第18話 受付のおばちゃんは説明が早口になりがち


 アドバイスを出して終わるようでは上司として二流。

 一流の上司はアドバイスを出したあと、成功体験を与えるまで面倒を見るのだ。

 特別士官学校で最弱のチームにとって、最下位を脱出することが目下の成功体験になるだろう。


「で、どうすれば順位を上げることができるのだ?」


 翌朝。廊下で居合わせた寝巻き姿のコヨハに尋ねた。

 コヨハは眠気眼を擦りながら、いつも以上にふにゃふにゃした声で答える。


「課題をやればいいんだよぉ」

「便利屋のようなことをするのだろ? ホランから聞いたぞ」

「うん。魔物の討伐から要人警護、荷物運びまでいろいろあるよ。特士校の掲示板に張り出されるから、そこから好きなものを選ぶんだ」

「なるほど。ではちょっと掲示板を見てくるか」

「あ、じゃあ私が案内するよ」


 身支度を始めるコヨハ。ゆっくり朝食をとり、ボサボサの髪を整え、制服に着替え、庭の花に水をまき、部屋の掃除をし、


「それじゃあ行こっか」

「……うむ」


 マイペースなコヨハ。拠点を出たのは昼前になってからだった。






 王都の中心部にある特士校校舎に向かう道中にて。


「それにしても教官さんは目立つねー。町の人たちが『なんだあの鎧はー!』みたいな顔してるよ」


 平穏な町並みに相応しくない鎧を連れ歩くコヨハが笑いながら言った。


「こればかりはしょうがない。脱ぐことができないからな」

「興味本位で着てみたら脱げなくなっちゃったんだよね」


 当然ながらコヨハにも魔王であることは隠している。武器屋の鎧を試着したら脱げなくなったマヌケな人で通している。


「でも分かるなー。私も最近、衝動的に小さいときの服を着てみたくなったんだ。で、実際に着てみたら脱げなくなってね。頭とか胸が引っかかって。でも思い入れがあるから切って脱ぐわけにもいかないし。だからその日はへそ出しルックで過ごしたんだよ」

「何をしているんだお前は」

「だから私は教官さんと一緒。ドジっ子仲間」


 まさかドジっ子呼ばわりされるとは思わなかったが、コヨハが嬉しそうに笑うので「……そういうことにしておこう」と受け入れた。


(コヨハは俗にいう不思議ちゃんというやつか。喋り方も表情もフワフワしている。警戒心が薄いからすぐに良好な関係を築けそうだ)


 そうこうしているうちに校舎に到着。

 シンプルで意匠性のないファサード。良くも悪くも厳格な印象を与える石造りの建物だ。


 中に入ると、広い玄関のすぐ右手の壁に掲示板があった。


「これが課題掲示板だよ。いろんな場所から届いた依頼がここに張り出されるから、やりたい課題を受付のおばちゃんに申請して、受理されたらスタート。達成すれば成績ポイントが入る。そのポイントの合計が順位に反映されるよ。一位のチームなんかもう千ポイント稼いでるんだって。すごいよねえ」

「ちなみに我々の現状のポイントは?」


 純粋な気持ちから出てきた問いは、コヨハの顔から笑みを奪った。

 コヨハは無感情で掲示板の端にある順位表を指さす。

 順位とチーム番号が羅列された紙の一番下には次のように書かれていた。


 98位……28番・105Pt

 99位……89番・101Pt

 100位……42番・3Pt


「おぉ……」

「……迷子の子猫を探したんだよ。3ポイントの子猫。可愛かったなぁ」


 青い瞳はどこか遠くを見つめていた。


「聖騎士団の候補生が三か月で子猫探ししかしなかったのか」

「だってガドイル教官と相性が悪くてチームが崩壊してたんだもん」

「まあそれは同情する」


 パワハラ指導に参ってしまって課題どころじゃない三人が目に浮かぶ。


「完全に出遅れているというわけだ」

「でもクルーシュさんが来てくれたらから、もう大丈夫だよね」


 期待の眼差しを向けられたクルーシュはすぐに肯定する。


「もちろんだ。我がお前たちを立派な戦士に鍛え上げるぞ」

「うわぁ! 教官さん、頼もしいよ!」

「そのためにも課題をこなさないとな。さあ、何でもいいから選ぼう」

「うん」


 大きな掲示板に張り出された課題を二人で目を通す。


「『王城警護隊の見回り協力、王都、一週間、200Pt。魔物の駆除、エリジア市、一か月以内、250Pt。治安維持隊による窃盗団アジトへの襲撃の協力、ルブアール市、三日後、300Pt』ふむ。いろいろあるな」

「よく見て。下の方に『実行中』の印があるでしょ? もう他のチームが受けているの」

「なるほどな。そうなると残っているのは……」


 実行中のモノを除外してもう一度チェックする。


「『下着泥棒を探せ、王都、一週間、10Pt。ゴミ屋敷の掃除、王都、明日、5pt。ペットの散歩、明日から一週間、エーミーラノ市、1Pt』……ロクなものがないな」

「でしょ。こういうのは他の課題のついでに受けたり、チームが遠征するときにお留守番になった人が暇つぶしでやるんだ。メインでやるチームはないと思う」

「たしかに。こんな小さい案件ではいつまで経っても最下位脱出できないし、成長もできない。もっとポイントがあって実践的なものはないのか?」

「良い案件は争奪戦になるんだよ。朝一でなくなっちゃう」

「では我々も明日の朝に出直したほうがいいんじゃないのか?」

「残念ながら無理かな。特士校は強者優遇でね。二チーム以上が同じ案件を取ろうとしたら、ランキングの上のチームに優先権があるんだよねえ」

「なんだと! それでは争奪戦になったら我々は勝ち目がないじゃないか」

「そうなんだよ。だから誰もやらないような課題を選ばないと」

「何かないのか? 戦闘があって、それなりにポイントが稼げる課題」

「そうだねぇ……あ! これは?」


 コヨハの視線の先を追う。


『魔物の討伐、ピプロ市、一か月、100Pt』


「いいじゃないか!」


 戦闘があって、ポイントも十分。これ一つで最下位を脱出できる。

 クルーシュは意気揚々と課題の紙を取り、ホールの反対側にある受付に持っていく。


「すまんがこれを頼む」


 ウトウトしている受付のおばちゃんに差し出したところ「はいはい。課題ね……って魔物!? 魔物が出たわ! 誰か助けて!」と正しい反応。


「わわわわ我は魔物じゃないぞ! こんな陽気な魔物がいてたまるか! 実際魔王軍でも終始馴染めなかったしな!」


 墓穴。幸いにもパニックのおばちゃんとどんくさいコヨハには気づかれなかった。


「安心しておばちゃん。この人はクルーシュさん。チーム42番の教官さんだよ」

「え? あ、ああ。コヨハちゃんがそう言うなら大丈夫なのかね」


 場が落ち着いたところで受理される。そしておばちゃんのマシンガン説明が始まった。


「じゃあはい。ここに代表者の名前書いて。どっちでもいいから。それが済んだら正式受理まで待機ね。鎧のお兄さん、分かる? まだ課題があなたたちのモノと決まったわけじゃないからね。三十分待って他に受けたいチームがいなかったら正式に決まるの。……まあでも、この時間じゃあもう誰も来ないわね。今回だけは特別に省略してあげる。課題の説明は二階の会議室でやるから。そこで担当の人が来るまで待ってて。はい、すぐ行った」

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