第17話 「『普通』の生き方」

 ◇


 ──ざわざわ……ざわざわ……


 黒板の前でスラスラと問題を解く寿限ムを見て、教室内はどよめいていた。

 黒板に板書された問題、そのどれもが教室内の全員がさじを投げた『超難問』である……しかし寿限ムはまるで魔法のように、それらの解答をいとも容易く書いて見せたのである……!

 やがて塾の生徒たちが、ぞろぞろと寿限ムの周りに集まってくる。


「嘘だろ……? まさか……『』ができるのか!?」

「ああ……なんならあと『1桁』増やしても余裕だが……?」

「天才過ぎる……我が塾始まって以来の天才だ……!」

「これは?」

「推薦状だ。君はもっと上に行くべき人材だ……一瞬でも君と学べたことを誇りに思うよ」

「お前なら行けるかもしれねえな……あの伝説の……『大学』ってヤツに……!」

「頑張れよ! 応援してるぜ!」

「っ……! みんな……! ああ、俺もみんなのことは忘れない。俺も……みんなの代表として、頑張るからな……!」



 ──そう別れを告げる寿限ムの眼には、わずかに涙がにじんでいた……。



 …………


 ……


 …



「みたいな流れで、今日から『新しい塾』に通うことになったんだが……」


 ──そして、翌日。

 寿限ムが塾に通い始めてはや2日目の、その登校前……

 寿限ムは及川邸のリビングのソファに腰を下ろすと、テーブルのスナック菓子をポリポリと口に運んでいた。今日はいつものスーツ姿ではなく普通の私服だ。

 他にリビングここにいるのは、ギルドマスターの仕事を一息ついてリビングにやって来た刻花と、我らが愛猫の『うな丼』の1人と1匹。

 刻花は相変わらず黒のゴシックドレスのお嬢様で、寿限ムの向かいに座って膝の上のうな丼を優雅に撫でている(うな丼は気持ちよさそうにしていた)。


「……学力はともかく、ノリの方は前の塾の方が合ってたんじゃない?」

「ああ。だが俺はもっと上を目指す! みんなと約束したからな、『大学』に行くって……!」

「ダメだわ、目的が入れ替わってる……」


 ……それから、もちろんダンジョンに潜って鍛えるのも忘れてはいない。

 最近俺が足繁く通っているのは例の『荒野のダンジョン』だ。詠羽と桃とでギルド入団試験を行ったダンジョンで、今では厄介な『ゴーレム』も楽々ソロ討伐できるようになった。慣れた様子でレーザーをかわすと、懐に潜り込んで胸元の深紅のコアを集中攻撃!


 ──見えるぞ! 私にも敵が見える! 


 これでレアドロの『青い水晶』も2個目のドロップだ。まだ使い道は決めていないが、どうもこれは火属性の装備強化素材らしいので、『鬼人のグローブ』を火属性に特化させるのもいいかもしれない。ちょうど良いことに元から『耐火スキル』もついているし。


 ……話を戻そう。

 勉強は新しい塾に通うようになってから急に難しくなった気がするが、何とか食らい付いていけている。あと……他に話題があるとすれば、塾の生徒の何人かと友達になったことだろうか。

 彼らは皆ダンジョンが現れる前は学校に通っていた『普通の学生』で、大学受験のためダンジョンに行かず勉強しているらしい。聞くと全員ダンジョンに行ったことがなく、「ダンジョン攻略? 別に出来る人がやればいいと思う」と興味が無さそうだった。


 ──嘘だろ……ダンジョン、全く興味が無いのか……? 


 寿限ムがダンジョンに結構行っていることを伝えると、「ええー、ダンジョン? 辞めといた方が良いよ。死んじゃうから」とまさかの止められる始末。遊んだり、ゲームしたり、ネットを視たり……それが彼らにとって普通の生活らしい。


「どうせダンジョンなんて、できる人がやってくれるでしょ? 戦うだけで全部が解決する訳じゃないし、それならダンジョンなんかに行かないで『普通の仕事』を目指した方が絶対良いよ。そっちの方が安全に稼げるよ? 何なら大人になってからダンジョンに行けばいいんだしさ。そりゃ一杯勉強しなきゃいけないし、競争率は高いけど……」


 そんな塾のクラスメイトの話を聞きながら、改めて寿限ムは考えさせられるのだった。


 ──普通、普通か。普通って、一体何なんだろうな……。



 ◇



「へー、アンタ、『探索者』なんだって?」


 塾の授業が終わり席を離れようとしたところで、寿限ムは女子に話しかけられたのだった。

 彼女の名前は『山本 凛』。寿限ムと同じ塾のクラスメイトで、他の塾生が黒っぽい地味目な髪色が多い中で、ただ一人キンキンの金髪に染めて目立っていた。


 ──まあ、髪色については俺も言えたことじゃないけどな……赤だし。


 しかし凜が目立っているのは髪色だけでなく、容姿も周りから飛び抜けていた。それもTVに出ている連中と並べても違和感がないぐらいなのだが、塾では周りに向かって壁を作っているようで、休み時間はいつも一人で過ごしていた。

