第29話 「変身」


 ◇


 一人の男が、変わり果てた東京を彷徨さまよう。その背中シルエットはどこか頼りなさげだ。

 ──鈴木 いつき、48歳。

 バツイチ。趣味はゴルフ。くたびれた、どこにでもいるサラリーマンである。


 あの後寿限ムと刻花の二人と別れてから、その辺のビルで一夜を過ごし──今は教えてもらった"避難所"に向けて進んでいる最中だった。


 ──『一人でいれば嫌でも強くなるだろ』。


 しかし実際のところ、あれから彼は一度も戦闘を行っていなかった。

 ……とにかく怖かった。モンスターを目の前にするとどうしても足がすくんでしまって、気が付いたら全力で逃げ出していた。

 

 彼はこれまでの人生でいつもそうだった。人生にターニングポイントというものがあるならば、彼はいつも怯えたようにおどおどしていた。

 決して誰とも争わない。例えば相手が間違っていると分かっていても、自己主張できず相手に合わせてしまう。典型的『負け犬ルーザー』……。


 ──学生の時もそうだ。

 ノーとは言えず、クラスのパシリをしていた。ぞんざいな扱いを受けても、怒るどころかへらへらと愛想笑いを返していた。


 ──社会に出てからもそうだ。

 押し付けられた仕事を黙ってこなす。押し付けた側は出世していった。押し付けられた側の自分は未だに平のままだ。


「はぁ、はぁ……」


 息が切れる。息苦しい。逃げ回ってばかりで、かえって体力を消耗していた。


 ──その時である。彼は視界の端にモンスターの姿を捉えた。


 逃げよう、そう思ったその時。


「……ひぐっ、うええええん」


 ……子供の声だ。モンスターだけじゃない。子供が襲われそうになっている。


 ──どうしよう!? どうすれば……!?


 自分の手にはこん棒がある。あの子を助けられる力がある。けれど……まかり間違えば自分が死ぬかもしれない。


 ──逃げたい。怖い。でも。……!?



 ──『戦わなければ生き残れない!』



 彼は思わず駆け出していた。モンスターの目の前へ!


「──うあああああっ!!!!!」


 ……接待ゴルフで磨いた腕! そして、押さえつけられていた闘争本能!

 なぜか身体が勝手に動く。実際、彼はこれまでの人生の中で一度も『喧嘩』というものをしたことがなかった。しかし現実はどうだ? 彼はまるで一流の剣豪のように、目の前のモンスターをなぎ倒していく。


 彼は凪のように穏やかな心を持つ。しかし──彼の心の無意識では、



 ──目覚める……彼の心の奥底に住まう"ドラゴン"が!!!



「……だ、大丈夫かい?」


 モンスターを全滅させた後、鈴木は背後で尻餅をついている男の子に声を掛ける。男の子は鈴木の声に小さく頷いた。


「……お父さんと、お母さんは?」


 男の子は首を横に振った。彼の眼にうっすらと涙が浮かんでいる。


「そうか……大丈夫だ、私が付いてるから。とにかく安全な所に避難しよう」


 ◇


 それから鈴木は、助けた男の子を連れて東京を進む。

 モンスターが出ても、彼はもう逃げなかった。果敢に立ち向かい、男の子をモンスターの魔の手から守り続けた。そして──


「……人だ。モンスターと戦ってる。あれは……外国人?」


 その途中で、モンスターと戦う集団を発見したのだった。

 全員カジュアルな格好をしている。そして、全員若者だ。……もしかして、観光客だろうか? ただ、その戦いぶりはかなり手馴れている様子。

 そして気になったのは、その外国人集団はらしいことだった。……非戦闘員を守っている?


 しばらくして、戦闘が終わる。彼らは仲間同士でハイタッチをしていた。


「……あ、あなた達は?」


 戦闘が終わったのを見計らって、鈴木が訊ねる。


 その外国人の集団は、喜んで鈴木を歓迎してくれた。鈴木本人もビックリするぐらいに。これが外国人のノリなのかな……よく分からないけど。

 それで、話していく中で彼ら自身のことも教えてくれた。


 結論から言うと彼らは『東京で開かれる大会に参加予定だったプロゲーマー』だそうだ。全員アメリカから遠征してきたらしい。しかしこのモンスター騒動で大会が中止になり、ホテルで缶詰めになっていたところ……メンバーの一人が外に出て人命救助をしないかと言い出したのだそうだ。


 そういう訳で、彼らは生存者を探して"避難所"に送り届けているらしい。


「僕の名前はジョン……ジョニーとでも呼んでくれ」


 その中の一人、体格の良いダークスキンの男が良い笑顔で言った。そして、手を差し出してきたので握り返す。握手だ。……かなり力強い。


「しかし、皆さんとてもお強いですね……」

「ハハハ、ゲームは僕らの得意分野だからね!」

「立派ですよ。異国で人助けをしているなんて」

「そう言うアンタだって! そんな歳でさモンスター退治だろ? ヒュー、イカすぜ! ……で、その子はお孫さんかい?」

「い、いえ……」


 鈴木は思わず出そうになった「そ、そんなに老けて見えますか……」という言葉を飲み込む。まあ仕方ないよね。外国のお人だから、髪もこんなだし……


「で、僕らはこれから"避難所"に向かうけど、一緒に来るかい?」


 ジョニーがそう言う。鈴木にとって、本来これはありがたい提案だった。

 しかし──鈴木は首を横に振る。そして、言うのだった。



「いえ。少し気になったことが……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る