第39話 「運命の再会」


 ◇


 ──そして、それから3時間後。


 一応の収穫として、(強いかどうかは別として)新たなスキルを手に入れた寿限ムは、令と戻子の2人と共にダンジョンから帰還することにした。

 寿限ムが先頭を歩いていた行きとは逆に、今度は令と戻子の2人が先頭を歩いている。しかし面白いな。どうやらモンスターも、力の差というものを理解しているらしい。面白いようにモンスターとエンカウントせず、スイスイとダンジョンを進むことができた。

 その道中、寿限ムはふと思いついたことを訊ねる。


「……そう言えば魔法を覚えるのって『フレイムスラッシュ』じゃダメなのか? あれも魔法みたいなもんだよな?」

「『フレイムスラッシュ』……戦士の初期スキルだっけ。剣で斬ったりしてるなら物理扱いだよ。だから無理」

「何もない所から火をつけてるのに?」

「うん、物理。変なところで厳しいんだよねー☆」


 2人によれば、例えば『炎を纏った矢を射るスキル』は物理、『を射るスキル』は魔法として判定されるらしい。……なるほど、分からん。


「へー。しっかし、二人とも色々詳しいな」

「一応、その道のプロだからね」

「うん、プロだしー☆」


 ……そんな風に話をしながら、3人は階段を上って元の世界へ戻ってくる。

 既に日は傾き、空は真っ赤な夕焼け模様が広がっていた。


「にしても2年で色々変わりすぎだよなー……今日は色々案内してくれて助かった」


 寿限ムは誤侵入防止のケージの扉を開けて外に出ると、しみじみと言う。

 今日は2人に色々な場所を案内して貰って、凄く目まぐるしい一日だった。しかしそのお陰で、今自分が置かれている現状を把握することができた。


 『探索者』か……学がなくても体を張りさえすればお金を稼げる。凄く魅力的だ。

 ある程度お金を稼げれば、刻花たちが居る(たぶん)東京に戻れるか……?


 『生成クラフト』があるとはいえ、資金を稼ぐに越したことはない。なぜならお金はすごいから! お金イズパワー。困ったときも大体お金が解決してくれるしな(刻花が言ってた)。


 そしてバス停までやってきた寿限ムたちは、『武装バス』を待つ間立ち話を続ける。「何でも聞いていいよー☆ 後輩クンの疑問を解消するのは、センパイの私たちの務めだし!」という戻子たちに対し、寿限ムは地味に気になっていたことを訊ねる。


「2人はどうして探索者をしているんだ? もしかして……やっぱり儲かるのか?」


 ──探索者を続ける理由。なぜ危険を冒してまで、ダンジョンに潜るのか。


 この2人だって、別に最初からこんなに強かった訳じゃないはずだ。ダンジョンに潜り続けて、強くなったからこその今がある。

 だが逆に、命を落としてしまう可能性だってあったはずだ。命を落とす危険を冒してまで、なぜダンジョンに潜るのか……寿限ムの言葉に答えるように、令が語り始める。


「儲かるかは実力次第かな。お金だけの話じゃないしね」

「それじゃあ……楽しいからとか?」

「それもあるけど、何より『ダンジョンでしか手に入らないアイテム』かな」

「へー、私は普通に楽しいからかなー☆ お陰でジュゲムんにも会えたしねー。……珍しいんだよ? ツカたんと仲良くできる子って」

「むぅ……」


 そう言う令の顔は、『自分はそんなにボッチじゃないと言おうとしたが、よくよく考えたら事実だったので言い返せない顔』をしていた。


 しかしなるほど……『ダンジョンでしか手に入らないアイテム』か。それは少し気になるな。


「ツカサは欲しいものでもあるのか?」

「一つだけ、ある。存在すら確定してないけど……『万病に効く薬』」

「『万病に効く薬』か。……もしかして、病気の知り合いでもいるのか?」


 気になって、寿限ムが訊ねる。だがしかし、病気の弟が居て、その子を助けるために探索者を始めた──といった事情がある訳では、どうやらないらしい。令は首を横に振って言う。


「僕には一人、憧れの作家がいるんだ。……その人は今も『腰痛』で苦しんでる。その人の腰痛を治すための薬がいるんだ」

「……あー、『あの作者』かー」


 令の言葉に、戻子はうんうんと納得する。しかし寿限ム一人だけ話を理解できないでいた。作家のヨウツウを治す……なんだって?


「……ヨウツウ?」

「あ、今君たかが腰痛って思った? 漫画家の腰痛は死活問題だからね!?」


 ──そして、令はさらにヒートアップする。


「作画の為にずっと座ってなきゃいけないから腰にずっと負担がかかるし、仕事病だから一度なると繰り返し再発するんだよ!?」


 ……なんてすごい熱量なんだ。こんなに熱く語っている令は初めてじゃないか?