 そんな凜は何故か寿限ムのことを気に入ったようで、寿限ムは2人で塾からの帰り道、道路を並んで歩きながら言葉を交わしていた。


「ったく、ツマンねー奴らだよな。アタシは良いと思うよ、『探索者』」


 そう言う凜は、まるで『気だるげなヤンキー』だった。

 しかし……寿限ムは辺りを見回す。周りには寿限ムたちの他にも同じ塾生が歩いていた。しかも決まって彼らは男女1人ずつのペアで、である。


「ああ、あれは……要するに『結婚ごっこ』だな。死が身近にあるから、そのせいでどいつもこいつもサカってるんだろ」

「ふーん、リンは相手はいないのか? その『結婚ごっこ』ってヤツ」

「いねーよ。いる訳ないだろ。ああいうの、バカだと思うし」


 そう言って凜は退屈そうに他のクラスメイトを見つめる。凛ほどの容姿なら彼氏の一人ぐらいすぐに見つかりそうなものだから、おそらく本気で言っているのだろう。


「なあ、それよりお前、どうして『ダンジョン』に潜ってるんだ? 教えてくれよ──」


 そして、凜がそう言い終えた、その時──


「きゃああああああ!!!!」

「逃げろ、モンスターだ!」


 街中に叫び声が響き渡る。その混乱はあっという間に街中に広がった。突如として巻き起こるモンスター騒ぎ、そして逃げ惑う人々。だが……ただ一人寿限ムだけは、逃げる群衆とは反対方向に歩みを進めたのだった。


「俺は行くから。リンは逃げててくれ」

「おい、ちょっと待ちなって!」


 凛の制止も構わず、寿限ムは駆けだす。

 ……居た。そこには牛の頭に人の身体、『亜人ミノタウロス』が得物である斧を振り回し、建物相手に大暴れしていた。

 

【エンカウンター:プレイヤーは亜人ミノタウロスLv49に遭遇しました▼】


 


 ──そして凜は、無人となった町の交差点でたった一人の目撃者となる。



 ……拳がぶつかり鈍い音を立てて、ミノタウロスの巨体が道路に横たわる。


 さっきまで同じ教室で同じように机に向かっていた人間が、身の丈倍もあろうかという化け物に立ち向かい、あろうことか圧倒してしまっている。

 その姿を見て、凜は思わず──"格好いいと思ってキュンキュンして"しまっていた。


(なんだよこれ、夢を見てるんじゃないよな……本当にアレがあの寿限ム、なのか……!? さっきまでアホっぽくて、チョット頼りないと思ってたのに……あんなもの、見ちまったら……)



 そして──寿限ムはミノタウロスを、再び凜の目の前に戻ってきたのだった。



「それで、俺がダンジョンに潜る理由だったっけ……」


 それから寿限ムは、光の粒となって消滅するミノタウロスを背に語り始める。



 ◇



 ダンジョンに潜る理由……そんなの色々あるけど、やっぱり一番は──色んな意味で、、なのかもしれない。


 最初は刻花と生きるためにダンジョンに潜った。結果、ダンジョンに潜ることで食料が手に入って、明日に繋ぐことができた。

 名古屋で目覚めてからは、自分が強くなるためにダンジョンに潜った。宿敵ライバルのオーガに勝つ為の強さが欲しかったからだ。でもそれは、巡り巡って『自分に降りかかる理不尽』に打ち勝つ為でもあったのだ。


 ……運は平等、なんて言葉は嘘つきが広めた言葉だ。実際、俺はダンジョンがなかったらここにも通えていない。

 大人になってからダンジョンに通うのは、本当に賢い選択なのか?

 ……ダンジョンに行かなきゃ『普通』すら掴めないんだ。行くしかないだろ。



 ◇



 そして寿限ムの話を聞き終えると、凜は静かに言う。


「お前……なんというか、、なんだな……」

「マジで? 嘘だろ……俺、『大人』って初めて言われたよ。メチャクチャ嬉しいな、コレ……頼むリン、もっと言ってくれ!」

「子供か」


 そして思わず吹き出してしまう凜に、寿限ムは手を振って言う。



「それじゃ、またな! ……ああ、そうだ。お前、ダンジョンに興味あるんだろ? いつか機会があったら、ダンジョンに連れてってやるよ!」



 そして寿限ムが駆けだした先には、階段があった。

 異界の入り口、ダンジョン。その階段の前に立つと、寿限ムは躊躇なく下に降っていく。

 非日常のロマンと、命懸けのスリルがそこにはある。


 ……『普通』の生き方も悪くはない。けど……やっぱり俺はこっちだな。


 ──そして寿限ムは、今日もダンジョンへと潜るのだった……。

 

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