第20話 のどかな田舎町で出会ったのは人間界最強の男でした


「シス王。こんな場所で会うとは奇遇だな」


 前方を行く集団を駆け足で追いかけて声をかけた。

 次の瞬間、シス王の横を歩いていた二人の男が機敏な動きでクルーシュの首に剣を突き付けた。


 クルーシュは動かなかった。いや、動けなかった。

 制服姿の少年はそうでもない。

 しかしもう一人のほう。赤と黒のバトルコートを身にまとった男の動きが尋常ではないほど素早く、元魔王のクルーシュでも気を緩めていた状態では対応できなかった。


 この男、強い。


「何者だ? 魔物か?」


 男が鋭い眼光を向ける。完全に敵意むき出しである。

 対してクルーシュは両手を上げて無抵抗のアピール。


「……安心しろ。我は怪しい者ではない」

「なにを言う。その姿で怪しくないというのなら、この世から不審者が消滅する」

「どうしますアース教官。やっちゃいます?」


 教官、というワードに反応する。


「む? もしかしてお前たちは特士校の教官と生徒という間柄か?」


 いや、問うまでもなくそうなのだろう。

 アース教官と呼ばれた男は三十代という見た目。対してもう一人はホランたちと同じ制服を着ている。顔立ちも同世代だ。

 剣の構えや威圧感も格が違う。特にアース教官が放つオーラは魔界でもなかなかお目にかかれない強者のソレ。対してもう一人の少年は未熟さを感じさせる。

 師弟関係として納得の力量差を二人から感じ取った。


「クルーシュ……教官?」


 遅れて振り返ったシス王が驚いた顔を浮かべ、


「二人とも。大丈夫です。この方はクルーシュ教官。チーム42番の教官です」


 その言葉でようやく喉元から刃が離された。


「いや驚いたぞ。どうしてシス王がこんなところに?」

「まあ諸事情です。クルーシュ教官こそ、どうしてここに?」

「課題だ。魔物の討伐が目的」

「そうでしたが」


 シス王は和やかに笑ってから「そうだ。こちらの二人を紹介しましょう」と横を向く。


「こちらの少年がアリアーノ。特別士官学校チーム100番ハンドレッドのリーダーです」

「どーも。落ちこぼれチームの教官さん」


 チャラい見た目通りの生意気な生徒。クルーシュを小馬鹿にするニヤニヤとした視線。


「そしてこちらがアース教官。チーム100番の教官です」

「アースだ」


 端整な顔立ちだが常に硬い表情。気難しい性格なのだろうと察したクルーシュは「同僚というわけか。よろしくな、アース教官」友好の握手を求めた。

 しかしアースは険しい顔で拒否。


「いち教官のお前と一緒にするな。同格なわけがないだろうが」


 意味が分からず頭上にクエスチョンマークを浮かべるクルーシュ。


「すみませんアースさん。彼は聖騎士団のことをよく知らないのです。許してあげてください」

「王がそうおっしゃるのであれば」

「クルーシュ教官。彼は特士校の教官なのですが、もう一つ別の肩書があります。そちらが本職というべきでしょうか」

「それはどういう?」


 シス王は一呼吸おいて、


「聖騎士団第一隊強襲隊長。彼は聖騎士団最強の男です」


 それを聞いて。クルーシュは納得がいった。


(喉元に剣を当てられたとき、今まで感じたことのない悪寒を感じた。これまで我が対峙してきた誰よりも強い。そう確信を持っていたが、なるほど。第一隊の隊長なら合点がいく)


 第一隊は聖騎士団の顔ともいえる存在。その隊長というのは常にその時代の最強の男が据えられるポジション。

 魔界最強が魔王なら。人間界最強が第一隊隊長。

 魔王軍ですら誰もが知っている常識だ。


 大自然に囲まれた田舎町で最強の人間と最強の魔物が対峙したことを知るのは、クルーシュとシス王だけである。


「さあ、王よ。たかが教官如きに足止めを喰らっていては時間の無駄です。宿に戻りましょう」

「そうしましょうか。ではクルーシュ教官。我々は失礼します」


 シス王は小さく会釈をしてから、ふたりを引きつれて東にあるコテージへと去っていった。

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