第30話 「寿限ム VS オーガ①」

 ◇


 ──通りには徘徊するモンスターの集団、両サイドにビルが立ち並び、正面に道路が真っすぐ続いている。

 そんな通りの中を、寿限ムと刻花の二人は雑魚モンスターを蹴散らしながら全力で走っていた。後ろから迫り来るのは4メートルはあろう巨体のオーガ


 ……寿限ムは悟る。コイツには小細工は通用しない。


「──生成クラフト『壁』!」

 

 時間稼ぎにしかならないのも百も承知で、寿限ムは壁を生成する。

 隣を走る刻花の様子を見る。どうやら刻花も相当足に来ているようだ。


「っ……そろそろヤバいかもしれないわ……」

「ヤバいって、足のことだろ!?」

「ええ、もうダメそう。だって、こんなに走った事なんてなかったもの……!」


 そう言いながら刻花は苦痛に顔を歪める。この状況も長く続かないかもな……。


 ──とにかくオーガが壁にもたついている間に、どうにか距離を稼ぐ。考えるのはそれからだ! 

 

 ……曲がり角だ! 寿限ムがそう認識したその時──



「はぁ、はぁ……寿限ム、くん……君たちを、助けに、来たよ!」



「──あれは、鈴木のオッサン!」


 曲がり角から現れたのは、昨日別れたオッサン──鈴木 樹(48)の姿だった!

 ……相当息が上がっている。きっとモンスターと連戦してきたのだろう。


「ふふ、やっぱりな! ……やるじゃん、オッサンも」


 嬉しそうに言う寿限ム。一方でオッサンは、ひび割れた壁の隙間から覗くオーガの姿に驚きの声を上げていた。


「うわっ、何!? あの化け物!?」

「説明は後! 一緒に逃げるぞ、オッサン!」


 ◇


 それから寿限ムたちは、幾つかのビル内を通り抜けつつ距離を稼ぐ。

 そしてなんとか余裕が出てきたところで、鈴木のオッサンから話を聞くのだった。


「はぁ、はぁ……な、なるほどね。外国人の、救助ボランティアが……」

「ジョニーさんたちもまだ遠くには行っていないはずです」


 オッサンからもたらされた情報は貴重なものだった。

 ……なるほど。救助ボランティア?といったか。東京がモンスターと対抗できているというならば、そう言った集団が活動していてもおかしくはない。

 

 ただ……今の俺たちが助けを求めるには


 かすかに地響きの音が聞こえてくる。今まさに、決断の時が迫ってきていた。


「……ありがとう、オッサンだけでも来てくれて」


 ──そして寿限ムは、静かに口を開く。



「……オッサンは、今からキリカと一緒に逃げてくれ。マーキングされている俺から離れれば、逃げるのも簡単なハズだ。……俺がアイツを何とかする」



 寿限ムがそう言いだすや否や、刻花とオッサンの二人は、慌てて止めようとする。


「嘘、ジュゲム、死ぬ気!?」

「そうですよ、一人じゃ無理ですって!」


 しかし寿限ムは二人の制止も聞かず、一人立ち上がるのだった。


「あの時の花火は綺麗だったな……そうだ。もしアイツを倒したら、デカい花火を打ち上げよう。そうすれば分かるだろ? 俺がアイツを倒したって……」

「ストップ、ストップ! それは『死亡フラグ』だわ!」


 ──ドガンッッ! オーガの腕がビルの壁面を貫通する。


 ……もはや、これまでのようだ。

 寿限ムはアイテムボックスから手榴弾を取り出すとピンを引き抜く。


「……じゃあな、キリカ」

「『死亡フラグ』はダメだわ! ……花火は打ち上げなくてもいいから、絶対に生きて帰って来なさい、ジュゲム!」

「『死亡フラグ』……? よく分からないですが、必ず助けを呼んできます! それまで絶対に死なないでください!」


 ……そして寿限ムは二人を見送ると、たった一人でオーガと相対するのだった。


 ◇


 ……フ、なるほどな。完全に"捕捉"された訳だ。

 寿限ムは目の前のオーガの顔を睨みつける。

 この至近距離、もはやこれ以上逃げることは不可能だろう。だったら──攻める!


