第31話 「ギャルと和服少女」

 ◇


【西暦2025年・夏──名古屋市、某ダンジョン】



 ──洞窟の中を歩く、二人の人影……それは二人組の少女だった。


「今回ツカサが探してるのって『顔料』だっけ? 顔に塗る用? へー、ツカたんも化粧に興味持ってくれたんだ~」

「……残念だけど、『顔料』って別に化粧品の一種とかじゃないよ」

「え? でも"顔"ってついてるじゃん」

「その"顔"とは関係ないかな……。例えば、日本で『顔料』って言葉が使われ始めたのは大体江戸時代初期の頃なんだけど……」


 ……緊張感、まるでゼロ。

 それもそのはず、彼女らにとってこの状態は『昼下がりにデパートへショッピングに行くのと何ら変わらない平穏なもの』なのである。

 ダンジョンのモンスターは彼女たちの姿を見るやいなや、尻尾を巻いて逃げていく。その姿はまるで『海を渡るモーセ』のようだった。

 そしてちょうどダンジョンの深層部に差し掛かったところで、一つの宝箱を見つける。


「あ! 宝箱発っ見~!」

「おー、本当だ……でもこれ、少しないかな」


 流石のこの二人も、このサイズの宝箱は見たことがなかった。

 サイズにして一般的な宝箱の2倍……いや3倍はある。

 

「もしかして『当たり』!? 一杯アイテムが入ってたりして~」

「別に宝箱の大きさは関係ないと思うけど……」

「いえーい、早速開けてみまーす!」

 

 少女はワクワクしながら宝箱の蓋を持ち上げる。

 そこには──



「うーん……むにゃむにゃ……肉……」



 


 ◇


 ──そして、しばらくして。


 寿限ムは徐々に意識を取り戻していた。

 眠いし、もう少し寝よう……いや待て、そういえば寝ている場合じゃ──あれ?


 ──ミーンミンミン、ミーンミンミン……


 これは一体何の音だ? 知っている限りだと、セミの声に聞こえるが。まさかな……さすがの俺でも知っている。


 ボーっとした頭で、寿限ムは今自分が置かれている状況を確認する。


 自分はどうやら今、横になって仰向けの状態らしい。そして気づく。……寒くない。それどころか、少し暑くないか……?


 ──確か俺は、オーガと戦って……えーっと、それからどうなったんだっけ。


 寿限ムがゆっくりと目を開ける。視線の先には見知らぬ天井が見えた。

 え? 室内……?


「ふわぁ……ここは一体……?」

「ん、やっと目を覚ましたか」


 隣から、聞き覚えのない女の子の声が聞こえてくる。

 寿限ムは体を起こすと、辺りを見回す。畳敷きの、木造建築……そこは昭和感あふれるレトロなアパートの一室だった。


 …………。

 

 って、やたら散らかってんな! 部屋は足の踏み場もないくらいに、少女の私物であろう色々なものや、ビニールだとか空き袋などのゴミで散乱している。


「あれ、その子起きたんだ~」


 正面の扉が開き、コンビニ袋を片手にもう一人の少女が部屋に入ってくるのだった。


 ◇


 ──和服姿の少女は『山田 つかさ』。

 小柄で色白。サラサラした黒髪を、前髪が目が隠れるくらいに伸ばしている。その姿はまるで日本人形のような雰囲気だった。

 

 ──ギャルっぽい見た目の少女は『冴木さえき 戻子もどこ』。

 ふわりとウェーブがかったロングヘア。スラリと伸びた長い脚。肩出しブラウスにデニムのホットパンツをオシャレに着こなしている。


 二人はダンジョンで寿限ムを見つけると、ここまで運んできたのだという。

 それもどういう理由か知らないが、宝箱の中に入っていたらしい。


「……んで、どういう訳で宝箱の中に入ってたん?」

「んなもん、俺が聞きてーよ。というか宝箱の中って……絶対人ひとり入んないだろ。どうやって入ってたんだ? まさか折りたたまれて……」

「いや、普通に宝箱がデカくなってた」

「良かった……俺の身体でホラーが繰り広げられてなくて、本当に良かった……」

「……変なところで安心するね、君」


 ホッと胸を撫で下ろす寿限ムに、令がツッコミを入れる。


「……そんなことより、俺みたいな見ず知らずの人間を部屋に上げて良かったのか? 『男はオオカミだ』って言ってたぞ。……テレビで」

「草。自分で言うか」

「……大丈夫、私たち二人とも、君より強いから」


 そう言って、寿限ムは二人のステータス画面を見せられる。


 ──【名前:山田 令  Lv:73】。

 ──【名前:冴木 戻子 Lv:68】。


 ??????????????????!!!!!!!!!!!!


