ダンふれっ! ~デスゲームと化した世界。ダンジョンで仲間たちと送る、゛退屈しない〟日常~

桜川ろに

Stage1.引きこもりお嬢様と居候の少年▼

序幕<プロローグ>「〜及川邸のオタクな日常2025年ver.〜」

 ◇


【〜西暦2025年〜日本〜】



 ──ある日の昼頃、及川邸のリビングにて。


 瀟洒しょうしゃな洋館の一室で、がソファに座りながら、各自いつも通りまったりと時間を過ごしていたのだが。


「やっと新作のプロットが出来た……けど、肝心のタイトルが思いつかない」


 ──突如としてそう呟いたのは『山田 つかさ』だった。

 小柄な体に和服を着た、黒髪の少女である。外見からはまるで『日本人形』や『座敷わらし』のような雰囲気を漂わせる和風美少女だ。

 その浮世離れした外見に反して重度のオタクで、今回は自作漫画のタイトルに悩んでいる……ということらしい。


「ふーん、それじゃそのプロット聞かせてみー? 私らでめっちゃエモいタイトル考えてあげるからさー」


 ──ノリ良くそう言ったのは、『冴木さえき 戻子もどこ』だ。

 茶髪にロングヘア、節々にギャルっぽい見た目をしている……美容師志望のまあまあなオタクである。つかさとは普段から仲が良く、よく行動を共にしており、令の新作を最初に読むのも大体が戻子だった。


「分かった。だいたいこんな感じ……」


 それから、令はプロットを語り始めたのだった。


 ──物語の主人公は、哀れにもブラック会社に入社してしまった男(28歳)。彼は創作もののブラック社員のご多分に漏れず、人生に疲れきっていた。

 そしてある日、彼が夜道を歩いていると、女性が暴漢に襲われている場面に遭遇する。本来、彼に人助けをする正義の心なんてなかった。だが男は気まぐれでその女性を助ける。


「ほうほう」


 そしてそれから数日後。男は自分が一か月前に宝くじを買ったことを思い出す。男は期待もせず結果を確認する。結果は……なんと10億円の大当たり! あっという間に男の人生に希望があふれだした。彼の人生はバラ色だった。


「草」


 男は意気揚々と宝くじを換金しにアパートの外に出る。そしてその瞬間──男は後頭部に衝撃を受け、気を失うのだった。男が目が覚めるとそこは見知らぬ屋敷の中。……そこにいたのは先日自分が助けた女性の姿だった。その日から、男の人生は彼女に支配される監禁生活が始まった。さらに現れる、屋敷に巣食う10人のヤンデレ美少女達。彼女たちの正体は、地方の因習によって代々続くヤンデレ一族の血を引いた『ヤンデレ11姉妹』だった!


「……急にインフレし出したなーw」


 ──ヤンデレの重すぎる愛、そして勃発するヤンデレ間の戦争! 果たして男は11人のヤンデレによる『監禁』から脱出し、見事宝くじ10億円を『換金』できるのか!? ……みたいな内容。


 そこまで言い終えると、令は静かに口を閉ざす。


 ……いや面白いな! 話を聞いただけでカオスな絵面が想像できる。それに加えて令の超級の画力を併せると……うん、確実に面白い。

 なにしろ彼女の正体は、ネットでかなりの人気を誇る大人気Web漫画家『Iris』なのだ。今回の作品もきっと"バズる"に違いない。


「すげー……なんというか、今回もまた面白そうなヤツが来たな……」


 ──そう呟くのは俺、『吉田 寿限ムジュゲム』だった。

 このギルドにおける"例外"──オタクばかりが集うギルド『新世界旅団』の中にあって、オタク歴の短い若輩者、いわゆる『オタク見習い』である。

 そのせいで時々、周りが何を言っているのか分からない事もあるが……まあ、それなりに元気でやっているんじゃないか? ……多分。


 令のプロットを聞き終えて、戻子はうんうんと頷いていたのだが、


「ふむふむ、なるほど……『換金かんきん』と『監禁かんきん』で掛けてるのかー。それだったらー……『KANKIN×KANKIN』とかで良くない? 『HU〇TER×HUN〇ER』みたいな?」

「それはちょっと僕も思った! でも……肝心な作品タイトルを安易なパロディで済ませてよいのだろうか悩んでいたんだ……今回は真面目に描くつもりだし」


 ……と、『令のプロット鑑賞会』が開かれていたリビングルームに、また一人乱入者が現れる。


「見ろ! "三廻みくる嬢"の協力もあり、ついに完成だ! ──その名も『悪魔召喚陣ver2.0』!」


 ──魔法陣が描かれた一枚の紙を携えて現れたのは、『田中川 詠羽えば』だ。

 彼女は極度の廚二病であり、本人は地毛だと言い張っている銀髪も、戻子に染めてもらったものである。……ていうかまだ諦めてなかったのか、その"悪魔召喚陣"。


 以前も詠羽は召喚陣を作成していたのだが、発動した瞬間システムをハッキングしたペナルティが発生し、本当に地味~なペナルティを受けていた。


 ──そしてハッカーとして彼女に協力したのが、『月丘つきおか 三廻みくる』。このギルドのプログラム担当である。

 彼女は世界でも有数の天才的なハッカーで、電脳世界をハックするのみならず……この世界に突如として実装された『ゲームシステム』にまでハッキングするに至った、本当の超天才なのである。

 ただし一つ問題があって、彼女は極度の人見知りであり、今もリビングの入り口の陰に隠れてこちらの様子を窺っていた。普段は自分の部屋に籠っているのだが、おそらく『悪魔召喚陣ver2.0』が心配で詠羽に着いて来たのだろう。


 三廻が不安そうに見守る中で、詠羽は呪文の詠唱を始める。


「我が盟約により現れよ──大悪魔"サタン"!!!」


 そしてとうとう、『悪魔召喚陣ver2.0』を発動させやがった!



