第4話 「アイテムボックス」
◇
そして──ゴブリンと初めて刀を交えてから、およそ30分後。
「はぁ、はぁ……あの野郎、まだ倒れやがらねー。流石は化け物ってヤツだな……クソッ、そろそろしんどくなってきた……」
100点満点どころか1しか出ないんだが、どうなってるんだ? 刀に関してはズブの素人とは言え、何十回も振り続けたことで刀を振るうのにも慣れてきたハズだ。なのにどうして、現れる数字は1から一向に変わる気配を見せない。
──結構上手くなったつもりなんだが、まだ駄目か!? まだ下手なのか!?
寿限ムの額から大粒の汗が零れ落ちる。ひんやりと冷たい11月の空気の中、寿限ムの周りだけが真夏の熱気を放っていた。
寿限ムは肩で息をしながら、ゴブリンに向かい合うと刀を構えなおす。それもこれも、全部刀が重いのが悪い。最初は別にそんなに重くないなと思っていたが、振り回し続けているうちにだんだんキツくなってきた。
「うおおおおおお!!!!!! そろそろぶっ倒れやがれえええ!!!!!!」
もう数字なんてどうでもいい。寿限ムは渾身の力を振り絞り、ゴブリンに向かって刀を振り下ろす。
脳天への直撃だった。弾かれる感覚と共に、『1』の文字がゴブリンの頭上に現れる。これまで何十回も繰り返してきた苦行である。
──そうさ、この後化け物は1秒足元をふらつかせた後、何事も無かったように手に持った『何かを殴るには(中略)の棒』を振り回してくるんだ。
寿限ムは刀を降ろし、来たるべき反撃に備えていたが……しかし今度こそゴブリンは後方へと倒れると、ドサリと動かなくなるのだった。
【リザルト:『ゴブリン討伐完了』EXP獲得(16/30)、ドロップアイテム確認▼】
「はぁ、はぁ……結局1しか出なかったけど、なんとか倒せたぞ……けど、何だったんだろあの数字……」
寿限ムは息を荒げながら、尻餅をついたように地面に腰を下ろす。
思い返せば、むしろあの数字より下の棒の方が重要だったのかもしれない。斬るたびに少し短くなった気がするし……そしてふと前を見ると、そこに倒れていたはずのゴブリンの体が忽然と姿を消していた。
──たった一つ、『何かを殴るのにちょうどいい太さと長さの棒』だけを残して。
◇
「……うわっ軽っ。もしかしてこの棒、使えそうか?」
拾い上げた『何かを殴るには(中略)の棒』をブンブンと振り回してみて、思わず寿限ムは呟く。
……軽い。まるで空気を持ち上げているみたいだ。それに、握っていて手に馴染むこの感覚。試しにコンコンと叩いてみると、かなり頑丈そうに感じる。おかしい、こんなに軽いのなら中身は絶対にスカスカでないとおかしいのに……。
そしてその後、公園の近くをブラブラとふらついていた寿限ムだったが、すぐに化け物と2度目の遭遇を果たす。今回も緑色の肌をした化け物で、今度は刀ではなく、例の『棒』を使って応戦したのだった。
そして寿限ムはすぐさま気づく。表示される数字が1でなく5や6に変化している。その結果、先ほどよりはるかに早く倒せるようになっていた。
「まさか……俺って刀より棒を使う才能があるのか!? ……でもよく考えたらヤダなそんな才能。あんまりカッコよくねーし」
さっきと同様、倒れたゴブリンの体が消えていく。
しかし全てが同じという訳ではなかった。次いで、空中に文字列が浮かび上がる。
【リザルト:『ゴブリン討伐完了』EXP獲得(32/30)▼】
【LvUP!:Congratulation! Lv1→Lv2↑▼】
【実績解除:『はじめてのLvUP』特典が付与されます。スキル『????』▼】
「……はぁ?
