第10話 「【悲報】ジュゲム、迷子になる【助けて】」

 ◇


 それから一旦『アーティファクト鑑定所』を後にした寿限ムたちは、再び協会の廊下を歩いていた。目的地は特にない。強いて言うなら……だろうか。


 寿限ムはスマホを取り出すと、『D-appでぃ~あっぷ』を立ち上げる。

 このアプリは先ほどの『アーティファクト鑑定所』とも連携しており(というか探索者関係の大体の施設と連携している)、検査終了までの待ち時間もこれで確認できるのだ。

 ふむふむ、なるほど……待ち時間は『30分以上』か。結構かかるな。


 それはそれとして……桃も俺もホクホク顔で、顔を見合わせる。


「2人で分けて50万ですよ……! 吉田くんは何に使うとか決まってるんですか?」

「まあな。俺たちみたいな『大金持ちブルジョア』がやることといったら一つしかないだろ……?」

「おお、それは一体……!?」

「フッ……ウルトラスゴイ贅沢な俺の金の使い道、それは……」


 ゴクリ……桃が息を飲む。

 そしてそんな桃の前で、寿限ムはドヤ顔で言うのだった。


「──もちろん『ハワイ旅行』だ! 金とか持ってるヤツは何かと行きたがるからな、『ハワイ』。よっぽどいい所なんだろう! たぶん俺が思うに、この世の贅沢が詰まってるんだと思う……すげー楽しみだぜ……!」


 ガチャリと寿限ムはサングラスを掛けると、早くもハワイ気分に浸る。

 ──がしかし。


「あ、それは無理ですね。……今、飛行機飛んでないですから」

「う、嘘だろ……?」 


 無慈悲な桃の一言に、ガクリ、寿限ムのサングラスがずり落ちるのだった。

 そういえばよく考えてみたら、現在空はモンスターで溢れている訳で、飛行機など飛ばそうものならドラゴンに撃ち落されるのは当たり前だった。聞くと船はさらに無理ゲーらしく、今のところ一般人が海外に渡航する方法は皆無と言っていいらしい。


 つまり──ハワイは無理☆


「がーん。マジか、そっか……それじゃ、桃は何に使うんだ?」


 早くも自分の望みが絶たれてしまった寿限ムは、さっきのテンションはどこへやら、ローテンションで桃に訊ねる。

 すると桃は意外にも少し考え込んでから、真面目なトーンで話し始めたのだった。


「そうですね……吉田くんみたいに贅沢をするのもいいですが、そういうのって一時いっときの快楽ですからね。私は自分への投資……『自分磨き』に使いたいと思います!」 

「へー……よく分からないけど、なんか桃っぽくなくないか……?」

 

 不審に思って桃の方に視線を向けると、何やらスマホを取り出していじり始めている。ポチポチ、ポチポチ。……ん? 何だか桃の様子がおかしい。そういえばあの目、見たことがあるな。

 ──思い出した。確か、近所の『』のオッサンがあんな感じの目をしてたような……!


「ハッ、私のスマホがいつの間にか『ガチャ画面』に! ダメですっ! ガチャは良くないですよ! ああっ、せっかくの『ガチャ禁』がっ! っ……! 指が止まらないっ……! お金が溶けちゃいますっ! でもっ、ああっ、体が勝手にっ……!」


 体は正直。桃の抵抗虚しく、「チャリンチャリンチャリン」と無情にも石は溶けていく。

 それを見て詠羽は、「はぁ……」と呆れたようにため息をつくのだった。


「ま、地獄に金は持ち越せない……死んでしまったらいくら金があっても無意味だからな。別に何に使うのも勝手だが。どうせ使うなら、『生き残るため』に使うのがいいと思うぞ?」



 ◇



「……迷った」


 桃と詠羽の姿はどこにも見当たらない。それどころか、人の姿は人っ子一人見当たらない。

 ──ここは協会本部ビルの内部のどこか。そして今、俺は絶賛迷子中である……。


 そして寿限ムはスマホを取り出す。電波状況を示すアンテナはゼロ。いやおかしいだろ。協会のビルの中だぞ? 何ならさっきまで刻花とやり取りしてたのに……。

 ちなみに、刻花から来たプライベートメッセージはこんな感じだ。



『こっちに来てるのね!!!

 私は今、会議中……

 こんな会議さっさと抜けて、ジュゲムの隣に行きたいわ


 会議が終わったらすぐ合流する


 早く終わらないかしら……』



 俺がこっちに来ていることを知って、会議中にバレないようにこっそり送って来たらしい。

 途中『J』って何だと思ったが、どうやら『寿限ム』のことみたいだ。……たぶんだけど。頭文字ってヤツだな。相当急いで打ったのだろう。『Jの隣……K?』と返しておいた。


 ……で、俺は何で迷っているのか。順を追って話そうか。


 ──まず俺たちは、『バンダースナッチ闘族団』の頭目ギルマス、『蛇島冥華へびじまめいか』と出会った。


「あら、誰からと思ったら及川のとこの『帝王ちゃん』じゃなァ~い」

「蛇島か……まためんどくさいのが来たな……」

「何その態度、ウザ……」


 ──いかにも『金持ってそうなドレス』。ギラついた刺々しい雰囲気を身に纏い、目が据わっている。『グレたお嬢様』、そんな言葉が似合う少女がそこには立っていた。


「……誰?」

「あからさまに悪役ですね。あれが『悪役令嬢』ってヤツですか……」


 寿限ムと桃は、他人事のように詠羽の後ろでコソコソと言葉を交わす。

 詠羽によるとこの『蛇島冥華』という人物、誰にでも噛み付くヤバいヤツなのだそうだが……何故か特に刻花に対抗心を抱いているらしい。

 元々は親の力でチンピラたちを従えて地元を牛耳っていたのだが、モンスターの出現により刻花が台頭。以来、取り巻きも徐々に刻花シンパに転向し、彼女は刻花に取り巻きを奪われたと嫉妬しているのだとか。なんというか、刻花とは全く違うタイプのお嬢様だ。俺の想像だけど、多分刻花には全然相手されてないんだろうな……。


