第28話 人類の希望を求めて真夜中の森を駆ける


 生徒たちが就寝したのを確認してから静かにコテージを出るクルーシュ。

 街灯がなくとも月明かりが照らす草原を進み、昼に訪れた洋館が見えてきた。

 門扉の前に人影。シス王だ。


「すみません。夜遅くに呼び出してしまって」

「王がこんな場所で一人とは。不用心なものだな」

「一人ではありませんよ」


 顎をくいっと上げて後ろを見るよう促される。

 背後からアースがやってきた。

 その手には手綱が握られている。三頭の魔物だ。首の短い馬のような外見。


「その魔物は……」

「使役魔物ゴル。乗り物だ。馬よりも速く、森の中のような悪道でも問題ない。欠点は激しい動きに耐えられるだけの力量を持つ騎手しか乗りこなせないことだが、まあ貴様なら問題ないだろう。なにせ元魔王なのだからな」

「ん? なぜそれを?」


 正体を知る者はシス王と第二隊長セリフィアしかいないはず。ということは……。

 シス王を見る。


「ええ。アース隊長には私から伝えさせてもらいました。彼はもっとも信頼できる男ですので、伝えても大丈夫だと判断しました」

「ならいいが……」


 アースが王とクルーシュに一本ずつ手綱を手渡す。


「我々はこれからカーリフィア大森林の奥地に向かいます」

「そこになにかあるのか?」

「それは着いてからのお楽しみということで」


 無邪気に笑うシス王。誰にも見られていないということで素の青年らしさが垣間見える。

 対してアースは終始不機嫌。


「まったく。本来なら俺と王だけで行くはずだったのに。貴様のせいでゴルを余分に用意する羽目になった」

「そんな嫌そうに言うでない。第一隊隊長と元魔王。対等な立場じゃないか」


 フランクに接しようとしたところ「勘違いするなよ」と剣を抜かれてしまった。


「元魔王が人間界でのうのうと生活するなんて受け入れがたい。その首を今すぐ斬り捨ててやりたい気分だ」


 敵意をむき出しにするも、


「やめなさい。クルーシュ様はもう味方なのですから」

「……王の慈悲に感謝するんだな」


 王の制止を受けてあっさりと剣を鞘に戻した。


「……随分とシス王に入れ込んでいるのだな」


 誰にでも噛みつく狼のような男のくせに、王にだけは従順。もちろん聖騎士団の隊長として当たり前の振る舞いなのだが、アースの場合は別の理由があるように見えた。


「シス王が偉大な魔法使いの血を引く人間だからか?」

「それだけじゃない。ルーゴ様は特士校時代からスカイ様とチームメイトとして切磋琢磨し、魔王討伐まで時間を共にした相棒のような存在だ。俺はスカイ様に憧れているからな。その相棒の血を引くお方のためなら何でもするつもりだ」

「フッ。優秀な部下に慕われて幸せ者だな、シス王よ」

「…………」

「シス王?」


 なぜか。シス王は不機嫌な顔をした。褒められているのに。

 そのリアクションの意味を推察する前にふたりがゴルに跨った。


「行きましょうか。もたもたしていたら陽が昇ってしまいます。ついてきてください」


 森の中へと入っていった。




―――――――――



 真夜中のカーリフィア大森林。

 緑の屋根に月光が遮られた樹海は闇そのもの。


 三人は光源魔法で前方を照らしながら、猛スピードで森の奥へ奥へと進んでいく。


「いったいどこに向かっているのだ? この森になにかあるのか?」


 列車よりも速いゴル。すでに二時間は走っている。人間文明とはかけ離れた大自然に足を踏み入れていることは間違いない。


「この大森林が立ち入り禁止になっていることはご存じですか?」と並走するシス王。

「ああ。サージェス校長から聞いている。二代前の王が制定したようだな」

「表向きの理由は原生林の保護です。ですが、本当は別の目的があったのです」

「それは?」

「祖父が見つけたのです。この森に、人類の希望が眠っていることを」

「希望だと?」

「それさえ手に入ってしまえば魔王軍とも互角、いや、それ以上の戦力になる。劣勢の人類にとってまさに希望なのです」

「そんなものが人間界にあったのか。しかし実用できていないようだな」


 クルーシュが魔王に就任してから、魔王軍が人間に苦戦している情報など一度も聞いたことがなかった。


「お恥ずかしいことにその通りです。希望の存在は確認しているのですが、手に入れることができていない状況。ですので、手に入るまでは絶対に魔王軍に知られてはならないということで、誰も近づけないように立ち入り禁止にしたのです。希望の存在を知っているのは私とアースだけ」

「そんな極秘の場所に元魔王を案内してもいいのか?」

「ええ。あなたには希望を手に入れる資格があるかもしれませんから」


 王家が固執する人類の希望とはどんなものなのか。

 激しく揺れるゴルの背中の上で呑気に想像するクルーシュだった。

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