「つっっよっ! Lv……73!? 68!? 化け物かよ……」


 ……ちなみに寿限ムのLvは24、さっきまで戦っていた化け物みたいなオーガがLv53である。嘘だろ? この二人、まさかのオーガ越え……!?


「……ていうか暑くないか? 今冬だよな? 最近の地球温暖化、やば過ぎるだろ……」


 話題を変えよう。このまま受け入れるには、あまりに恐ろしすぎる現実だ。

 ──しかし現実は、それすらもさらに先回りをしていた。


「……今は夏だよ」

「は?」


 令の言葉に、寿限ムは思わず言葉を失う。

 ……今は夏? ってことは……


「……まさか、もう2024年になった?」

「2025年だよ。25年の夏」

「25!? …………。ここはどこ? 私はだあれ?」

「君のことは知らないけど、ここは名古屋だよ」

「……『名古屋』? 名古屋ってどこだよ!?」


 まるでテンポのいい漫才かと思うぐらいに、驚愕の事実が寿限ムに畳みかけられるのであった。……いや『名古屋』ってどこだよ、マジで。


「……とりあえず外見てきていいか?」


 そう言って寿限ムは、正面の扉から外に出ようとする。

 しかしそれを戻子が止めるのだった。


「あー外に出ない方がいいよー、君より強いモンスターがうようよ居るから」

「何でそんなところに住んでるんだ……」

「家賃が安いから? 仮宿だし」

 

 ……とにかくよーく分かった。自分が宝箱に入っている間に(?)、いつの間にか2年も過ぎていたってことだ。なんだよそれ……。


「しっかし、"浦島太郎状態"だぜ……」

「"寿限無"なのに?」

「やかましいわ」


 そんな妙にキレのあるツッコミを戻子から受けた後、寿限ムは二人から、この世界のことについて聞く。それら全部『マジかよ』な情報ばかりだった。


 とりあえず、世界の危機は免れたらしい。それは良かった。でも『ダンジョンに潜ってアイテムを持ち帰る職業』なんてのが出てくるなんてな……。


 そして寿限ムが宝箱に入っていた理由だが、それものちに判明。

 ステータスオープンしたところ、スキルの欄に新しいスキルが追加されていた。 


 ──スキル:【サバイバー】。


 説明欄にはこう書かれている。


『真っ先にモンスターに立ち向かった猪突猛進な君にピッタリな祝福。一度だけ死亡をキャンセルし安全な場所にリスポーンする。"大きな収穫だ……次に活かせる……"』


 ……なるほど。「????」の発動条件とは『死亡すること』だったわけか。

 確かに刻花の言っていた通り、超強いスキルとかではなかったな。……でもまあ逆に、超強いスキルじゃなかったおかげで助かったわけでもあるし。

 いや~助かったわ~。超強いスキルじゃなくて。超強いスキルだったら、もしかしたら今頃死んでたかもしれないしな! 



 ……いややっぱ、オーガを倒せるような"つよつよチートスキル"の方が良かったわ。それならオーガを倒せるから死なないしな。

 あやうく騙されるところだったわ。おのれ『サバイバー』!


「安全な場所にリスポーン……リスキル対策じゃん。親切~」

「安全な場所が宝箱だったせいで、時間が止まっていたのかもね」

「なるほど、それで2年も……」


 そしてずいぶんと長話をしたせいか、窓の外は夕焼け色に染まっていた。

 流石に夜になってからどこか宿を探すわけにもいかない。この外に、メチャクチャ強いモンスターが徘徊しているらしいしな。


「あのさ、一応聞くけど……今日一晩、泊めてって貰えるよな?」


 令と戻子の二人は、しばらく顔を見合わせていたが……


「……うーん、やっぱり狭いし出てって貰おうか☆」

「いやいや、外出たら死ぬって言ったのはそっちだろ!?」

「でも、この部屋足の踏み場がないし~」


 戻子の言う通り、この部屋には足の踏み場がないくらい散らかっている。

 寿限ムはその中の一つを掴むと、戻子に問いかける。


「……これは?」

「飲み終わったペットボトル?」

「──いーや違うね、これは『ゴミ』だ」


 そう言って寿限ムは、ゴミを生成クラフトしたゴミ袋に放り込む。

 そして次に、令に問いかける。

 

「それじゃ、これは?」

「……ポテチの袋?」

「──いーや違うね、これも『ゴミ』だ」


 再び寿限ムは、ゴミをゴミ袋に放り込む。そして言うのだった。



「今から掃除をするぞ二人とも! 俺の命の為に!!!!」

「え~」

「めんどくさい……」


 めんどくさがる二人だったが、寿限ムは有無を言わせず掃除を敢行。



 ──そしてそれから2時間が過ぎた頃、ようやく部屋が綺麗になったのだった……

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