第43話 「寿限ム VS オーガ②」

 ◇


 ──名古屋市・市民プールダンジョンの最奥、ボス部屋。


 そこは、木々が生い茂る森の中。

 隙間から差し込む木漏れ日が、湿った地面を照らしている。日差しは適度に遮られ、木々の間には冷ややかな癒しの空気が流れ込んでいた。


 一見、平和にすら見えるこの光景。

 ……しかしこの場所こそ、本日の『決戦のバトルフィールド』なのだった。


「隠密スキル……これを使うのは久しぶりかな」


 ──1人は着物姿の少女、『山田 ツカサ』。

 ──もう1人はギャル風の少女、『冴木 戻子モドコ』。

 

 2人は並んで大樹の枝に腰を下ろし、下界を見下ろす。この2人こそ今回の戦いの唯一の証人だった。


「おー」

「ジュゲムんガンバ~!」


 2人はまるで家族の運動会に来たかのような雰囲気で、お菓子をつまみつつ、ビデオカメラを構えて応援の構えだ。


 ……やがて1人の人影が木の洞を通って、ボス部屋に入場してくる。


 黒スーツに身を包み、両手に赤いグローブをはめた凛々しい顔つきの少年。

 その少年──『吉田 寿限ジュゲム』は、真っすぐにボス部屋の奥を見つめる。


 


 ──森の奥に宿敵『オーガ』が鎮座していた。


【エンカウンター:プレイヤーはオーガLv53に遭遇しました▼】

【デバフ『マーキング状態』:プレイヤーはオーガにマーキングされました▼】


 お馴染みのエンカウント判定とともに、オーガのマーキングが発動する。

 ──ギラリ。オーガの目がこちらを睨みつけていた。その眼差しはまるで『やっときたか……』と言わんばかりだ。


 寿限ムはアイテムボックスから、バズーカを2門取り出して構える。



「……宣言してやるよ。この勝負──



 開幕の狼煙を上げるが如く、寿限ムはバズーカをぶちかます。


---------------------


【プレイヤー:吉田 寿限ム Lv38】

     

     VS.


【ダンジョンボス:オーガ Lv53】


---------------------


 ──戦いが、始まった。


 ◇


 ──BOMB!

 開幕寿限ムが撃ち放ったバズーカ弾は、真っすぐオーガの元に飛行し、直撃! 

 しかし、爆風の中から現れたオーガはダメージを受けたそぶりを見せなかった。現に、削れたオーガのHPは僅かなもの。


 だが寿限ムは顔色一つ変えない。


 ……ま、流石にこれは織り込み済みだからな!

 オーガの素材から作った『鬼人のグローブ』が耐火スキルを持っているのだから、当のオーガに耐火スキルがあって当然というものだ。


「耐性上等! こっちは手数で押し切る! ──『装填リロード』!」


 そして寿限ムは、両肩に1門ずつ担いだバズーカを再度オーガに向けて発射!

 しかし激昂したオーガは物ともせず、こちらに向かって前進してくる。


 やっぱり、マジのバケモンだな。……幸い、オーガの初期位置はボス部屋の入り口からかなりの距離がある。すぐに接近される心配はない。

 そして寿限ムは、距離を取るように右に走る。その間も当然、装填リロード連打でバズーカを撃ち続けながらだ。


 ──止まったら終わりだ。とにかく足を動かせ! 足を!


 これまでずっと走りながらバズーカを打つ練習は続けてきた。有難いことにオーガは練習相手のゴブリンよりずっと的は大きい。


「……ホント、当てやすくて助かるなっ」


 ……しかし、尚も爆風を物ともせず前進するオーガ。恐ろしい威圧感だ。

 けどビビるな! 少しずつだが着実にダメージは入っている。


 徐々にオーガの姿が大きくなる。距離を縮めてきた証拠だ。オーガは4メートルの巨体、その分足が長い。……ちっ、流石に足が速いな。


 ──バキバキバキッ! オーガの拳が木をなぎ倒す。すると巨木はゆっくりと傾き、重力に引きずられるように地面へと倒れていくのだった。


 寿限ムは跳び上がり、倒れてくる木を避ける。

 この倒木は厄介だな。逃げ場を狭める。思わぬ『詰み』が生まれるかもしれない。……ここまで近づかれたら、流石に回避に専念するか。

 そして寿限ムはアイテムボックスにバズーカをしまい、森の中を全力ダッシュする。このまま全力で逃げ……るとでも思ったか!? ……残念、生憎こっちにはまだ手があるんでね!


 そして寿限ムは振り向きざまにバズーカを取り出し、スキルを発動!


「喰らえ──『サンダーボルト弾』ッ!」


 寿限ムが叫ぶとともに、ビリビリと雷を纏った弾丸がバズーカの砲身から発射される。


 ──電撃属性、スタンによる足止め効果を持つ『サンダーボルト弾』である!


