第19話 「詠羽からの挑戦状①」

 ◇


 ──そして、それから30分後。


 寿限ムは後部座席の真ん中で、刻花と桃の2人に挟まれていた。


 ……まさか刻花が令たちのギルドマスターだったとは。

 偶然にしても出来過ぎなんじゃないかと、車に揺られながら寿限ムは思う。

 どんだけあるんだ? 東京の地から遠く離れた名古屋で、アイテムボックスの中に閉じ込められていた自分が、刻花の関係者によって『開封』される確率……


 ほぼゼロじゃんこんなの。奇跡かよ。……なんて寿限ムは思っていたのだが、刻花の見解は違うらしい。


「"奇跡"なんて、意外と身近にあるものよ。例えば『地球が人類の生存に適した環境である確率』だってほぼゼロなんだから」

「……つまり刻花が『地球』で、俺が『人類』ってことか?」

「まあ、そういうことね。起きた出来事から逆算すれば、幾らでも奇跡なんて創作つくれるものよ。仮に地球が生まれなかったとしても、宇宙のどこかで人類とは違う生命体が別の奇跡を観測しているはずだわ」

「そうかなあ……俺にはどうもそういう『偶然』なんかじゃなくて、『運命』みたいに思うけどな……」

「それじゃあ吉田くんは、私と吉田くんが出会ったのは『運命』と『偶然』、どっちだと思いますか?」

「うーん。……偶然?」

「どうしてですかっ!? そこは『桃、お前と出会ったのは偶然なんかじゃない。……運命だよ(ハート)』って言うところでしょう!」

「┐(゚~゚)┌」

「それ、どういう顔ですか~っ!?」


 桃が元気にツッコむ。

 ほんの数十分前にはそんな桃も、『吉田くんとどういう関係なんですか?』と刻花に根掘り葉掘り聞いた末、『それって"幼馴染"じゃあないですか~っ! きょ、強敵過ぎる……』と落ち込んでいたのだが……復活したと思ったらこんな調子である。

 ……いや、よく考えたらいつもの桃か。


「それにしても、まさかジュゲムんときりたんが、"そういう関係"だったなんてね~☆」

「……その呼び方はやめて。私は『きりたん砲』なんて発射しないから。……あと、"そういう関係"って何か勘違いしてない? 私と寿限ムは別に、"そういう関係"じゃないわ……!」

「ッ……! ということは、私にもまだチャンスがあるということですね……! 『ずっと一緒だった幼馴染、そして突如現れた謎の美少女M! 吉田くんの心は、2人の間で揺れ動く──!』」

「──と思われたところを、ノーマークな僕が脇から掻っ攫う。そんなラブコメがあってもいい」

「最後までっ! せめて最後まで言わせてくださいっ!」


 ……と、そんなこんなで、ワイワイガヤガヤと過ごしている間に、寿限ムたちを乗せたソーラーカーは壇上町までやって来る。

 窓の向こうに見慣れた街並みが広がっていた。

 久しぶりの駅前の商店街も、雑居ビルも、町はずれの森や川や田んぼなんかも、全部以前の姿のままだ。

 しかしこのご時世に『見慣れた街並み』なんて言葉を使えるなんてな。ガレキ一つ無いし、東京よりも復興が早いんじゃないか? ココ。


 そして車は町はずれに進んでいき、鬱蒼と生い茂った森の中、『まるで推理小説の中にでも出てきそうな、森の中に佇む古めかしくも瀟洒な洋館』の姿が見えてくる。


 ギルドの拠点兼、刻花の私邸──"及川邸"である……。

 

 ◇


 ギルドの拠点として使用するにあたって、及川邸にはリフォームが施されていた。

 例えば入り口の前には、かつてこの屋敷の主であった『親父オヤジ』の銅像が立っていたのだが、そこにはギルドマスターの刻花の銅像が立っているとか……。


 そして寿限ムと桃が案内されたのはリビングルーム。

 令と戻子は『部屋が無事か見に行かないと』と急いで自分たちの部屋へ。そして刻花には電話が来て『緊急の要件? はぁ、こんな時に。……ごめんなさい、ちょっと外すわね。2人は適当にゆっくりしてて』とだけ言い残し、席を外すのだった。