 さらに令は続ける。


「それに腰痛って、立ってられないほど辛いんだって……沢山の人を楽しませた作者の晩年がだよ? 腰痛で苦しむなんて許されないよね!?」

「それに早く続きが読みたいしねー☆」

「……うっ、それも50%ぐらいはあるかな」


 ……とにかく、令が『その作家』と『作品』をすごく好きなことだけは分かった。

 それにしても意外だ。会ってから一週間も経ってない自分が言うのも何だけれど、あの令がこんなに熱く何かを語るイメージが寿限ムにはなかった。


 ……



「探索者をする理由か……俺はとりあえず今は東京に戻りたいな」


 ──刻花とうな丼に会いたい。今はそれが自分の目的だ。



 ……しかし、それはそれとして。


「その前にせっかくだし"名古屋の名物"でも見て回るか! ……そう言えば名古屋って何があるんだ?」 

「分かんない。名古屋出身じゃないし」

「ドラゴンズ? しゃちほこ?」


 令と戻子はサッパリといった様子だった。

 ……嘘だろ? せっかくこんなデカい街に来たのに。ああそっか、たぶん令も戻子ものめり込みやすいタイプだから、単に周りが見えてなかっただけだな。

 それから考え込んでいた2人だったが、戻子が何か思いついたように言う。


「あ、そうだ、食べ物なら『ひつまぶし』があるよ☆」 

「……ひつまぶし? なにそれ」

「料理。メッチャ美味しい」 

「どんな料理だ?」

「言葉で説明すると……『ご飯の上にうなぎのかば焼きが乗ってるヤツ』、かな」

「『うな丼』じゃねーか!」

「違う違う。『ひつまぶし』」

「な、なるほどな……とにかく名古屋には『うな丼』みたいなのがあるんだな」


 どう違うのか寿限ムにはサッパリ分からなかったが、俺が分からないということは『うな丼(猫の方)』にもきっと分からないだろう。


 ……決まりだな。俺の目標が、今まさに決まった。


「──よし決めた、俺の探索者の目標は『うな丼』だ!」



 ──『うな丼』の為に、『うな丼(ひつまぶし)』を持ち帰る! そして、ついでに俺も喰う! これで決まりだ!



 ◇


 ──そしてそれから、俺の『うな丼(ひつまぶし)』を喰うための努力が始まった。


 令と戻子の2人によれば、うなぎは市場に殆ど流通していないのだそうだ。

 『うな丼(ひつまぶし)』を取り扱っている店もあるにはあるが、それは探索者がうなぎを自分で持ち込みしなければならないらしい。


「うなぎが流通しない理由か。調べたことないけど……きっとダンジョン絡みかな」


 ……果たして、令の予想は当たっていた。

 ネットでの聞き込み調査の結果、うなぎは『とあるダンジョン』で手に入るというネット情報を手に入れることが出来た。


 その情報によると、うなぎが手に入らないのは"そのダンジョンの難易度"が深く関係しているらしい。

 そのダンジョン、道中の難易度は大したことはないが──何故かボスだけがかなり強く、うなぎはボス部屋の宝箱からしか手に入れることが出来ないのだそうだ。


「……なるほど。要するに『割に合わない』ってことか」


 ダンジョン食材の収集は低Lv探索者の生業と相場が決まっているらしい。

 しかしそのボスのLvは、一般的にダンジョンで生計を立てている探索者の平均Lvをはるかに超えていた。


 狩れるとしたら中堅以上の探索者……だが、そんな探索者がうなぎの為にわざわざ周回するか?という問題だ。


「良かった。うなぎ自体はダンジョンで採れるんだね。それなら問題ないか」

「だねー☆ 私たちが倒しちゃえばいいし☆」


 うーなーぎ! うーなーぎ! 戻子はアパートの部屋で大はしゃぎするのだった。


 ◇


 ──そして、その翌日。


 寿限ムたちはそのダンジョンの前にやって来ていた。

 そこは名古屋市内の市民プールの施設だ。

 そのプールの底に一つ大穴が開いている。ダンジョンの入り口の階段である。


「うわ、これじゃプール使えないね」

「……ダンジョンは迷惑な所に出来る決まりでもあるのか?」

「うー、せっかく水着持ってきたのにぃ」

「いや、別に泳ぎに来たわけじゃないからな!?」


 戻子にツッコみを入れつつ、一行はダンジョンの中に潜る。

 ダンジョンは噂どおり普通の難易度だった。寿限ムたちは森の中を進んでいき、そして難なくダンジョンの最奥にまで到達する。


「強すぎるダンジョンボスかー、どんなモンスターだろうねー」


 そして噂のダンジョン最のボス部屋、そこで寿限ムたちを待っていたのは──



「……スマン。2人は手出しをしないでくれないか。……コイツは、俺一人で倒したい」



 ──灼熱色の肌。

 ──筋肉の鎧。 

 ──4メートルの巨大な体躯。



 ああそうだ、コイツのことは俺が良ーく知ってる。


 ……そこにいたのは、寿限ムを一度殺したモンスター、『オーガ』だった。


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