第36話 「『鬼人のグローブ』」


 ◇


 境内では探索者たちが集まって、何やら立ち話をしていた。

 

「あれは個々人での取引、高レアアイテムとかだね。……店で買える武器は低レアしかないけど、当座をしのぐだけならこっちで十分かな」


 そして寿限ムが次に案内されたのは、神社の授与所の隣に併設された売店だった。


 お札やお守りが並んでいるその隣で、巫女さんたちが『回復薬』だとか『ボディアーマー』だとかを販売している……なんともカオスな光景だが、通り過ぎる探索者たちは皆当たり前のようにそれを利用している。

 もはや日常の一風景と化しているらしい。


「……マジか。本物の刀だ。神社がこんなもの販売していいのか……?」


 陳列されている商品を眺めながら、寿限ムが呟く。

 ──しかし、その時。


「それは難しい問題ですわね……」


 突然背後から声が聞こえてくる。

 振り向くとうんうん、と頷く巫女装束の女性が一人立っていた。


「誰? この神社の人?」

「いいえ! 私はただの『通りすがりの巫女』!」

「……通りすがりの巫女って何だよ」


 ……そんなもの、通りすがっているところ見たことないんだが。

 しかしそんな怪訝な表情を浮かべる寿限ムなどお構いなしといった様子で、その『通りすがりの巫女』はこちらに話を続けてくる。


 おい待て、「……えー、ごほん」って。メチャクチャ長話するつもりだぞコイツ。


 そしてその女は演説を始めるのだった。


「……2年前に起きた異変、巷では『ゲーム』だとか何だとかお呼びになっているらしいですけれど。そのせいで、お亡くなりになられる方々のご遺体が消滅するようになりましたわ。この世界に起きた、大きな変化。しかし、それは始まりにすぎませんでしたわ……。嗚呼! それから起こったことは皆さまご存じでしょう……『死』というものへの価値観の変化! そして信仰への不信! とは言え、これまでの常識が覆ってしまったのだから仕方ありませんわ。けれど、嗚呼、何ということでしょう! それは私たちにとっては死活問題なのでした。このままでは神社というものが立ちゆかなくなるのは時間の問題っ……!」

「……で、神社で武器とか防具を売るようになったって訳か? なるほどな。……じゃあ一つ聞くけど、駐車場に停まってる外車、もしかしてあれアンタのか?」


 …………。『通りすがりの巫女』は一瞬黙りこくる。

 オイ、コイツ図星だぞ。


「……おーほほほほ。さ、さーて、一体何のことかしら?」


 その女はそう言ってすっとぼけると、トイレへダッシュ。

 ……それから5分後。サングラスを掛けて私服に着替えると、そそくさと駐車場の外車に乗り込むのだった……。



 ──何だったんだ? アイツ……。


 その時ふと寿限ムは、足元に何かが落ちているのに気が付く。……紙? それは名刺のようだった。寿限ムは屈んでそれを拾うと、そこに書いてある文字を読む。


 ──『天岐 照子あまぎてるこ』……? あの巫女の名前か? ま、どうでもいいか。


 そして寿限ムはその紙をポイっとゴミ箱に捨てるのだった。


 ◇


 それからようやく『通りすがりの巫女』から解放された寿限ムは、神社の売店で買い物を再開。結局買ったのは『ボディーアーマー』が一つだった。


 ちなみに効果は『HP上昇<微小>・防御上昇<微小>』。ほぼあってないような効果だが、刻花も言っていたしな。『序盤、装備が揃っていないうちは為すすべなく殺される』って。こんな物でも買っておくに越したことはないだろう。


 服の下から着れるようで、寿限ムはスーツの下に『ボディーアーマー』を装着。


 ──これで支出5000円、残りのお金が5000円。


 しかしこの先足りるのか? これで……。

 『こん棒ビジネス』であれだけ稼いだとは言え、5000万円を保管していたのは刻花の方。実は寿限ムはそこからコッソリ抜いた1万円だけ持っていた。

 

 『こん棒』の方はいっぱい持ってるんだけどな……令に聞くと、今ではこん棒は10円で取引されているそうだ。

 嘘だろ……あの時は5万円で売れたんだぜ? それが10円。マジか……


 ◇


「……そう言えば、アレは何なんだ?」


 そして買い物を終えた寿限ムが、令と戻子の二人に訊ねる。

 境内の真ん中に、何やら『窯』のようなものがポツンと置いてある。あんなもの、普通神社にあったか?