 そんなこんなで、あれよあれよという間に、リビングから人がはけていく。

 ──そして広いリビングに2人きりで残された、寿限ムと桃。

 ソファに座る桃は、ガチガチに硬直していた。


「す、すごいですね……こんな広いお屋敷、私初めてで……このソファも何気に凄い高級品じゃないですか!? なんだか緊張しちゃいます……」

「『うな丼』が居ないな……悪い、俺もちょっと外すわ」

「い、行っちゃうんですか!? ま、待ってくださいっ! 私もついていきます!」


 そして慌てて着いて来た桃を従えて、寿限ムのうな丼探しが始まるのだった……。


 ◇


 それから寿限ムは、うな丼を探して屋敷の中をあちこち歩き回る。

 ……屋敷の内装も2年前から色々変わってるな。壁に掛けてあった成金趣味の絵画も、すべて外されている。

 しかし何より変わっていたのは、ことあるごとにすれ違うだった。


「誰だアレ。メイド服?」

「アレ、よく見たらロボットですよロボット! ……なんでお屋敷にロボットなんているんですか?」

「……俺に聞くなよ。言っておくけど2年前にはあんなの無かったからな」

 

 まあその代わり、黒服がいたんだけどな。黒服よりマシということで、ロボットの存在も寿限ムは華麗にスルー。

 そして2年前に使っていた『guest roomゲストルーム』へとやって来たのだった。


「ここにも『うな丼』は来てないか……」


 寿限ムはベッドに腰掛ける。変わってないな、この部屋は。

 あの時と変わらず、ベッドもびよんびよんだ。びよんびよん。


 ……そして。


「見つからねえ……一体どこにいるんだ? 『うな丼』は……」


 それから屋敷中のあちこちを探したものの、うな丼の姿は見当たらなかった。


 仕方ない。寿限ムが最後に向かったのは屋敷の4階だった。確か2年前もこの辺りには来たことがなかった。『流石にこんなところまで上がってこないだろ』と思いつつ、一応探してみることにする。


 すると何やら奥の部屋からピアノの音が聞こえてくるのだった。


「……綺麗な音ですね」

「ロボット? いや流石に違うよな。……入ってみるか」


 邪魔をしないように静かに扉を開けると、寿限ムは隙間から中を覗いてみる。

 ……広い部屋の真ん中に、大きくて黒光りするピアノが置いてあった。そしてその前に座っている、"一人の少女"。


 どうやらピアノを弾いているのは彼女らしい。

 一体誰だろう? 間違いなく、令でも戻子でも刻花でもないな。まず服が違う。

 向こうにいる少女は、『可愛らしいウサ耳のついたもふもふのパーカー』を着ていた。仮に着替えたにしても、あの3人の中にこんなファンシー?な服を着るタイプがいるとは思えない。


 ……しかしそれにしても、綺麗な旋律だ。ピアノの心得がない寿限ムでも分かる。この人、めちゃくちゃ上手い……! 

 のびのびとした透き通るような音。時には激しく、時には穏やかに。思わず寿限ムと桃は、部屋の中に上がり込んで聞き入っていた。


 そして数分後、少女の演奏が終わる。寿限ムと刻花は、自然と拍手をしていた。

 その瞬間、こちらの存在に気づいたのだろう。ビクンと少女が体を震わせたと思うと、寿限ムたちの方へ振り返る。


「──っ!」


 ……そして初めて寿限ムたちは、その少女の顔を見ることになるのだった。


 ──パーカーに隠れた銀色の髪。

 ──両目が色違いの、赤と青のオッドアイ。

 ──キリっとした雰囲気の整った顔立ちには、動揺の色が見え隠れしている。


 ……やはり、令でも戻子でも刻花でもない。そんな見ず知らずの美少女と、寿限ムと桃の2人はお互い顔を見つめ合っていたのだが。


「ハッ──私服を見られたっ!?」


 少女は慌てた様子で、何やらそんな言葉を口走る。

 ……ピアノよりも、私服の方が見られたくなかったのか……?


 そんな思考がふと頭によぎるが、しかし次の瞬間──その少女はアイテムボックスから『球状の何か』を取り出すと、床に叩きつけるのだった。


「げほ、げほ……何だコレ、煙……!?」

「これは『煙玉』です! 何なんですか!? 忍者なんですかあの人……!」


 急いで窓を開けると、煙で充満した部屋を換気する。

 そして煙が消え去った頃には、その少女の姿は消えていたのだった……。


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