第42話 「決戦前夜」
◇
「……これは『もやい結び』。これは『自在結び』。これは『テグス結び』。これは『巻き結び』。──そしてこれは『亀甲縛り』!」
床に並べられた紐を眺めると一言、令がボソリと呟く。
「えっちだ……」
──古アパートの一室。部屋の床の上にズラリと並べられているのは、『様々な結び方で結ばれた紐』だった。
これまで
……しかし応用として様々な結び方を試してみたのだが、色々な結び方があって面白いな。紐を結ぶという作業は、特にサバイバルやアウトドアでよく使われることが多い。そのため用途によって様々な結び方があるのだ。
──例えばこの『もやい結び』。
元々は船を岸に繋ぎ留めておくために使われていた結び方で、頑丈で素早く結ぶことができ、なおかつすぐに解くこともできるというかなり万能な結び方だ。今ではキャンプなどでもよく用いられており、『ロープワークの王様』とも呼ばれている……らしい。参考の為に
……とそんな時、外から戻子の声が聞こえてくる。
「準備できたよー」
……おっと、もう準備できたらしい。まあ、アイテムボックスがあるしな。
そして寿限ムと令の2人がアパートの裏庭に出ると、そこには水着姿の戻子が立っていた。三角の形をしたビキニの水着である。……というか、なぜに水着姿?
「やっぱり夏と言えば『流しそうめん』だよねー☆」
そう言う戻子は、すごく楽しげだ。
息抜きに裏庭で流しそうめんをする、というのは戻子発案だった。
『……流しそうめん?』と相変わらずものを知らない寿限ムだったが、2人によれば、どうやら夏の風物詩なのだそうだ。
下り坂になったレールに、水を流す。その流れる水の中にそうめんを流す。
そして流れてくるそうめんをすくい、食べる。
戻子の隣に、かなり大掛かりな『流しそうめんのレール』が設置されていた。……というのはまあそれは良いとして。問題はその隣に置いてあるモノだ。
──レールの向こうで、怪獣が暴れている。
……何を言っているのか分からないだろうが、これはジオラマの話だ。何十分の一のサイズの模型の街で、これまた模型の怪獣が暴れまわっている姿が見える。
怪獣が街を壊している……その横に流れる、流しそうめん。……何だコレ?
「いやー、我ながらいい出来ですなー☆」
……どうやらジオラマは戻子の趣味らしい。
「さすがモドコ。夏に怪獣、風流……」
ジオラマを見た令がしみじみと呟く。そんな令に寿限ムがツッコむのだった。
「いや、風流かコレ」
「うん。怪獣が暴れ回ってると、凄く『夏』って感じしない?」
「……いや、まったく分からん」
なぜに怪獣が暴れ回ると夏を感じるんだ? ……うーむ分からん。
……なんというか、たまにこの2人のセンスに付いていけない時があるな。
「はーい、2人も水着に着替えてー☆」
そして寿限ムと令の2人は水着に着替えさせられる。
寿限ムが着たのは、『及川邸でドラム缶風呂に入ったときに貸してもらった海パン』だ。いやまさか、こんな風に役に立つとは。
そして令は、可愛らしいフリル付の水着を着ている。
──夏の日差しがサンシャイン。眩しい日差しの中、ミーンミーンとセミが鳴いている。
「流すよー」
戻子が言う。そして、そうめん投入。レールの上流からそうめんが流れてくる。
よし、アレをすくえばいいんだな? 寿限ムは箸を構えてスタンバイする。
…………来たっ!
スカッ。寿限ムの箸は無情にも空振り。下流の令がそうめんを取る。
令が美味しそうにそうめんを食べる横で、寿限ムの手元にあるのは、めんつゆと箸だけ。そして目の前に、町を破壊する怪獣。……何だコレ?
「もう一丁~!」
再び戻子がそうめんを投入する。……今度こそ! 寿限ムは箸を構える。
…………ギラッ。
スカッ。またも寿限ムの箸は空振りするのだった。
そしてそんな寿限ムを、戻子が楽しそうに指さして言う。
「ジュゲムん下手すぎ~☆」
「いや、怪獣がこっち見てんだよ! 集中できるかっ、んなもん! ……うわっ、怪獣の目が光った!」
「あはは~ジュゲムん面白~☆」
それからも寿限ムと令と戻子の3人は、楽しく流しそうめんを続けるのだった。
結局寿限ムは流しそうめんに適応できず、1人だけそうめんを流さずにそのまま食べたのだが……まあ、楽しかったので良しとしよう。
──そして、寿限ムは夜を迎える……
◇
……とうとう明日が、決戦の日だ。
──決戦前夜。暗いアパートの一室で、寿限ムは座禅を組んで瞑想していた。
隣では令と戻子がパジャマ姿で静かに寝息を立てている。『すぅ、すぅ……』と2人の寝息が聞こえる中、寿限ムはゆっくりと目を閉じ、精神を研ぎ澄ませる。
…………。
始まりは『うな丼』の具合が悪くなったことだった。
獣医を求めて東京に向かった寿限ムと刻花の2人は、たどり着いた東京でオーガと出会った。ショッピングモールでの襲撃。圧倒的な強さ。そして理不尽。
……なんとか刻花を逃がすことはできたが、自分はオーガに殺されてしまった。
全力を尽くしても勝てなかった。そして明日、自分は再びその理不尽に挑む。
──何故戦うのか。敗けたら死ぬかもしれないのに。
そして寿限ムは思い返す。……アイツとの戦いは楽しかった。
全力を出し切った。ひりつく様な戦いだった。
退屈だった人生で出会った、"
そして寿限ムは、オーガの内面に思いを馳せる。
──Lvが最大の敵にマーキングしてまで追いかける、オーガ。
……どうしてそんなことをするんだろうか?
そして一つの答えが寿限ムの頭の中に浮かんでくる。
──奴は、『強敵との戦いを望んでいる』……
思えば、取り巻きのモンスターたちは刻花ばかりを狙っていた。
それは、一騎打ちに邪魔な相手を排除するため……?
しかしそのオーガの最期は──
討伐のリザルト画面によれば、100人以上のプレイヤーに囲まれて、一方的に倒されるという末路。
…………
できる準備は全て済ませた。勝ち筋も用意した。これで負けたら俺の完敗だ。
──全ては明日。明日、決まる。
そして寿限ムは布団に横になると、ゆっくりと目を閉じるのだった……
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