第14話 「『迷い子<オーフェン>』のいたずら」

 ◇


 ──『にっぽん探索者協会』の本部ビル、"作戦室オペレーションルーム"。


 薄暗い室内には列を成すようにテーブルが配置され、日夜数百人ものオペレーションスタッフがパソコン端末に向かい、各地のダンジョンの様子を監視している。そしてその作戦室の奥……室長の部屋では、室長その人が受話器を取っていた。


「『オーフェン』、に迷い込んだ人間を一人救助したそうだな」


 室長は電話越しにそう言うと、通話先の人物の言葉に耳を傾ける。

 しばらくして、彼は安堵の声を漏らしたのだった。


「度々のご厚意に感謝する。だが……"いたずら"は程々にしておけよ?」


 ──ガチャ、ツーツー。

 室長が言い終わった瞬間、電話が切られる。そして彼はため息をつくのだった。言葉が通じるからと言って、話が通じるとは限らないのは……まあ、人間も同じか……


「はぁ……胃が痛い……」


 ──そして彼は、を服用するのだった……。

 


 ◇



 ……例えば寝ていて夢を見る時。大体はそれが夢だと気づかずに夢の中を過ごしていると思うんだけれども、たまに「あ、これは夢だな」と思うことがあるよな? 

 ちょうど今、俺はそんな感じだった。


 俺は今、教室の窓際の席に座っている。……俺は教室エアプなので、元ネタは多分、昨日読んだ学園モノの漫画だな。


 刻花が学級委員長で、令が図書委員か。戻子はフツーにギャルで、桃は……。何で……? ちなみにその逮捕した警察官は詠羽だった。

 必死に無実を主張するも、あえなく教室の外に連行される桃。かわいそう。


「今日は転校生を紹介するぞ」


 教壇の前に立ってそう言ったのは『オーガ先生』だ。低い天井に窮屈そうに腰をかがめている。果たしてその転校生は桃だった。

 お前……真面目に『お務め』を果たして帰って来たんだな……!



 …………


 ……


 …



 ──って、オーガが喋った!?




「……ム……ュゲム……ジュゲム! 早く起きなさいってば!」


 そんな刻花の声で、まどろみの世界は唐突に終わりを迎える。

 そして感じるグラグラする感覚。どうやら俺は体を揺さぶられているらしい。う、うーん……寿限ムはゆっくりとまぶたを開く。

 まず見えたのは刻花の顔だった。その向こうの高い天井は吹き抜けになっている。ビル1階のロビーだ。どうやら俺は、ロビーのソファに仰向けに横になっているようだった。

 そして寿限ムはガバッと体を起こす。


「あれ……ここ、ロビーだよな。俺、なんでこんなところに……?」

「……そんなことよりそれ、早く何とかした方がいいわよ……」


 ……妙だな。何やら刻花は目のやり場に困っている様子だ。

 寿限ムは自分の今の姿を確認する。そして『その異変』に気付くのだった。

 と目が合う。ニッコリ。……いやなんだコレ。


「ハッ……ズボンがない!? 何で下がパンイチなんだ!? ……つーかパンツも何か『ダサいパンツ』に変わってるんだが……?」


 ──そして寿限ムは刻花の方を向くと、真剣マジな顔をして訊ねる。


「まさかこれ、キリカがやったのか……?」

「や、やってないわよっ! これは『迷い子オーフェン』の仕業よ。……アンタ、ビルの奥に迷い込んだでしょう? 多分"迷宮都市"の階層のどこかに」

「ああ。エレベーターに乗ったら『ヘンな無人島』に運ばれた……」

「……そういう迷い込んだ人間をこっちに運んでくるのよ、人助けか何か知らないけど。代わりにズボンを剥いで、その『ダサいパンツ』を履かせてね……」


 そして寿限ムは思い出す。

 ──最後に『島』で見た人影、おそらくアレが『迷い子オーフェン』だったのだろう。

 三つ目の眼が額にあって、何だか『うねうねしたモノ』を体に生やしている。おそらくはモンスターであるソイツが、ここまで俺を運んできたのか……。

 ……だが一つだけ、『説明が付かない部分』がある。

 

「一つ聞いていいか? その『迷い子オーフェン』、どうして『ダサいパンツ』を履かせるんだ……?」

「知らないわよ、そんなこと」 

「ハッ……まさか、本当にキリカが……?」

「そういうのは良いから。ズボンを早く履きなさい」

「ちょっとした冗談だって。はいはい、分かりましたよっと──生成クラフト『ズボン』」


 そんなイチャイチャもほどほどに、寿限ムは生成クラフトしたズボンを急いで履き直す。

 パンツの方は……仕方ないのでそのままだ。しかし意外とダメージがあるんだな……こんな『ダサパン』を履かされるだけで……

 周りの探索者たちからクスクス笑い声が聞こえてくる。まったく、タチの悪い悪戯をする。ズボンを取るのはともかく、パンツまで履き替えさせるとか何考えてるんだ? ……子供か? 子供なのか!?



 ◇



「『悪魔』に変身? へぇ、聞いたことがないわね。……ふーん。どこにでも裏でコソコソする連中はいるものね」


 そう言って刻花は廊下を歩きながら、寿限ムの話に興味深そうに耳を傾ける。

 それから寿限ムは桃たちと合流するため、ビル内を移動しつつ、「今日はこんなことがあってさー」と刻花に色々と説明していたのだった。


 ……しかしそれにしても、刻花も何も知らないのか。刻花なら何か手掛かりでも持ってるんじゃないかと思ったんだけどなー……フッ、思ったより深いのかもな、『闇』は……!


 ……と、そんな時、寿限ムは見知らぬ新スキルの取得履歴を見つけた。


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【愉快な隣人】

<効果>

・中立モンスターからの友好度up 


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 ……なんだこれ。いつの間に? 取得時刻を確認すると、どうやら例の『島』にいた時に手に入れたらしかった。『中立モンスター』……聞いたことのない単語だ。

 中立とはつまり、『敵』でも『味方』でもないということだ。モンスターなんてのは大抵こっちを見れば襲い掛かってくるのが普通。そんな中で、中立的なモンスターなんて居たか……?

 ……いや、居たな。何ならさっき、ソイツに助けられた。


 ──『迷い子オーフェン』。他にも同じようなモンスターがいるのだろうか。

 

 ……うーむ、分からん。とりあえず、手に入れてラッキーと思うことにしよう。他に『中立モンスター』なんて心当たりないし、次に『迷い子オーフェン』と出会ったときに期待だな。


 ──そして。


「……フン、急にいなくなったと思ったら、そんなことがあったのか。しかし貴様も勿体ないことをしたな、『配信』すればネタになっただろうに」

「出たな配信モンスター。そもそもネットが繋がらなかったんだって! いつもはダンジョンの中だって繋がるのに……」


 ビルの2階、『アーティファクト鑑定所』の受付カウンターの近くにて、詠羽と桃の2人と合流したのだった。ちなみに『最後の検査』も無事終了し、何事も無く100万円は受け取れたらしい。そして寿限ムは、桃から自分の分の報酬『50万円』を受け取る。現金で1万円50枚……。


 ──マネーを手に入れたら、やることは一つしかない。


 そう、『お買い物』だ! 


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