第35話 元魔王と魔王軍四天王は人間界の中心で語らう

「ま、魔王様! どうしてこんなところに?」


 突然現れた元魔王に驚きを隠せない魔王軍四天王ケンタウロロイス。ポカンと口を開けたマヌケな顔は黄褐色のひげを貯えた雄々しい顔立ちに似合わない。


「それにこの魔法は? あたりが真っ黒なのですが」

「暗黒隔絶空間。外部の干渉をシャットアウトする魔法だ。外からは内部の様子を見ることができないし音も聞こえない。完全なる二人きりの空間を創出する。ロイスよ。これでゆっくり話し合えるな」


 クルーシュはその場に座り、指で地面をトントンと叩く。


「数日とはいえ、お互い積もる話もあるだろう。腰を据えて話し合おうじゃないか」

「はあ。まあ魔王様がそうおっしゃるなら」


 指示に従い四つ足を折り曲げておとなしく座るロイス。セリフィアを圧倒した豪傑ぶりははるか彼方に消し飛んでしまった。


 元魔王と向かい合って、ロイスが最初にしたこと。


「申し訳ありませんでした!」


 上半身を四十五度曲げて最敬礼。

 クルーシュは驚いて、


「どうしたいきなり!?」

「追放の件です」


 クルーシュが魔王軍を去った原因は最高幹部会で可決された魔王追放案が原因だ。その場にロイスはいたわけで。しかも賛成に票を投じたわけで。

 本来なら口を交わすことも許されないほど宿怨の対象のはず。この場で切り伏せられてもおかしくない。


 しかしクルーシュは軽快に笑って、


「気にしておらんよ。追い出された方に問題があったのだ。ゆとりあるやり方を浸透しきれなかったのが原因だ」

「魔王様……」

「それに我はお前のことをよく知っている。勇ましい外見から勘違いされやすいが、性格はどっちつかずの優柔不断。おそらくクーデターを企てたガランに脅されたのだろ?」

「おっしゃる通りです。ガランは同じ四天王のユミレと良好な関係を築いており、またスラグランも懐柔していました。三対一の状況で反発できるほど勇敢じゃありません。従うしかなかったのです」

「ふふ。お前らしいじゃないか。それならいいのだ」


 終始フランクなクルーシュに罪悪感が増す。


「本当に申し訳ありませんでした。俺を四天王に引き上げてくれたのはほかでもなく魔王様だというのに」


 クルーシュが魔王に就任したとき、四天王の座は三つ埋まっていた。魔人族の長ガラン、サキュバス族の長ユミレ、スライム族の長スラグラン。その残り一つの空席にロイスを抜擢したのがクルーシュだった。


「先代魔王はお前のなよなよした性格を嫌って登用しなかったようだが、我はガランに次ぐ実力者でありながら力による支配を好まない平和的な性格が我の理想にぴったりだと思ったのだ」

「ありがたい限りです」

「単身で人間界を襲撃しているのもガランの指示なのだろ?」


 力なくうなずく。


「だろうな。おそらく現魔王は我の息がかかった者を排除したいらしい。我の秘書官だったリノも追い出された」

「ガランはこれから大規模な戦争を仕掛けるつもりです。そこに魔王様の平和的思想に毒された者は邪魔だと考えているのでしょう。四天王の俺すらも使い捨ての特攻槍扱いですから」

「これからどうするつもりだ? ガランの命令に従ってこのまま侵攻を進めるか? その場合、我と戦うことになるが」


 ロイスは首を横に振って、


「いや、おとなしく帰りますよ。魔王様に勝てるわけないですし」

「しかしそれでは任務失敗の責任を負わされて四天王の座を追われるのではないか?」

「それで済めばいいですけど。最悪の場合、死刑だってあり得る。アイツならやりかねない」

「ふむ……」


 かつての部下の窮地を前にして、クルーシュは提案した。


「ならば我が人間界に暮らしていることをガランに報告するがいい」

「え?」

「侵攻に失敗したとしても、情報という手土産があれば許されるかもしれん。それにロイスは我と仲がいい。利用価値があると判断されれば処分が下ることはないだろう」

「し、しかし、それは魔王様を売るような行為。四天王に引き上げていただいた恩がありながら、許されることではありません」

「構わんよ。むしろ我の存在によって人間界侵攻を躊躇うかもしれん」

「……やはり魔王様は人間界と魔界の共存を望んでいるのですね」

「そうでなければ人間界は百年前に滅んでおるよ」


 ハハハと笑ったところで会話が途切れ、話題が変わる。


「ところで魔王様はどうして人間界にいるのですか?」

「ああ。魔王軍から追放されたあと、魔王が代わったことを人間の王に報告しに行ったのだ。そしたら教官に採用されてな。兵士候補生を育てているのだよ」

「教官ですか。うらやましい。俺、前々からそういうポジションに憧れていたんですよ。生徒の成長を見守るのって楽しそうじゃないですか」

「四天王は部下を育成したりしないのか?」

「しませんよ。指揮官ですから。作戦の指示は出しても育成とは無縁です」

「だったらやってみるか?」

「はい?」

「実は生徒の一人がすぐそこにいるのだ」


 クルーシュが暗黒の外側に目を向ける。

 暗黒隔絶空間は外部から内部を覗くことはできないが、内部からなら外の様子を見ることができる。

 離れた位置で広場の中心に心配そうな目を向けているホランがいる。


「彼女と戦ってみないか?」

「俺が?」

「彼女は才能がある。経験を積めばきっと人間界屈指の盾役になれるだろう。魔王に次ぐ実力者であるお前と生死をかけた戦闘を経験すれば、大きく飛躍できると思うのだ」


 クルーシュの意図を感じ取ったロイスは「なるほど」と頷いて、


「俺は稽古のつもりで戦い、向こうは本気の勝負と思って戦うというわけですね」

「ああ。で、頃合いを見て退却してくれればいい」


 魔王軍四天王による突発稽古。

 ロイスは指導経験を積めるし、ホランはこの上ない実戦経験を積めるし、おまけに四天王を撃退したという功績も得られる。ランキング一位を目指すうえで役に立つだろう。

 全員が得する稽古というわけだ。


「わかりました。俺なりに指導してみます」

「よろしく頼むぞ。ただし、くれぐれもけがはさせないようにな」


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