第19話 最初の課題は小さな田舎町で


 簡素な会議室で待機していると、見知った男が入ってきた。


「……誰かと思ったら貴様か。鎧男」

「おや。サージェス校長じゃないか。校長直々に説明してくれるのか」

「貴様だと知っていたら出てこなかったよ」


 フォーマルな姿の校長はため息をついて対面に座る。


「こんな時間に課題を受けに来る非常識な生徒はおらんのでな、担当者が席を外している。だから代わりに私が来たというわけだ。落ちこぼれどもに時間を割くほど私は暇ではないので手短に済ます」

「ああ。頼む」

「お願いしまーす」


 課題の説明が始まる。


「場所は南西にあるピプロ市。その南端、未踏の地であるカーリフィア大森林に隣接する小さな町ペクスビーだ。昔は大自然を体感できる観光地として人気だったが、二代前の王がカーリフィア大森林に近づくことを禁止してな。以降、客足は途絶え、人口も減少。いつ忘れ去られても不思議じゃない過疎地域だ」

「そこに魔物が出ると」

「ああ。ペクスビーには廃墟と化した宿泊施設が多数ある。そのうちの一つに魔物が住み着いているらしい。町長から駆除してほしいという要請が来たのだ」

「それは危ないな。一刻も早く解決しないと。騎士団は動かないのか?」


 するとサージェスは鼻で笑って、


「過疎地域のために動かせるわけないだろうが。だからこうして特士校に依頼が回ってきたわけだ。まあ場所も遠いわ難易度も未知数だわ、そのくせ100Ptしかもらえないということで学生からも敬遠されているがな」


 付与されるポイントは依頼料に依存するんだよ、とコヨハが補足説明する。


「なるほど。この案件だけ残っていたのは費用対効果が悪いことが理由だったのか」

「ケチな町長のせいで誰も受けたがらない。結果町民が危険な目に遭う。自業自得というわけだ。どうする? やめるなら今のうちだが」

「いや。我々には他に選択肢がない。やらせてもらおう」

「ふん。無駄な悪あがきを。三か月で3Ptしか稼げない落ちこぼれはどんなに頑張っても中位フィニッシュがせいぜいだ。特士校は上位10チーム以外はたいして進路に影響せん。街の便利屋さんをしておいた方が楽だぞ」


 小馬鹿にする校長。しかしクルーシュは取り合わない。


「勝手に未来を決めて勝手に努力をやめる者に未来はない。我々は我々の道を進ませてもらう。では」

「それじゃあね。校長先生」


 立ち上がり、部屋を出ようとしたところで「クルーシュ教官」呼び止められる。


「一つだけ注意点だ。課題は生徒のみで完結しなければならない。教官が手を出したらその時点で失敗扱いだ。隠れて手を貸そうとしても無駄だぞ。残留魔粒子を鑑識にかけて誰が戦闘したのかチェックするからな。覚えておけ」

「注意事項の説明感謝する」


 丁寧に一礼してから部屋を出た。

 それを見届けてから、サージェスは眼鏡を外してため息をついた。


「……なぜそこまで落ちこぼれに目をかけるのだ。時間の無駄だと思わないのか? 何が貴様を駆り立てる?」


 特士校の教官は怠惰で傲慢。王宮の役人から特士校の校長に異動してからそんな教官ばかりを目にしてきた彼にとって、クルーシュの振る舞いは特異的に映った。



 ―――――――――



「というわけで、やってきたぞ、ペクスビー」


 王都発の始発の列車に揺られること半日。

 温暖な気候のピプロ市に降り立ち、さらに馬車に乗り換えて林道を数時間進んだところで、ようやくペクスビーの町に到着した。


 大陸の南西部を覆うカーリフィア大森林に隣接しているだけあって辺り一面を木々に囲まれている。フィトンチッドを乗せた穏やかな風が吹き、木々が小気味いい葉擦れ音を立てる。建物も景観を意識した木造だ。

 自然を感じるには打ってつけの場所だと思った。

 ただし自然を感じるどころか自然に還りつつあるようで。

 土の道にはところどころ草が生え、点在する家々もツタに覆われていたり蜘蛛の巣が張っていたりと、人の手入れが行き届いていないことが伺える。


 忘れられた観光地というのは本当のようだ。


「とにかく。まずは依頼主の町長に会わなければ」


 辺りを見渡すと、近くに周囲のコテージよりも大きな建物がある。町役場だろうか。行ってみよう。

 クルーシュが歩き出したところで「ちょっと待ってよぉ」と呼び止められる。

 見ると、馬車から降りた生徒たちが疲れ切った顔でへたり込んでいた。


「もうクタクタ……」

「乗り物酔いした……吐きそう……」

「先にコテージに泊ろうよぉ。荷物置きたい」

「たく。仕方ないな」


 すっかり引率の先生気分で宿泊受付と書かれた看板の建物に入る。


 受付のオジサンがクルーシュの姿を見て驚き、生徒が説明するというお決まりの流れを済ませてから、


「すまない。コテージを借りたい。一泊、四人」

「この町に泊りの客が来るなんて珍しいのぉ」

「我々は特士校の生徒と教官だ。廃墟に魔物が住み着いていると聞いて、討伐に来た」

「ああ。ようやく来てくれたのか。ありがたやありがたや。どうぞ好きなコテージを使ってください。どこも空室じゃ……あ、いや。一戸だけ埋まっておるな。東の端のコテージ以外を使ってくれ」

「感謝する」


 受付を出て、森に向かってまっすぐ伸びる坂道を進む。

 大森林の手前にある平原に小屋がいくつか建っていたので適当に選んで入所。

 がらんとした室内に寝転ぶ三人。


「疲れたぁ」

「ちょっと埃っぽいけど、ようやく休めるわね」

「動かない地面って最高だよ」

「よほど疲れたのだな」

「逆になんで鎧を着ていながらピンピンしてるのよ」


 長旅をものともしない教官にジト目を向けるホラン。


「ほんと人間離れしてるわね」

「いや、我は人間だが……え? 人間に見えないってこと?」

「なんで不安になってんのよ……」

「まあ、魔物の討伐は明日だ。今日は旅の疲れを癒すように」


 はーい、と返事する三人。


(さて。我は町長に会うとしよう)


 三人をコテージに残して再び来た道を戻るクルーシュ。


 殺気が絶えない魔界とも喧騒が絶えない王都とも違うのどかな風景に浸りながら土の道を歩いていると、前方に場違いな恰好をした三人組が目に入った。


 そのうちの一人、白い祭服に身を包んだ青年は見覚えがあった。こんな田舎町にいるはずがない人物。


「あれは……シス王?」


 人気のない田舎町に人間界の王がいた。

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