このLvUPなんて文字、さっきは無かったはずだ。それに一瞬「陽気な音楽」が流れてきた気がする。なんかこう『祝われている感じ』がバリバリの……
それに特典がどうこう書いてあるけど、何か貰えている訳でもないし。
流石に気味が悪くなってきた寿限ムだったが、気にしないことにした。
──自分の頭がおかしくなったか、世界がおかしくなったか。いずれにしろ絶望的だしな。気にした所で、別にどうにかなる訳でもないし。
やがてどこからか、スピーカー音声で屋内への避難する指示が聞こえてくる。
そろそろ俺も戻ることにしよう。そうだ、うな丼も連れて行かないと。公園だって別に安全な訳じゃないからな。
「……よーしいい子だ、これから俺の住んでる場所に連れて行ってやるからなー」
「みゃあ〜」
よしよし、可愛いなあ。
寿限ムは公園に戻ると、うな丼を抱えて及川邸へ帰るのだった。
◇
……さてと、遂にこの時がやってきた。
寿限ムの目の前には、ちょうど5分前に
「待ってな『うな丼』、お前の分はこの次に用意してやるからさ」
そう言って、隣でまったりとしているうな丼を優しく撫でる。
寿限ムは物置小屋に戻ってから、はやる気持ちを抑えて用意周到に準備を進めてきた。もし何でも作れる力があったら何を作る? その答えは決まり切っている。
──もちろん、美味しいものを作るに決まっているさ!
……もちろん抜かりはない。そのまま食べ物を生成したとして、食べるための食器がなければ片手落ちだ。という訳で、あらかじめ作っておいたのがこの食器だった。
ふっふっふ、やはり俺は天才だな! もし食べ物を作ってからその事に気づいていたら、せっかく作った食べ物を床の上で冷ましてしまうところだったのだから!
……食器三種、これだけでもう15分以上待たされている。
さあ、今からはお楽しみの時間だ!
「──
…………。
ステーキが現れるはずの皿の上は、空っぽのままだ。
【スキル:『
「なんでだよおおおおお!!!!!!」
◇
……それからしばらくして。
部屋の隅には、使われることなく片づけられた食器が悲しげに置かれていた。
寿限ムは布団の上に横になりながら、真っ暗な物置小屋の天井を見上げる。
「……寝れねえ」
布団に潜って眠ろうとしているのに、どうしても眼が冴えてしまってしょうがない。頭の中に浮かんでくるのは、あの化け物のことばかりだった。
……仕方ない、起きるか。そして寿限ムは布団から出ると、窓際へ向かう。
「みゅぅ……みゃあ」
小屋の奥から、うな丼の寝息が聞こえてくる。
結局うな丼には、これから物置小屋で暮らしてもらうことにした。公園よりはずっと安全だろうし、なによりうな丼は俺の数少ない友達だ。……まあ、猫だけど。
窓から外を見ると、真夜中だというのに本館はまだ電気が付いたままだった。
……ひょっとして、テレビでも見ているのか? 気になるな、あの化け物もテレビでニュースになっているんだろうか? よし、明日、街に見に行くか。
「……さあーてと、どこに弾が入ってるのかなー?」
寝ることを諦めた寿限ムは、物置小屋の明かりをつけると、昼間に生成した銃を興味津々にいじり始めるのだった。
◇
そして──翌朝。
洋館から少し離れてポツンと建つ物置小屋、その中を
一匹の猫が、少年の頬をペロペロと舐める。
寿限ムは頬にこそばゆさを感じると、ゆっくりと目を開けるのだった。クリクリとした可愛らしい眼が目の前に見える。……ああ、うな丼か。
もう片方の頬にひんやりと冷たいもの感じる。これは……床か。
「う、うーん……ふわぁ……なんだ、いつの間にか寝てたみたいだな……」
寿限ムは体を起こすと、大きく伸びをする。
昨夜はなかなか眠れなくて、ずっと生成した銃を色々いじっていたはずだが……どうやらその後眠ってしまったらしい。
「……そういえば銃はどこ行った?」
寿限ムはポケットをまさぐる。そうそう、確か銃の持ち手の部分をいじっていたら、「弾の入ったケースのようなもの」が外れたんだっけ。付けっぱなしだと危なそうだからと、外しておいたものがポケットの中に入っていた。
……で、肝心の本体は?
