第16話 「『新歓合宿』に向けて」
◇
「海! 海! 海!」
「山! 山! 山!」
「うみ! うみ! うみ!」
「やま! やま! やま!」
……なんだこれ。
寿限ムは膝の上に乗ってきた『うな丼』を撫でながら、その様子を眺めていた。
──これは秋葉原の探索者協会本部ビルに行った、その翌日の出来事だった。
朝起きて及川邸のリビングに降りてきた寿限ムは、そこで『オタクなギャル』と『男装の美少女』が言い争っている現場に遭遇した。
海とか山とか……天才の俺からしたら何とも超低レベルな言い争いだが、どうやらこの戻子と詠羽の2人は『新歓合宿』の行き先で対立しているらしい。
「やっぱりジュゲムんは海がいいよねー?」
「いいや、
そう言って戻子と詠羽が、寿限ムに向かってグイグイ迫ってくる。近い近い。2人とも寿限ムのことを自分の陣営に引っ張り込もうと必死だった。
「いやまず『新歓合宿』が何なのか知らないんだが……」
「それはもち、ジュゲムんとももちーを歓迎する『パーティ』だよねー?」
「フッ……無論、貴様のようなギルドに新しく入ってきた
「……いや、まずそこから噛み合ってないのかよ」
そんなどことなく噛み合わない2人の話を聞きながら、とりあえず分かった事はと言えば『どうやらこれからギルドメンバー全員で外に泊まって何かをするらしい』という事。……まあこのままの流れで行けば、『パーティ』も『特訓』もどちらもする事にはなるんだろうが……。
「もう9月だよ? 夏に海に行ってないなんてあり得なくない? てかあり得ないよね!? やっぱり『水着で流しそうめん』じゃ足りてないってー!」
「フンッ、古より『強者は山に登る』と相場が決まっている。かの有名な大妖怪『酒吞童子』も、大江山を根城にしていたしな。対して海は『竜宮城』があるぐらいだろう? フッ……話にならんな!」
なおも戻子と詠羽の2人はこちらに向かってアピールを続ける。そうこうしているうちに、ギルドの他メンバーがぞろぞろとリビングに集まってきたのだった。「え? 海か山に行くんですか? ……それなら私は海を推します。だって山には『虫』、海には『水着』。こんなの天と地じゃないですかっ!」と桃は相変わらずの煩悩丸出しのコメント。一方で令は、「僕は山かな……あまり"自信"がないから……」と親友である戻子の胸元を恨めしそうに見つめていた。
「……はいはい、それなら『多数決』で決めましょう? 山に行くか海に行くか。これなら恨みっこなしよね?」
刻花がそう言ったところで、ちょうどギルドチャットの方に『了解。私も多数決に賛成する』と唯一リビングに姿のない三廻からの投稿が新着。いやリアルタイム過ぎだろ! 一体、どこから聞いているんだ……? というか俺、未だに三廻の顔すら見たことないんだが……?
……とまあこんな感じで、ギルド内で緊急の『新歓合宿にどこに行くのか』多数決が採られたのだった。果たして気になるその結果は……?
