃないといいな……。

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