第三章 境界戦線

第38話 次なる舞台、境界戦線へ


「……はあ。いよいよ鎧が校長室のソファで堂々と座っていることに違和感がなくなってきた」


 クルーシュとの三度目の対面に面倒くさそうな顔をするサージェス校長。メガネの位置を直す指の動きにも力がない。


「ため息をつくな。我を呼び出したのはそちらだろ?」


 そう言ってテーブルに一枚の手紙を置く。

 今朝、チーム42番の郵便箱に入っていた封書の中身だ。差出人は校長。


『拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げてやろう。さて、チーム42番に好条件の課題を渡すよう聖騎士団第二隊隊長から要請があった。貴様らを贔屓するなんて不愉快極まりないが、隊長様に逆らうわけにはいかない。ということで課題を提示してやる。今日の昼、特士校校舎に来い。校長室で待っている』


 ケンタウロロイスの襲撃から一週間。セリフィア隊長はクルーシュと交わした約束を果たしてくれたというわけだ。

 ちなみに王都防衛は第二隊の功績として報じられている。ホランが追い返したという事実はもちろん、その場にいたということすら誰も知らない。


 だからこそサージェスはセリフィアの意図が読めなかった。


「隊長が特定のチームを贔屓するよう要請するなんて異例だぞ。何をしたんだ? まさか先週の出来事と何か関係があるのか?」


 前のめりになってクルーシュの顔色を窺う。


「……さあ? なんのことだかわからんな」


 目を逸らしながら答えた。王都防衛の功績と引き換えにコネを手に入れたなんて口が裂けても言えない。


 黙秘を貫いていると、サージェスは諦めて背もたれに体を預ける。


「まあいい。さっさと話を済ませよう。こんなことに時間を割いている暇はないからな」


 サージェスは足元に置いていた革製のブリーフケースから課題掲示板に張られているような紙を取り出して、クルーシュに差し出す。


「これが今回紹介する課題だ」

「なになに。境界戦線補助業務。バックアップ、深夜帯の警備巡回、医療班など。機関はひと月。準備が出来次第出立。付与ポイントは……千!?」


 ランキング一位のチームハンドレッドが千ポイント台だと以前コヨハに聞いたことがある。

 ということは、この課題だけで一位に肉薄できるということ。


「なんて素晴らしい案件なんだ!」

「運のいい奴だ。チームハンドレッドが受注していたのだが、先日負傷したんだよ」

「ペクスビーでの一件だな。ターゲットの魔物に返り討ちに遭ったのだ」

「……そういえばお前たちも同時期にペクスビーで課題を受けていたな。まさかお前、チームハンドレッドを引きずり落とすために手をかけたのか?」

「そんなわけないだろ!」


 疑いの目を向けられ、全力で否定する。


「ならいいが。特士校では上位チームを襲撃するということもなくはない話だからな。つい疑ってしまった」

「とことん腐っているなぁ」

「とにかく。チームハンドレッドが辞退したことで、今回のミッションは掲示板に再掲する予定だったんだ。ちょうどそのときセリフィア隊長から要請が届いたので、仕方なくお前たちに回してやることにした」

「助かる」

「礼は隊長に言え」


 突っぱねるように言ってから、課題の説明に移る。


「課題の舞台は境界戦線。大陸の中央を南北に分断する人間界と魔界の境界にして、何百年も続く人魔戦争の火が燃え盛る場所。この大陸でもっとも危険な場所と言っていいだろう」

「そんな場所に生徒を行かせてもいいのか? 死のリスクがあるが」

「百も承知だ。実際、同じような課題を受けて死んでいった学生を何人も見てきた」

「淡々と言うじゃないか。特士校の生徒は人間界の未来を担う卵だぞ」

「だが境界戦線はこの上ない実戦経験を積める場所。生きて帰ればその分強くなることができる。我が校の方針は全体の底上げではなく一人の天才の排出。この程度で死んでしまうような生徒には端から用はないのだよ」

「それが校長の言うセリフか?」

「王直々の方針だ。俺の意思じゃない」

「シス王が?」


 温和な人柄とは正反対の方針に驚く。


「ああ。なんでも伝説の勇者スカイ様を超えるような人材を一人でも生み出すことができれば、人類は栄光をつかみ取ることができるらしい。王はそうおっしゃった」

「……白銀の鎧か」


 圧倒的な力が手に入る伝説の鎧。

 王は聖騎士団の底上げよりも、白銀の鎧を手に入れられる一人の強者を生み出すことに固執しているようだ。


(なるほど。特士校の制度が強者優遇なのもそれが原因か。エリートをかき集めた厳しい環境での競争、高難易度の課題を優先的に受けられる権利、そして教官に第一隊の隊長を充てるという優遇。すべては最強の兵士を生み出すため)


 この傾向はクルーシュにとっては悲報だった。


(シス王は人類の総合力を落としてでも伝説の鎧を頼りにした。つまり勝つか負けるかの博打に出ている。白銀の鎧が手に入れば人類が魔物を滅ぼし、手に入らなければ人類が滅ぶ。我が志向する人魔共生とは正反対の道だ)


 軌道修正しようにも、長年の一点特化型教育制度のせいで聖騎士団はすでに弱体化している。また魔王軍は過激派のガランがトップに就任し、いつ戦火が大陸中に広まってもおかしくない。


 どちらか一方が滅びる。そんな未来がもう近くまで迫っている。

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