「ああ、アレは素材から装備を作成できる設備だよ。『アイテム融合炉』だっけ」

「装備の作成……そんなものがあるのか! ……ちょっと寄っていいか?」


 素材といえば、オーガの討伐報酬の『オーガのなめし革』が手持ちにある。「それを使って何か作れるんじゃないか?」と思ったのだが、どうやらそれは正解だった。


 寿限ムが『アイテム融合炉』の前に立つと、『アイテム融合』の画面が表示される。どれどれ、『オーガのなめし革』で作成できる装備は……っと。

 なるほど防具が多いな。それに、幾つか暗転している。どうやら今のジョブである『格闘家ファイター』で装備可能なものだけ明るく表示されているようだ。


 その中でも一つの装備が目についた。名前は『鬼人のグローブ』だ。


 効果は『防御上昇<小>・格闘攻撃に+補正・耐刃+1・耐火+1』。他の装備が軒並み『防御上昇<中>』で防御性能が劣っている一方、『格闘攻撃に+補正』という他にはない効果が付いている。

 ざっと見たところ、『格闘攻撃に+補正』なんて効果は他の装備には付いていなかった。『鬼人のグローブ』オンリーだ。


 ……こ・れ・だ。武器を装備できない『格闘家ファイター』の攻撃ステータスを補正できる希少な装備。これは作るしかない。相当なアドだぞ。


「……あれ? 作れない。なるほど、他にも素材が必要なのか……」

「ああ、その雑魚素材なら、余ったヤツがあるから分けてあげようか?」

「マジで? いいのかツカサ!?」

「うん。ルーキーには優しくしないとね」

「そうそう、ルーキーには優しくしないと☆」

「マジか、お前らいいヤツだな……」


 まるで『カードショップで初心者に低レアの有用カードを分けてあげる熟練者』のように、令と戻子は惜しげもなく素材を寿限ムに分け与える。


 ちなみに二人によると、『オーガのなめし革』以外の素材は適当に素材がドロップするダンジョンを周回すれば手に入る程度のアイテムだったらしい。

 今回は時短ということで、寿限ムは二人から分けて貰うことにする。


 ──よし、『融合』っと。


 寿限ムが文字をタップすると、融合が始まる。どうやら作成したアイテムは直接アイテムボックスに送られるようだ。

 試しに『鬼人のグローブ』を装備してみる。


「これは……うん、凄いな」


 ……見た目はただの赤い革手袋。ただギュっと拳を握り込むと、拳の部分が異常に硬くなる。金属?と思うぐらいだ。もしこれで殴ったら……想像するだけでワクワクしてくる。


 ……いや、殴るのはモンスターだけだぞ? 一応。

 


「にしてもこれ、『アイテム何とか炉』? だっけ。……こんな便利なものがあるんだな。てっきり鍛冶屋とかで作ってもらうのかと思ってた」

「ま、これ自体相当なレアアイテムだけどねー☆ 周りのギルドが出資して置いて貰ってるらしいよー」

「へー、コレってレアなのか。……そんなもの、こんなところに置いて盗まれたりしないか?」

「それやるのは相当な命知らずだね。神社の後援ケツモチやってるギルドを複数敵に回すことになるから」

「ふーん、そっかー。怖い人が出てくるって訳かー。……やべー、壊さないように使わないと……」


 二人によると、神社で出来ることはこれで大体終わりらしい。


 ──そして寿限ムたちは、神社を後にするのだった……

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