第21話 戦いの前のいがみあい……最強チームは最弱チームを見下す


 約五十年前、観光客でにぎわっていたペクスビーの町はカーリフィア大森林のすぐそばに町一番のホテルを建てることにした。

 五階建て。深紅の洋館をイメージした高級感あるデザイン。中庭を囲うように並んだ客室からはペクスビーの町並みや地平線まで続く大森林を眺めることができる。

 町の象徴となる素晴らしいホテルになるはずだった。

 しかしカーリフィア大森林の観光禁止令によって観光事業は崩壊。

 客足が途絶え、ホテルやコテージは次々潰れ、労働者は離れ、住民も地元に見切りをつけて都会に脱出。

 残されたのは少数の地元住民とご立派なホテルだけ。

 こうしてペクスビーは忘れられた町となった。


 ――――――――――


「これが件のホテルか」


 翌朝。

 クルーシュは三人を引き連れて深紅の洋館の入り口前にやってきた。


「町長から立派なホテルと聞いていたが、今は見る影もないな」


 未使用のまま老朽化。壁や屋根がところどころ崩れ、ベランダから草木が伸びている。


「まさに廃墟ね」

「俺たちの拠点みてえだな」

「マスク持ってきた方が良かったかな?」

「お世辞にも綺麗な場所とは言えないな。リノを連れてこなくてよかった」


 意外とわがままな元秘書官の顔を思い浮かべるクルーシュだった。

 ちなみにリノには魔王軍の動向を注視するようにと伝えてある。何かあれば専用の通信石で知らせてくれる。これで万が一魔王軍が王都に攻め込んできてもすぐに駆け付けることができるというわけだ。


「さて、ここから先は何が起こるかわからないダンジョンだ。中に入ると呑気におしゃべりする余裕はない。出発前の最終確認をする。まずは武器や荷物。ちゃんと持っているな」


 問いかけながら生徒たちを見る。

 屋内戦に対応するために小さめの盾を腕に付けているホラン、魔導ローブを着て魔杖を両手に握るコヨハ、そして人間大の大剣を背負っているロッツ。問題なさそうだ。


「次に心の準備だ。ロッツよ。腹痛は大丈夫だな?」

「ああ。朝からトイレに籠って胃の中を出し尽くしたぜ。おかげで清々しい気分だ」

「よし。次。ホラン。ちゃんと精神統一してきたか?」

「ええ。聖なる母のお導きのもと、わたくしたちは今日という一日を無事に乗り越えられるのです。すべてを許しましょう」

「寝る前に聖書を読むよう勧めたせいでちょっとキャラがおかしくなっているが、まあよし。最後にコヨハ。攻撃魔法以外は使わないという約束事、忘れていないな?」

「うん! みんなが死にそうになっても絶対に回復魔法使わないから!」

「心構えは間違っていないが極悪ヒーラーみたいな発言だな。まあそれでパニックにならずに戦えるならよし。では行くぞ」


 いよいよ廃ホテルに足を踏み入れようとしたとき、背後から人の気配。


 振り返って、真っ先に驚きの声を上げたのはロッツ。


「うわ! チームハンドレッドじゃねえか。なんでここに?」

「そういえば言っていなかったな。彼らもペクスビーに用があるらしく、昨日からこの町にいたんだよ。何の用かまでは聞いていなかったが」

「課題だよ。か・だ・い」


 リーダーのアリアーノが見下すように言った。


「それよりてめーらこそなんでここにいるんだ? 落ちこぼれのクズどもは王都で便利屋さんをひらいていたんじゃなかったか?」

「ふん。残念だけど、わたくしたちも課題よ。このホテルに住み着いた魔物の討伐」

「へー。そりゃあいい。ちなみに俺たちはピプロ市に現れた上級魔物を追ってたんだが、どうもこの建物に逃げ込んだらしくてな。聞いたら他にも魔物が住み着いてて面倒だと思っていたが、お前たちが駆除してくれるなら楽だぜ。あ、無理か。お前たちみてーな雑魚には」


 後ろに控えているチームメイトの二人がくすくすと笑う。


「……一位だからって調子に乗んなよ」


 ロッツが舌打ちをした。


「む。チームハンドレッドは一位なのか」

「そうだよ」とコヨハ。「ハンドレッドはぶっちぎりの最強チーム。そもそも特士校は毎年新入生の中から上位三人を固めてチームを組ませて、第一隊隊長を教官に据えた最強チームを作るんだよ。そりゃあ一位になるよね」

「なんだその格差は。出来レースじゃないか」


 聖騎士団の候補生を育てる特別士官学校。その実情は高額な報酬を餌にした競争社会というだけでなく、一位のチームをあらかじめ決めるような出来レースだった。

 なぜそのような制度になっているのか。今度、校長に聞いてみようと思うクルーシュだった。


「ところで、おや? アース教官の姿がないが」


 目の前にはハンドレッドのメンバー三人。存在感のある金髪のアリアーノと、その脇に男女一人ずつ。教官がいない。


「ハッ。アース教官は課題に同行するほど過保護じゃねえよ。逆に課題に教官が同行するとかどんだけ甘ちゃんなんだよ」

「マジでそれ。超ウケるんですけど」とギャル女。

「まあそう言ってあげないでください。最弱の彼らは教官がいないと死んでしまいますから。保険をかけておかないと。おもらしする赤ん坊にオムツを履かせるように、チーム42番には過剰な防具に身を包んだ臆病な教官が必要なのです」と陰湿そうなメガネ男。

「ちょ! 言い過ぎだし! ウケるー」


 チャラチャラした見た目のアリアーノを筆頭に、ハンドレッドは実力は一位でも品性が欠けているようだ。


「おら。さっさと雑魚狩りしてこいよ。俺たちのために」


 急かされたチーム42番は、聖書効果を忘れて噴火寸前のホランをなだめて、ホテルの中に入っていった。

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