「おいおい、まさか失くしたってことはないだろうなー? 困るぞ俺、銃自体はまあ、別に新しいヤツを作ればいいんだけどさ……失くしたのを誰かに見つけられると、割と面倒なことになりそうなんだよなー」
まあ、モノがモノだしな。見つけたのが一般人でも警察でも黒服でも、どちらにせよ面倒なことになりそうだ。
そして寿限ムは、銃を探して物置小屋を探し回るのだったが……
「……無い、マジで無い。嘘だろ、昨夜ずっと触ってたよな俺。だったらそんな遠くに行くはずないんだが……」
……まさか、うな丼がどこかに持って行ったってことはないよな?
そして寿限ムは、うな丼の顔を覗き込む。
「……みゃあ」
うな丼は体を丸めると、気だるげに喉を鳴らす。
なるほど、どうやらうな丼の仕業でもなさそうだ。困った。
「……おーい銃よでてこーい」
寿限ムは小屋の中を物色しながら、ふと呟く。
するとどこからともなく、探しているはずの銃が目の前に現れたのだった。
「!?」
突然の出来事に、寿限ムは驚く。
ひとまず、ポトリと目の前に落ちた銃を寿限ムは拾い上げる。持ち手の部分に空洞が見える。間違いない、探していた銃だ。……けど、一体どこから現れたんだ?
「……全くわからん、とりあえず安全なところにしまっておくか」
寿限ムがそう呟くと、再び見つけたはずの銃が忽然と姿を消す。
「!?」
……消えた。どこかに飛んでいくとかそういう訳でもなく、銃はまるで煙のように姿かたちを消してしまった。
「いやいやどういう仕組みだよ!? ……って、ん?」
寿限ムは視界の右に、何かが見える。
振り向いてみると、新しい文字列が空中に浮かんでいたのだった。
【アイテムボックス:アイテムを収納しました『ハンドガン×1』▼】
「……はぁ、また知らない言葉が……『アイテムボックス』って一体何だよ? 順当にいけば、言葉の響き的に「モノを収納できる箱」的なものだろうけどさー……」
……で、その箱はどこにあるんだよ、箱は。
やがて文字列が消えると、表のようなものが空中に浮かび上がる。そこには「ハンドガン×1」と書いてあった。
はぁ、そろそろ慣れないといけないのかもしれないな。空中に文字列が浮かび上がる現実というヤツに。
「えーっと確か……俺が「出てこい」と言ったら銃が出てきて、「しまう」と言ったら銃が消えたんだよな……じゃ、試してみるか。──『銃よ出てこい』」
目の前に銃が現れ、表の「ハンドガン×1」の文字が消える。
「──『銃をしまう』」
目の前から銃が消え、表に「ハンドガン×1」の文字が追加される。
「ふーむ、なるほどね。……これ、滅茶苦茶便利じゃねーか!」
そして次に毛布で試してみたところ、収納できるのは銃以外でも大丈夫……というか大抵のものは収納することができた。とりあえず持ってるものはしまっておこう、便利だしな!
猫は……さすがに仕組みが分からないものに放り込む訳にはいかないな。
そして、それ以外にも思わぬ副産物もあった。
「……へえー、あの棒の名前は『こん棒』というのか」
寿限ムが「こん棒出てこい」とつぶやくと棒が現れ、「しまう」と呟くと消えた。
なるほど、この表には名前が表示されるから、何か分からないものでも収納すれば名前が分かるという訳だな。
……というわけで、『何かを殴るのにちょうどいい太さと長さの棒』改め『こん棒』をしまうと、寿限ム物置小屋を後にするのだった。
「──よし、さっそく出発するか!」
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