第29話 「変身」
◇
一人の男が、変わり果てた東京を
──鈴木
バツイチ。趣味はゴルフ。くたびれた、どこにでもいるサラリーマンである。
あの後寿限ムと刻花の二人と別れてから、その辺のビルで一夜を過ごし──今は教えてもらった"避難所"に向けて進んでいる最中だった。
──『一人でいれば嫌でも強くなるだろ』。
しかし実際のところ、あれから彼は一度も戦闘を行っていなかった。
……とにかく怖かった。モンスターを目の前にするとどうしても足がすくんでしまって、気が付いたら全力で逃げ出していた。
彼はこれまでの人生でいつもそうだった。人生にターニングポイントというものがあるならば、彼はいつも怯えたようにおどおどしていた。
決して誰とも争わない。例えば相手が間違っていると分かっていても、自己主張できず相手に合わせてしまう。典型的『
──学生の時もそうだ。
ノーとは言えず、クラスのパシリをしていた。ぞんざいな扱いを受けても、怒るどころかへらへらと愛想笑いを返していた。
──社会に出てからもそうだ。
押し付けられた仕事を黙ってこなす。押し付けた側は出世していった。押し付けられた側の自分は未だに平のままだ。
「はぁ、はぁ……」
息が切れる。息苦しい。逃げ回ってばかりで、かえって体力を消耗していた。
──その時である。彼は視界の端にモンスターの姿を捉えた。
逃げよう、そう思ったその時。
「……ひぐっ、うええええん」
……子供の声だ。モンスターだけじゃない。子供が襲われそうになっている。
──どうしよう!? どうすれば……!?
自分の手にはこん棒がある。あの子を助けられる力がある。けれど……まかり間違えば自分が死ぬかもしれない。
──逃げたい。怖い。でも。このまま弱いままでいいのか……!?
──『戦わなければ生き残れない!』
彼は思わず駆け出していた。モンスターの目の前へ!
「──うあああああっ!!!!!」
……接待ゴルフで磨いた腕! そして、押さえつけられていた闘争本能!
なぜか身体が勝手に動く。実際、彼はこれまでの人生の中で一度も『喧嘩』というものをしたことがなかった。しかし現実はどうだ? 彼はまるで一流の剣豪のように、目の前のモンスターをなぎ倒していく。
彼は凪のように穏やかな心を持つ。しかし──彼の心の無意識では、クソッたれな上司の頭をフルスイングするシミュレーションをしていたのだ!
──目覚める……彼の心の奥底に住まう"
「……だ、大丈夫かい?」
モンスターを全滅させた後、鈴木は背後で尻餅をついている男の子に声を掛ける。男の子は鈴木の声に小さく頷いた。
「……お父さんと、お母さんは?」
男の子は首を横に振った。彼の眼にうっすらと涙が浮かんでいる。
「そうか……大丈夫だ、私が付いてるから。とにかく安全な所に避難しよう」
◇
それから鈴木は、助けた男の子を連れて東京を進む。
モンスターが出ても、彼はもう逃げなかった。果敢に立ち向かい、男の子をモンスターの魔の手から守り続けた。そして──
「……人だ。モンスターと戦ってる。あれは……外国人?」
その途中で、モンスターと戦う集団を発見したのだった。
全員カジュアルな格好をしている。そして、全員若者だ。……もしかして、観光客だろうか? ただ、その戦いぶりはかなり手馴れている様子。
そして気になったのは、その外国人集団は誰かを守りながら戦っているらしいことだった。……非戦闘員を守っている?
しばらくして、戦闘が終わる。彼らは仲間同士でハイタッチをしていた。
「……あ、あなた達は?」
戦闘が終わったのを見計らって、鈴木が訊ねる。
その外国人の集団は、喜んで鈴木を歓迎してくれた。鈴木本人もビックリするぐらいに。これが外国人のノリなのかな……よく分からないけど。
それで、話していく中で彼ら自身のことも教えてくれた。
結論から言うと彼らは『東京で開かれる大会に参加予定だったプロゲーマー』だそうだ。全員アメリカから遠征してきたらしい。しかしこのモンスター騒動で大会が中止になり、ホテルで缶詰めになっていたところ……メンバーの一人が外に出て人命救助をしないかと言い出したのだそうだ。
そういう訳で、彼らは生存者を探して"避難所"に送り届けているらしい。
「僕の名前はジョン……ジョニーとでも呼んでくれ」
その中の一人、体格の良いダークスキンの男が良い笑顔で言った。そして、手を差し出してきたので握り返す。握手だ。……かなり力強い。
「しかし、皆さんとてもお強いですね……」
「ハハハ、ゲームは僕らの得意分野だからね!」
「立派ですよ。異国で人助けをしているなんて」
「そう言うアンタだって! そんな歳でさモンスター退治だろ? ヒュー、イカすぜ! ……で、その子はお孫さんかい?」
「い、いえ……」
鈴木は思わず出そうになった「そ、そんなに老けて見えますか……」という言葉を飲み込む。まあ仕方ないよね。外国のお人だから、髪もこんなだし……
「で、僕らはこれから"避難所"に向かうけど、一緒に来るかい?」
ジョニーがそう言う。鈴木にとって、本来これはありがたい提案だった。
しかし──鈴木は首を横に振る。そして、言うのだった。
「いえ。少し気になったことが……」
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