 冥華は桃の方を見ると、わざとらしく声を上げる。


「あら、見たことない顔ね。奇遇じゃな~い、私たちも新人2人を連れて協会本部を案内していたところなの。ふふっ、どっちも元超高校級のアスリートよぉ。やっぱり優れたギルマスの元には優れた新人が入ってくるのよね~!」


 ……なるほど、冥華が後ろに引き連れている2人は、向こうのギルドの新人らしい。

 男女のペアで、男の方は剃り込みを入れた金髪ボウズの青年、女の方は日に焼けた黒髪短髪の褐色少女。どちらもいかにも体育会系の雰囲気だ。

 ご丁寧にも冥華は2人の実績を教えてくれた。男の方は「高校通算34本(2年夏まで)」、女の方は「陸上・砲丸投で中学女子全国2位」なのだそうだ。いや、メチャクチャドヤ顔のとこ悪いが……スマン、スポーツとかよく知らないし、全然ピンと来ないんだが。


 ……兎にも角にも、この冥華というヤツ、俺たちのことを舐め腐っているのが見え見えだ。あんまりいい気はしないな。それに、黙って言われっ放しというのも性に合わない。

 ……という訳で。


「あらあら、そっちはショボいのを2人連れてるわね~。そっちの子は文化系? ぷぷぷ、そんなのでダンジョンでやっていけるのかしら……? で、あともう1人の子は……」


 ギロッ。

 冥華がこっちに視線を向けたところで、寿限ムはあえて眼を飛ばしてみた。

 (髪を赤く染めている)(黒スーツ)(サングラス)……と、客観的に見たらガラが悪い事この上ない格好で凄まれた冥華は、面白いようにたじろぐ。


「え? な、なんだか気合入ってるわね……ま、まあいいわ……」


 そう言って、冥華はすごすごと引き下がったのだった。

 ビビってる、ビビってる。……よし、ちょっとはやり返せたな。

 ……そして。


「風の噂だと、協会主催で近々『新人たちを競わせる場』が企画されてるとか……? ふふふ、楽しみだわ~。ようやくあなた達とギルドとしての格がハッキリさせられるんだから……!」


 そんな捨て台詞を残し、冥華は2人の新人を引き連れて帰っていったのだった……。



 …………

 ……

 …



 ……で、問題なのはこの後だ。

 まあ、別にちょっとイヤなヤツに会ったからと言って、迷子になるわけではないからな。


 それから俺たちは、協会本部4階にあるという武具屋へ向かった。

 目的はもちろん、詠羽の薦め通り『生き残るための投資』の為だ。お金はまだ手元にないので、まあ下見だな。こういうの、『ウィンドウショッピング』って言うらしい。

 様々なジョブに対応する武器が揃えてあるとかで、店内はメチャクチャ広い。どれぐらい広いかというと、壇上町のショッピングセンターと同じぐらい広かった。

 

 ……広すぎない? どんだけ置いてあるんだよ、武器。というかここ、本当に武具屋か?

 

 で、桃は後衛の弓使い、俺は前衛の格闘家。売り場はもちろん別々だ。

 という訳で、いつの間にか桃と詠羽の2人とはぐれてしまった寿限ムは、フロアを彷徨っているうちに『何だかよく分からない所』まで来てしまったのだった。


「すぅぅぅぅ……やっほーッッッ!!」


 とりあえず、大声を出してみる。しかし、自分の声が反響して聞こえてくるだけだった。


 ──シーン……


 そして訪れる、無音の静寂。


 マズい……このままだと、マジで餓死して死んでしまうんじゃないか? いや、冗談じゃなく。ビルの中だから、その辺に果物とか生えてないし。

 この状況、真面目にどうにかした方がよさそうだ……。というか、怖くなってきた。


 誰も居ないビル。一人ポツンと取り残される俺。目の前には、延々と柱とタイルが敷き詰められているだけ……何だろう。これまで経験してきたダンジョンなんかより、よっぽど怖い。別に命の危険とかがある訳でもないのに……。


 そして、そんな『リミナルスペース』的な恐怖感を感じる寿限ムの目の前に、は現れたのだった。銀色のメタリックな質感の、横開きの扉。その隣には上下2つの方向を向いた三角形のボタンが付いている。


 ──エレベーターの入り口である……


「メチャクチャ怪しい……が! 乗ってみるか! 最悪1階に行けば何とかなるだろ、多分!」


 そういえば詠羽は『エレベーター』は安易に使うなって言ってたような気がしたけど……まあ、別にこれは安易なんかじゃないからな。天才のひらめきってヤツだ。

 それに寿限ムの勘が言っていた。この先、絶対に『』ある……! だったら、見過ごすわけにはいかないよな。


 ……という訳で寿限ムが下向きの三角を連打すると、「ピポーン」という音と共に、すぐさまエレベーターのドアが開く。お、待たずに済んだな。ラッキー。


 ──そして寿限ムは、躊躇なくそのエレベーターに乗り込むのだった……

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