第17話 元魔王によるメンタルクリニック


 チーム42の欠点を身をもって感じたクルーシュ。


(とりあえず指導方針は帰ってから考えるとしよう。すぐにどうにかできるレベルではないからな)


 これから大変だぞ、と苦労を予感しつつも、ネガティブな感情を悟られないように気丈に振舞う。


「よし。今日はこの辺にしとくか。腹も減ったことだしな」


 明るい声を出すが、生徒の顔は薄暮の空よりも暗い。

 せっかくまともな教官がやってきたというに、何一つアピールできなかった。このまま見捨てられてしまうのではないか。

 そんな感情が滲み出ていた。


 クルーシュは直感した。このまま帰してしまったら三人とも完全に自信を失ってしまう、と。


「……話がある。集合だ」


 急遽予定変更。トボトボとした足取りで帰ろうとする三人を呼び止める。

 うつむきながら集まった生徒たちに真剣な声で感想を述べる。


「とりあえずお前たちの実力はわかった。ひどい出来だった。このままでは最下位から抜け出すことはできないだろう」


 厳しい言葉だが、別に責めたいわけでも意地悪したいわけでもない。

 言いにくい事実をあえて最初に告げることで、これから自分は本音を語りますよ、という意思をアピールしているのだ。


 さらに首の角度が深くなった三人に対して、今度はギャップのある明るい口調で、


「だが、少し改善すれば一気に良くなるぞ」

『え?』

「これから一人ずつ改善方法をアドバイスするから、よく聞くように」


 ネガティブな情報のあとに出されるポジティブな情報は、通常よりも肯定的に受け止められやすい。その心理作用を利用して一人ずつアドバイスを送る。


「まずコヨハ」

「は、はい!」

「お前は焦ってしまうあまり、どの魔法を使えばいいかわからなくなってしまう節がある。だが、それは裏を返せば引き出しが多いということ。魔法が多彩なのは長所ではあるが、現状は足を引っ張ってしまっている。ならばひとまず一つの引き出し以外に鍵をかけてしまえばいい」

「どういうこと?」

「つまりだ。今日から一種類の魔法……そうだな、攻撃系の魔法だけを使うようにしよう。使う魔法が一種類しかなければ余計ことを考えずに済むだろ?」

「おお。言われてみれば。私、たくさんの魔法が使えることが唯一の長所だから、使う魔法を絞るなんて考えてもみなかったよ」

「長所はときに枷となる。あえて長所を捨てることで短所と向き合うことができるのだよ」

「わかった! これから攻撃魔法以外は封印する!」

「そして余裕が出てきたら一つずつ種類を増やしていけば、いずれ理想のオールラウンダーになれるだろう」


 具体的なアドバイスと将来の目指すべき場所を伝える。これだけで悩める部下のモチベーションはうなぎのぼり。

 稽古前の怯えた顔が嘘のように、コヨハの目はキラキラと輝いていた。


「さて、お次はロッツ」

「へい」

「ロッツはプレッシャーに弱く腹痛になりやすい。それがパフォーマンスに直結しているようだが、我はその根っこを見つけたぞ。お前は臆病なのだ」

「臆病?」

「ああ。意識しているのかは知らんが、我に斬りかかるとき、距離が縮まるにつれてブレーキをかけているように見えた。おそらくお前はカウンターに怯えているのだな」

「……誰だって痛いのは嫌だろうが」

「そう不貞腐れるな。責めているわけじゃない。だが現実として、相手に近づくたびに過剰な緊張感を覚えてしまい、それがストレスとなってパフォーマンスを下げている。戦闘中に腹痛になる始末。これは早急に改善しなければならない」

「じゃあ剣士をやめろってことか? 俺から剣を取ったら何も残らないけど」

「そこまでは言っていない。ただ、スタイルと噛み合っていないと思ってな」


 手数をかけるタイプのロッツはヒットアンドアウェイが基本。一回の戦闘で敵に接近する機会は何度も訪れる。


「だったらいっそスタイルを変えてみてはどうだ? ここぞというとき以外は相手に近づかなくていいようにすればいい」

「……重剣士か」

「そうだ。ひと振りで決着をつける一撃必殺タイプ。そうすれば胃をキリキリさせながら細かい攻撃を仕掛ける必要がなくなる。体格的にもできないことはないだろう」

「そんなこと、言われなくてもわかってるよ。実際、何度かスタイルチェンジを考えたこともあるしな。けど、これまでの短剣の経験値が無駄になるんじゃないかと思うと、なかなか踏み出せなくて」


 今のやり方が向いていないと分かっていながら、新しいステージに踏み出すのが怖くて先に進めない。

 こういうときに必要なのは背中を力強く押す言葉。


「どんな経験でも大なり小なり役に立つものだよ。それに、ストレスを感じながらの戦闘なんて辛いだけだ。ここは心機一転変わってみないか?」

「それで結果が出なかったら誰が責任取るんだよ」


 常套句ともいえるセリフに、クルーシュはきっぱりと答える。


「無論、ロッツ、お前だ。自分の進路の責任を取るのはいつだって自分自身。誰も代わってやることは出来ん」

「なんだよ。結果が出たら自分の手柄、結果が出なかったら知らんふり。結局あんたもガドイルと一緒か」


 睨むロッツに、優しい声で続ける。


「……だが、部下の将来を良い結果に導くのが上司の責任。結果に対する責任は取ることはできんが、過程の責任は我が負う。一人前の剣士になれるよう最大限の手ほどきするつもりだ」

「……」

「どうだ? やってみないか」


 甲冑に隠れて表情こそ見えないが、言葉の節々に込められた真摯な気持ち。

 ひねくれ者のロッツもついに折れた。


「……わかったよ。降参だ。やってみるよ」


 気休めにしかならない無責任な発言はしない。

 しかし心を込めて協力を約束する。

 クルーシュなりの信頼関係の築き方だ。


「さて、最後にホラン」

「なに? わたくしにもなにかあるの?」


 腕を組んでツンと顎を上げるホランだが、実は自分の番が待ち遠しくてソワソワしていたり。


「盾役の動きは完璧だ。だが、最後の無謀な突進はいただけないな。短気になるのはよくない」

「でも、つい衝動的に体が動いちゃうのよ。どうせ守っていても何も変わらないのなら、わたくしが何かアクションを起こさないと、と思って」

「歯がゆい展開に苛立つのは分かるぞ。しかしそれで自ら不利な状態に突っ込むのは本末転倒だ。苦しいときこそ盾役が輝く。焦れずに味方を信じるのだ」

「信じるのね」

「信じるのだ」

「…………」

「…………」

「…………アドバイス、それだけ?」

「それだけだ」

「ロッツやコヨハと比べて少ないような」

「………………………………期待の現れだ」

「なによその間は!」


 顔を真っ赤にしてクルーシュを睨みつける。


「わたくしは手の施しようがない問題児というわけ?」

「そういうところだ! 日ごろから心を落ち着かせるべし! 以上!」

「ははは。ホランちゃん、言われてるよー。もっとお淑やかにならないと」

「うちのリーダーはすぐカッカするからなぁ」

「二人とも!」


 走って拠点に逃げ帰るロッツとコヨハと、追いかけるホラン。最初の淀んだ空気が嘘のように楽しそう。


「ふっ。いい雰囲気じゃないか」


 落ちこぼれの烙印を押されたチーム42番。その立て直しの第一歩、メンタルの向上。

 出だしは上々だ。

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