第26話 「"戦わなければ生き残れない!"②」

 ◇


「あはは……先ほどは助かりました」


 ──二人がオッサンをモンスターから助け出した後のこと。


 歩道橋を降りた寿限ムと刻花の二人は、無人の東京の路上で、そのオッサンからしきりに感謝をされていた。


 ──くたくたなスーツ姿。背は低くもなく高くもなく。痩せ型で、頭髪は薄い。


 自分は"オッサン年齢鑑定士"ではないので、このオッサンがどのくらいの年齢なのかは分からないが……多分子供がいればとっくに成人しているぐらいの年齢だろう。


 うーむ……なんというか、存在感薄いオッサンだ。何というか、オーラがない。

 コイツは仕事が出来そうだとか、逆に近くにいるとアブナそうだとか……そういった雰囲気が全くないのだ。よく言えば平々凡々、悪く言えば無味無臭。


 ……彼のことは良く知らないが、間違いなく平社員だろう。断言できる。


「本当に、どうもありがとう……!」


 そう言ってオッサンはペコリと頭を下げる。


 ◇


「君たち、名前は? 私は鈴木……鈴木 いつきです」


「同僚と会社に籠城してたんだけど食糧が尽きてね……食糧を探しに外に出たところを襲われて、はぐれてしまって……」


「彼らはどうなったんだろうか……」


 街を歩いている間も、オッサンもとい"鈴木さん"は色々話してくれていた。

 ちなみに今は"避難所"へ向けて三人で同行中である。

 

 そんな彼に聞こえないように声を潜めながら、寿限ムと刻花は言葉を交わす。


「残念ながら大した情報は持ってなさそうね……」

「ま、元々"そっち情報"には期待してなかったけどな。どうせ"避難所"に着けば同じことなんだから。……それよりも、戦闘の頭数が増えたことの方がデカい。さっきもそこそこ戦えてたしな」

「……そんなに期待できるかしら」

「いや行けるって! 割とセンス有るぜ、あのオッサン」


 ◇


 ──そして、さっそくその実力を発揮する時がやってきた。


 ……目の前にはゴブリンが3匹。おあつらえ向きというヤツだな。こっちも三人、向こうも3匹。ちょうど1対1という訳だ。

 

「よし楽勝ッ! ……で、オッサンは?」


 寿限ムがこん棒を振るうと、ゴブリンが消滅。もちろん3匹の中で一番高Lvのゴブリンである。

 一方でオッサンに割り当てられたのは、Lv5のゴブリン1匹。これならこん棒があれば楽勝の相手である。


 ──うーん、流石に楽過ぎたか? 瞬殺かな……


 そして振り返り、鈴木のオッサンの方を向く。その時彼は……


「はぁ、はぁ、はぁ……ああっ! 助けてっ……!」


 ……こん棒を握ったまま、全力でゴブリンから逃げ回っていた!

 マジか……いや、なんでだよ!? ガクッと寿限ムは思わずズッコケる。


「おいおい、逃げてどーすんだ!? さっきみたいにるんだよ、そんな逃げ腰だとマジでやられちまうぞ!」


 寿限ムが檄を飛ばすが、鈴木のオッサンは情けない声を上げて逃げ回るばかり。


「私にはできないよ……!」

「いや出来るって!」


 しかし、何度声を掛けてもオッサンは戦おうとしない。このままだとらちが明かないので、仕方なく寿限ムは一振りでゴブリンを倒すのだった。


「はぁ、はぁ……ありがとう……」

「全く、感謝されてもしょうがないんだよなー」


 寿限ムは「はぁ」とため息をつく。


「ほら、全然役に立たなかったじゃない」


 ほれ見たことかと、寿限ムに続いてさっくりとゴブリンを倒し終えた刻花が言う。


「いや……絶対に俺の目は間違ってない! ……はずなんだけどなー」

「はぁ……買い被るのもいいけど、どうしてそんなに断言できるかサッパリだわ」

「へへっ、こちとら何人のチンピラをおちょくり続けてきたと思ってるんだ! その俺の目からして、さっきオッサンは下手なチンピラなんかよりずっとだったんだぜ? それがアレか……全く分かんねぇ。自信が無くなってきた……俺の目が間違ってるのか……?」


 最後は消え入りそうな声になりながら、寿限ムは頭を抱えて考え込むのだった。


 ◇


 それからも、鈴木のオッサンはモンスターと遭遇するたびに逃げ回り続ける。

 刻花はただ呆れているばかりだったが、一方で寿限ムの方はと言えば……


「ああ~もうっ!! ど・う・し・て! "あの振り"が出来るヤツが、こんなに逃げ回ってるんだよっ!」


 ……じれったい。全くもって、じれったい。

 あの踏み込みからの一連の動作。あれはかなりのセンスがなければ出来ないものだ。それを一回でやって見せたのだ。


 ──アレができるヤツが、ただの平凡なサラリーマンの訳あるかよ……!


 何回目の敵前逃亡だろうか。寿限ムはオッサンの代わりにモンスターを倒すと、逃げ回る鈴木のオッサンに向けて意を決して言うのだった。


「──アンタ、このままだと間違いなく死ぬぜ」


 ◇


「し、死ぬ……?」


 寿限ムの一言に、オッサンは見るからに動揺している。

 しかし、寿限ムは決して慰めるようなことはしない。更に続けて言う。


「……そうだ。アンタ、"避難所"にまで行けば何とかなるって思ってるんじゃないか? それは大間違いだぜ。"避難所"に居ようがどこに居ようが、この現実は変わらねー。モンスターだらけの世界もな。『』。それが出来ねーなら生きていけないぜ」

「『戦わなければ生き残れない!』ってことね!」

「……え? なにそれ」


 刻花の言っていることはよく分からなかったが、せっかくのシリアスムードが吹っ飛んでしまった事だけは分かる。せっかく俺が珍しく真面目にやってるのに……

 そして仕切り直しとばかりにひとまず寿限ムは一呼吸置くと、ババンと断言する。


「鈴木のオッサン、アンタ、こっからついて来るの禁止な!」

「え、ど、どうして!?」


 突然の別行動宣言に、オッサンは慌てて寿限ムにその理由を尋ねる。

 そして、寿限ムはキッパリと言うのだった。


「一人でいれば嫌でも強くなるだろ」

「む、無茶だよ……! 私にはできない……」

「いーや、戦えるね」


 ビシッ。寿限ムは鈴木のオッサンに指をさす。



「──そんで、親からはぐれた子供とか見つけて、助けてみたりしやがれ!」

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