海(4票)→ 戻子、桃、刻花、寿限ム
山(3票)→ 詠羽、令、三廻
「やたっ! 海に決ってーい☆ やっぱ夏は海だよね~♪」
「くっ……我は水辺が苦手だというのに……!」
結果を見て「いえーい☆」とはしゃぐ戻子の横で、詠羽は「ぐぬぬ……」と悔しがっている。まさに1票の差で天と地だ。
「ふっふっふ……吉田くん、私の水着、期待してくださいね♡」
「ううっ……よく見たら、桃も強敵……」
……よく見たら、桃と令も何やら天と地だった。「フンフフーン」と鼻歌交じりの桃に対し、令はどんよりとネガティブな雰囲気を纏っている。しかしその中でも一番ガックリ来ているのは詠羽だった。かなり悔しがっているな……
そして寿限ムは、詠羽に訊ねる。
「エバ、そんなに海が苦手なのか?」
「ああ、恐らく我の先祖は『吸血鬼』なのかもしれない……『吸血鬼』は水が苦手だからな……」
「まあ気にするな、俺も泳げないから!」
「だったら
そう言って詠羽は、まるで子供のようにグイグイと寿限ムのことを引っ張ってくる。確かに、4対3だもんな。だがしかし、「ああ可哀そうに、でも多数決だからなー。俺だって海に行きたかったんだ、恨みっこなしだぜー?」と詠羽にグイグイされながら寿限ムは不敵に返す。
そしてそんな寿限ムの元に、横から刻花が話しかけてきたのだった。
「そんなことよりジュゲム、『ランク試験』のことなんだけど……」
「ん? 『ランク試験』がどうしたんだ?」
「邪魔をするな団長っ、我はコイツに用があるのだからなッ!」
「……はぁ。だったら別にそのままで聞いてくれても構わないわ」
なおも寿限ムをわしゃわしゃし続ける詠羽に対し、やれやれといった様子を見せる刻花。しかし『ランク試験』といえば、実績のない新人探索者同士で競い合い格付けし合うという、なんともワクワクするイベントだったはず。確か、そろそろ通知が来るとか何とか言ってたが……それが一体、どうしたのだろうか。
──そして刻花はまるで余命宣告をする医者のように、深刻な顔で言う。
「……今度の『ランク試験』、座学があるらしいわ」
「『ザガク』? ……ザガクって何だ?」
「要するに、筆記試験のことよ。……しかも、高校範囲までの学力テストみたい」
「…………」
寿限ムは思わず絶句していた。
学力……テスト……? えーっと、これって『探索者の試験』なんだよな? それが何で『学力テスト』なんかするんだ?
…………。
──あ、もしかして詰んだか? コレ。
「……キリカ、俺、学校行ッタコトナイ。……テスト、スゴクムズカシイ」
「そうね。ていうか何で片言になってるのよ」
余りのショックに『エセ外国人』になってしまった寿限ムに向かって、刻花が冷静にツッコむ。……だがこれだけは理解してほしい。それほどまでに俺は『筆記試験』という単語に絶望しているのだということを。
モンスターが襲ってくるならいい。幾らでも掛かって来いだ。でも、勉強はダメだろ……ヤバい今俺、ひょっとしたら"2年前東京でオーガとエンカウントした時"より絶望しているかもしれない……
「悪いエバ、トップ、無理になっちまった……いくら俺が自頭最強の天才でも、流石に今から『学力テスト』でトップは無理だ……」
そう言う寿限ムの顔は、悲しみに染まっていた。しかし……詠羽は言う。
「フンッ、
──その一言に、寿限ムは雷に打たれたような衝撃を受けていた。
確かに詠羽の言う通りだ。諦めるにはまだ早い。なぜなら自分には無限の可能性が残されているのだから……!
──むぎゅっ。
「おいっ急に抱き着くな
「あ、ごめん、つい……」
どうやら俺は、勢い余って目の前の詠羽に抱き着いてしまったらしい。俺の腕の中で顔を赤らめて恥ずかしそうに体をモジモジさせている詠羽に対し、慌てて寿限ムは体を離す。
「……それじゃあエバ、俺に勉強を教えてくれるか……?」
寿限ムは詠羽にそう訊ねる。しかし──詠羽は静かに首を横に振るのだった。
「フッ……悪いな、我は貴様に勉強は教えられない……なぜなら我は、高校のテストで30点以上取ったことがないのだからな!」
「おいエバ、お前も俺と同じ『アホ仲間』じゃねーかッ!」
あまりにも『良い笑顔』で堂々とのたまう詠羽に対し、寿限ムは勢いよくツッコむ。確か学校のテストで30点以下を『赤点』と言うんだっけ。……おいおい、散々俺のことをアホアホ弄ってたくせに、そっちも大概じゃねーか。
──『ランク試験』本番まで、残りあと1か月。それまでにとにかく学力を上げていくしかない。
……こうして寿限ムは来月の『ランク試験』に向けて、まさかの『塾』へと通うことが決まったのだった……
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