第5話 「乙女の純情? 『縞田 桃』」

 ◇



「──貴方を見込んでお願いがあります! 私を、東京に連れて行ってください!」



 そう言って、目の前の(5メートル先の)少女は深々と頭を下げる。

 ……東京? 寿限ムが事態をよく飲み込めないでいると、やがて少女は顔を上げて、何か気づいたような表情を浮かべるのだった。

 

「ハッ……! 自己紹介がまだでしたね! ──私の名前は『縞田 桃しまだもも』。縞々しましまパンツの『縞』に、田んぼの『田』。桃太郎電鉄の『桃』で『縞田 桃』です!」

「……最後のはフツーに『桃太郎』で良くないか? よく知らねーけど」

「いえ、桃太郎電鉄の『桃』です!」


 寿限ムのツッコミに桃は首をブンブンと横に振る。どうやらそこは譲れないらしい。なんでだよ。

 ……しっかしあの頭の下げ方、何故だか知らないが、よっぽど東京に行きたいらしい。あんなに人が頭を下げるのを見たのは『町工場の工場長が黒服に借金の返済を待ってもらう時』ぐらいだぞ。


「……まあいいや。東京……家族でも待ってるのか?」

「え? 私がせっかく名乗ったのに、お名前教えてくれないんですか?」

「……あーはいはい。『吉田寿限ム』な。……で? 東京に行きたい理由は? その様子だと、よっぽどの理由があるみたいだけど」


 そう言って寿限ムは桃に訊ねる。よっぽどの理由があるのだろう、そう思っていた寿限ムだったが……しかし返って来た答えは、だった。



「家族はいません。……東京には。強いて言うなら……東京で待っているのは『秋葉原アキバ』と『出会い』ッ! ですっ!」

「……はぁ?」



 ◇


 ──それから少しして。

 夕焼け空の下、辺りに瓦礫が散らばる中で、寿限ムと桃の2人は『避難地区コロニー』へと続く道を歩いていた。

 ……聞くところによると、桃は『避難地区コロニー』の住人らしい。

 だったらどうせ帰る場所が同じなら、話でも聞いてやるか。歩きながら──という訳で、寿限ムと桃は並んで歩いていたのだった。

 ──夕焼け模様の中、2人のシルエットが浮かんでいる。


「それで、どうなんでしょうか。私を東京に連れてってくれるんですか?」

「……答える前に一つ聞くけど」

「何でしょうか。答えられる質問でお願いしますね」

「さあな。答えられるかどうかは、そっちがやましい事をしてるかどうか、だろ? ……っと」


 そう言って寿限ムは、瓦礫を飛び越える。そして一呼吸を置くと、桃に向かって訊ねるのだった。


「さっきも聞いたけど、俺のことをダンジョンでつけてたよな? ……何でだ?」

「ああ、あれですか。吉田くんの実力を確かめるためです。最低限の実力がないと、東京に着く前にお陀仏になるだけですから。……よっと」

「ふーん……なるほどな。じゃあもう一つ。ダンジョンの途中で、俺メチャクチャ苦しんでたはずだけど。?」


 ──こっちが本命の質問。しかし桃は、あっけらかんと答えるのだった。


「……え? 死にませんよね? 『演技』なんですから」


 ……バレてたか。そして桃は続けて言う。


「吉田くん、ちょくちょく後ろを見てましたから。こっちに気づかれないようにしてたみたいですけど、バレバレでしたよ? ……『演技』をするなら、ちゃんとその前から気を配らないと。騙せる人は騙せても、私みたいな"目ざとい人"には分かっちゃいますよ?」


 そう言って、桃はあざとくウィンクする。


「あ、ちなみにあの暗い地下道で尾行できたのは、『狩人ハンター』のスキル『暗視』を使ったからです。視界の差があったので、尾行は簡単でしたね」

「なるほど……」


 寿限ムは納得する。『暗視』スキルなんてものがあるなら、どれだけ背後を気にしていても尾行していた桃を見つけることが出来なかった訳だ。……にしても。


「なあ、桃はソロだと無理だから探索者に声を掛けたんだよな? 東京に行くために」

「はい。そうです」

「よく考えたら、探索者ならこれまで何人も来たんじゃないのか? だったら幾らでも東京に行くチャンスなんてあったと思うんだが……」


 ……よくよく考えれば、当然の疑問である。最低でも1月に1回、あの『避難地区コロニー』に探索者が訪れることになっている(と令に聞いた)。

 モンスターが現れるようになったのは、2年前。その間、幾らでも東京に行くことが出来たのではないだろうか?

 そんな寿限ムの問いに、桃は若干言いづらそうに言い淀む。……何だ?