 寿限ムは挨拶代わりに、手に持った手榴弾をオーガの顔面目がけて投擲する!


 ──そして、爆風の中から現れる『0』の文字。


 ダメージ無し、か。……だがこれはダメージを期待してた訳じゃない!

 

 爆風で一瞬寿限ムのことを見失ったオーガの横を通り抜け、窓ガラスを破壊! そして寿限ムはそのままビルの外へ脱出する!

 顔ごとビルに手を突っ込んだオーガの背後に回り込むと、こん棒を一閃!


「GUOOOOO!!!!」


 ──よし、『30』ダメージ入った! 


 …………。


「……頭の上のHPバーがミリしか動いてないんだが、マジっすか!?」

 

 ええい、ままよ! 忘れろ! 細かいことは気にするなッ! 今は少しでもこの"デカブツ"にダメージを与えるのが先決だ!


「っ……!」


 ──速いっ! オーガはビルから体を引き抜くと、そのまま体を反転、こちらの方を向いてくる。

 寿限ムも即座に反応、ダッシュで距離を取ろうとするが、間に合わないっ!


「っ──生成クラフト『車』!」


 ──ガシャン! フロントガラスごと車の前面が粉砕される。しかし後部座席に"格納"された寿限ムには、ダメージはゼロだった。

 以前のゴブリン戦の応用だ。閉じ込める以外に、こうやって防御だってできる!


「──サンキュー、『メイドインジャパン』!」


 寿限ムは後部座席のドアを開けると、再び寿限ムのことを見失ったオーガに対し、再度手榴弾を投擲! 


「もう一丁!」


 ──BOMB! 『0』。残念、こいつもめくらましだ!


 そして背後を取り、連続殴打。


「……はははっ、楽しいっ! 楽しいっ!!」


 絶体絶命の状況、しかし寿限ムの顔には思わず笑みがこぼれていた。



 ──それからも寿限ムとオーガによる、瀬戸際の攻防が続く。



 ……Lvだけ見れば圧倒的に劣勢な寿限ム。彼が健闘できたのは、いわゆる『ビギナーズラック』によるものだった。


 ──ビギナーズラック。

 それは初心者にも関わらず物事が上手くいって成功することを意味する。これはしばしば『運』によるものだと考えられているが……実は違う。


 あらゆる物事において、初心者は初めての状況に直面し、あらゆるセンサーを総動員する。経験者が持つ知識の代わりに、視覚、聴覚、触覚……全てを総動員して目の前の状況に対応するのだ。


 無意識下による情報の取捨選択……それは時に、経験者のセオリーを上回る結果を残し得る。故に──初心者が実力以上に健闘するという状況が生まれるのだ。


 一方で中級者以上になると、これまで学んできたセオリーに頼りがちになり、自ずと視野が狭くなり、そのたぐいのセンサーは働かなくなる。


 ちなみに、逆にさらに熟練者になると、セオリーや経験則を越えた『その場の状況判断』が可能になる。

 経験者でありながら、初めてことに臨むのと同じ心境で物事に取り組むことが出来るようになるのだ。これはあらゆる業界で言われるところの、『初心に帰る』や『ワタシチョットデキル』の概念である。



 ──しかし『ビギナーズラックは長く続かない』というのも、また事実。



 ……長く続くと思われた拮抗状態も、遂に終わりを迎える。


 ──迫り来るオーガの巨大な拳。生成クラフトのクールタイムは!? あと12秒。


 ──恐ろしい風圧! 帽子が吹き飛ばされ、宙を舞う。


 ──『詰みチェックメイト』、か……。

 

 ──ドガンッッ! 寿限ムの身体もろとも、オーガの拳がコンクリートを貫く。



 そして──寿



「GUWAAAAAAAAAA!!!!」



 オーガは強者を打ち破り、勝利の雄たけびを上げる。


 ……宙を舞った帽子が、ふわりふわりとコンクリートの上に着地する。


 そしてオーガが立ち去った後、無人の道路に空中に文字列が現れたのだった。



【スキル覚醒:「????」→「サバイバー」の発動条件を確認しました▼】



 …………


 ……


 …



【to be continued……▼】

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