 オーガは耐火スキル持ち。普通のバズーカ弾ならダメージは軽減される。

 しかし──この電気属性のスキルは普通に通る! 

 オーガの身体に『サンダーボルト弾』が命中した刹那、その巨体に一気に電流が走る。その瞬間、ビリビリビリとオーガの身体が硬直した。


「ハハッ、流石に電気属性の耐性は無かったようだな!」


 『サンダーボルト弾』は通常の装填リロードより遥かにクールタイムが長い。『砲撃手キャノニア』の必殺技のようなものだからだろう。

 その分、与えるダメージは軽減された分を抜きにしても高かった。


 だが寿限ムは、初めからこの『サンダーボルト弾』をダメージ源ではなく足止めとして使うと決めていた。

 通常のバズーカ弾が軽減されたとしても、ダメージ自体は入るのだ。それならダメージを取るより、足止め効果の方が貴重と考える。ここぞという時にだけ足止めとして使うのだ!


 ──よし! この隙に一気に距離を離すぞ! 


 ……この勝負の肝、それは間合いの取り合いだ。この戦いにおいては、頭の上に浮かんでいるHPバーは全く意味をなさない。


 ──相手との間合い、それが『俺の寿命』そのものだ!


 ◇


 そして少しして、オーガのスタンが解除される。

 ……やはり、気休め程度の時間稼ぎにしかならないか。だが、それでいい。


 寿限ムは距離を取るため全力で走り続ける。しかしオーガはさらに距離を詰める! まるで獲物をつけ狙う肉食獣のように、徐々に、徐々に獲物を追い詰めていく。マズい、このままだとオーガの間合いだ!


 ……とうとう準備してきたを使う時が来たな。


 そして寿限ムは、叫ぶのだった。



「──生成クラフト『ゴム紐』!」



 ……その瞬間、片方を遠方の木に括り付けられたゴム紐が出現する。ゴム紐は完全に伸び切った状態で、もう片方の先端は寿限ムの手の中だ!


 果たして、それが意味することは──


 寿

 その様はまるで『人間大砲』だ。恐ろしい勢いで空中に投げ出された寿限ムは、転がりながら遥か遠方の地点で着地する。


 ──視界のオーガの姿は、再び小さくなっていた。


「これで仕切り直しだ……!」


 これで大きく距離を離すことに成功した。

 ……今まで生成クラフトで紐を結ぶ練習をしてきたのも、全てこの技を実践で使えるようにするためだ。努力は実を。……『紐』だけにな!

 ……おっと、こんなこと言っている場合じゃなかったか。クールタイムはあと5分。その間、この『ゴム紐』は使えない。


 ──迷うな! 攻めろ! これが俺の『必勝パターン』だ!


 そして寿限ムは、再び遠方からの狙撃を開始するのだった。


 ◇


 ……それから寿限ムは、ひたすら2門のバズーカを打ち続けた。手数は力だ。耐火スキルを貫通し、ダメージを蓄積していく。

 オーガが再び接近し始めると、再び回避に専念。『生成クラフト』のクールタイムの5分が経過すると、またゴム紐で大ジャンプして大きく距離を稼いでいく。


 そうやって繰り返し繰り返し、着実にダメージを与えていった。


 そうして蓄積していったダメージで、寿限ムは折り返しオーガのHPを半分以下まで削ることに成功したのだった。依然寿限ムは『ノーダメージ』である。

 ……ここまでは計算通り。だが、まだ半分!


 ──そして現在寿限ムは、生成クラフトのクールタイムの時間を稼ぐために全力でダッシュ。回避に専念していた。時には木を盾にして。時には倒木を避け。クールタイムは、あともう少しだ!

 ……走れ! 走れ! 走れッ! 疲労で悲鳴を上げる足にムチ打ち、寿限ムは尚も全力疾走を続ける。その間も寿限ムは頭の中をフル回転させていた。


 最適な逃走ルートは? ……あそこだ!

 何か見落としはないか? 何か! 致命的な見落としは……!? ない!


 ──行ける! アイツに勝てる! 

 そして寿限ムは空中に表示される文字列を確認する。



「このまま行けばジュゲムんの勝ちだね☆」

「……そういうことはあまり言わない方がいいよ。『負けフラグ』になるから」


 令と戻子が、大樹の枝の上から戦いの様子を見下ろして言う。



 ……クールタイム、ゼロ! 今だ! そして寿限ムは叫ぶ。


「──生成クラフト『ゴム紐』!」



 ──しかしその瞬間、オーガはニヤリと笑みを浮かべる。オーガは既に勝利の為に動き出していた。その手に握られていたのは、『石ころ一つ』。

 寿……。



 オーガは大きく振りかぶり、勢いよく石を投擲──!

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