 …………


 ……


 …


 ──ブブーッ。詠羽が唱えたその時、聞き覚えのある警報音が鳴り響く。


【ハッキングペナルティ:<対象>[吉田寿限ム] <内容>スクワット×100】


「……は? なんで俺!?」

「フッフッフ! それはもちろん、ハッキング元を新人ルーキー、貴様に偽装しておいたからだ! その辺の手抜かりはないッ!」


 そう言って詠羽は、寿限ムを指さす。

 ……マジかよ。やってくれたな詠羽! ドヤ顔でいけしゃあしゃあと詠羽が言いやがるが、このペナルティ、地味にめんどくさい。


 今回は『スクワット100回』だが、このペナルティを完了させるまで、

 そして地味に姿勢にうるさい。今回の場合、きちんとした姿勢でスクワットをしないと1回と判定されないという訳だ。うわーめんどくせー……


「ごめんなさい、ごめんなさい! 詠羽がどうしてもって言うから……」


 三廻は部屋の隅で、寿限ムに向かってペコペコと謝っている。


「スクワット……?」


 ──一方で、そう呟くのは『縞田しまだ もも』だ。

 三つ編みおさげに眼鏡を掛けた、自称"乙女"である。


  ……悪い予感がする。こういう時、ろくなことにならない。

 


「私と『夜のスクワット』をしませんかっ!? もちろんベッドの上で!!!!」


 ……自称"乙女"が口を開いていう言葉か? それが。

 彼女曰く、乙女は煩悩が貯まるとこうなるらしい。……そんなわけあるかよ。


「……とんでもねーセクハラ発言だな」


 しかしこういう時の為に備えられた設備が、この屋敷にはあった。


「桃OUTー!」

「ぎゃあああ!!!! ちょっと、そんなのちょっとした冗談じゃないですかっ!」


 桃は突然現れた『風紀委員メカ』に強制退場させられる。

 これでも桃自身は以前いた学校では風紀委員だったらしいのだから、皮肉なものである。


 ◇


 ──そして、及川邸の書斎にて。


「コーヒーをお持ちしましタ、ボス」

「……ありがとう」


 ──執事人形『ジェバンニ』からコーヒーを受け取ったのは、『及川 刻花きりか』だ。

 彼女はこの及川邸の主人であり、またこのギルド『新世界旅団』のギルマスでもある。ゴシックドレスを身に纏う生粋のお嬢様であるが、……いや、よしておこう。

 兎にも角にも、2年前のモンスター騒ぎで彼女の家は刻花を残して全滅、残された屋敷は無事刻花のものとなったのである。


 一ギルドのギルマスである以上、彼女も現場に出るのみならず、事務仕事もこなさなければならない。

 そして刻花はPCを立ち上げると、今月のギルド目標を達成状況を確認する……


 ──とその瞬間、刻花は思わずコーヒーを吹き出してしまう!


「こほっ、こほっ……なにこれ、全然今月の目標ノルマが達成できていないじゃない……!」


 刻花はむせながら、目の前の数字を二度見する。

 このギルドのメンバーは全員が優秀なのだが……唯一欠点がある。


 


 ……そもそも刻花がギルマスになったのも、期限をきっちり守れるタイプの"社会性アリ"のオタクだったからである。


 刻花は団員が集まるリビングに乗り込んで宣言する。


「団員全員、今からダンジョンに出発するわよ!」


 そして『令のプロット鑑賞会』は解散、団員は散り散りにダンジョンへと向かう。

 廊下に立たされていた桃も、『反省してます』の板を首元からぶら下げながら及川邸を後にする。


「……みゃあ」


 ──そう言って鳴くのは、愛猫の『うな丼』である。

 元野良猫であったが、以前寿限ムが拾って以降、このお屋敷に住み着いている。あと可愛い。

 そして寿限ムは『うな丼』に見守られながら一人黙々とスクワットを続ける。すると、刻花がその『うな丼』を抱き上げるのだった。


「……アンタは何やってるの?」

「はぁ、はぁ……見てわからねーかな、スクワットだよ。詠羽にハッキングのペナルティを押し付けられたんだ」

「あー、そういうことね……分かったわ。ここで待っててあげるから、終わったら一緒に行きましょう?」



 …………


 ……


 …



 ──2年前と比べて、ずいぶんとこのお屋敷も賑やかになった。

 そして寿限ムは、このお屋敷に刻花と自分の2人しかいなかった『あの頃』を思い出す。

 あの頃の俺は、ずっとこの『退屈な日常』が続くと思っていた。


 ──崩れ去る退屈な日常。そしてやって来る、


 全てはあの日始まった。そう、この世界にダンジョン現れた、あの日から──




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