「その人たちは、ほら、ちょっと……ので……」

「コイツ、顔でえり好みしてやがる……!?」

「だって探索者の人と一緒にいても、命の保証がある訳じゃないじゃないですか! 同じ死ぬかもしれないんだったら、好みの顔の人と一緒に死にたい! なんてったって──私は『乙女』ですから!」


 ──ドドン。桃がキッパリと言い切る。そこまでこうも言い切られると、寿限ムは『謎の説得力』を感じざるを得なかったのだった……。


 ◇


 やがて、徐々に道に散乱する瓦礫の数が減っていく。気が付けば、いつの間にか『避難地区コロニー』の近くまでやって来ていた。

 ……何やら隣からジロジロと視線を感じる。横を見ると、桃がマジマジと寿限ムの顔を見つめていた。

 さっきからずっと、桃は「やっぱり顔は良い。すっごく良い」「『桃レーティング』起動! 顔の評価は……」「A? いやSかも……!」と何やら呟いている。


 ……うーん。こう顔ばかり見られるのも、ちょっぴり不満だな。

 なぜならこの吉田寿限ム、顔よりよっぽど中身の方がカッコいいからだ。そして寿限ムは、抗議するように言う。


「そういやよく考えたら俺のこと、顔ばっか見てるだろ。ちゃんと中身も見ろ」

「えーっと……アホそう?」

「何で分かった!? アホそうなところはまだ見せてないはずなのに……」

「時々、何も考えてなさそうな顔をするので」


 ──負けた……。いや別に負けた訳ではないのだが。寿限ムはガクリと肩を落とす。これが『』ってヤツか。いや、それは目か。


「……人間観察の能力あり、合格」

「合格だねー☆」


 背後からいつもの2人の声が聞こえてくる。令と戻子だ。いや、『避難地区コロニー』は前だよな? いつの間に背後に!? 

 さすがは高Lvプレイヤー……寿限ムが振り返ると、戻子と令の2人は片手でたこ焼きが入ったパックを持ちながら、もう片手で楊枝でホカホカのたこ焼きを口に運んでいた。美味そうだな。……そんなことより。


「……いや2人とも、ちょっとはフォローしてくれよ……」

「フォローだね。……うん。人間、賢さだけが全てじゃないよ」

「いや、そっちのフォロー!? 俺の頭のいい所とか、何かないのかよ……」


 それから令と戻子の2人は、桃に向かって自己紹介を始める。

 桃は2人の顔を交互に見る。


「はい、山田さんと冴木さんですね。吉田くんの『お師匠さん』という訳ですか。……2人とも、滅茶苦茶美人だ……」

「桃ちーって学生なん? なんか制服着てるけどさー☆」


 早くも戻子は、あだ名付きで桃のことを呼び始める。……流石はギャル。ノリが良い。一方で戻子の問いに、桃は首を横に振るのだった。


「いえ。学校は潰れました」

「……じゃあ何で制服なんて着てるんだ? 普段着でいいじゃん」

 

 寿限ムが不思議に思って訊ねる。

 しかし桃は、そんな寿限ムの言葉にガーンとショックを受けた様子だった。


「なんてこと言うんですか……! 制服を着れる時間は限られているんですよ!? 着なきゃ勿体ないじゃないですか!!」

「……着ればいいじゃん、何時でも」


 桃の熱気が物凄いことになっている。向こうとこっちで物凄い温度差だ。風邪を引きそうなくらい。桃はなお続ける。


「……それじゃあただのコスプレで、『本物』じゃないじゃないですか! 吉田くんはTVとか映画とかの『実写の学園もの』、見たことないんですか? 20も過ぎた女優さんが制服を着て、『いやキツ……』ってなっている所をっ!」


 ……? 桃の言っていることがよく分からず、キョトンとする寿限ム。

 一方で戻子と令の2人は、何故か桃に共感していたのだった。


「あー、確かに。あるあるー。たまにヤバいのがあるよねー」

「うっ、割と心当たりが……某ラノベや漫画の実写化とか……」


 ──え? 分からないの俺だけ?


 そして、寿限ムたちは『避難地区コロニー』の中へ入っていく。

 それから4人で夕食を一緒に食べる流れになり、コロニー内のフードコートへやって来た寿限ムたち。一面に並んでいるテーブルの一つを占拠すると、各々が好きな食べ物を買って持ち寄る。

 桃と令と戻子の3人は一気に打ち解けたのか、オタクならではのよもやまトークで盛り上がっていたのだった……


 ──ちなみに、たこ焼きはマジで美味かった。初めて食ったけど。



 

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