第34話 聖騎士団第二隊の敗北
「魔物が出たぞ!」
「なんで王都に? 境界戦線協定どうなっているんだ!」
「知らねえよ!」
昼下がりの王都に突如として襲来した魔物。
百年間平穏を保ってきた街はパニックに陥っていた。
「くそ。間に合わなかったか」
「大混乱ね。はやく四天王を探さないと」
王都に到着したクルーシュとホランはゴルを降り、逃げ惑う人々の流れに逆行して魔王軍四天王ケンタウロロイスを探す。
中心地に近づいたところで避難誘導をしていた聖騎士団の青年に呼び止められた。
「おい! そこの女と鎧! なにをしている! 早く逃げろ!」
「お。丁度いい。魔物がどこに出たのか教えてくれ」
「城の前の噴水広場だ」
「ご苦労」
「待て! どこに行く!」
「噴水広場だが」
「行ってどうする気だ?」
「我が魔物を追い払ってやろうと思ってな」
「お前が? 止めておけ。現れたのはただの魔物じゃない。魔王軍の四天王だ。獣のような四つ足に人間の上半身を持つ怪物。普通の人間じゃあ太刀打ちできない」
「ならばどうする。王都が壊されるのを黙って見ておくのか?」
「安心しろ。聖騎士団第二隊セリフィア隊長が対応している。じきに追い返してくれるはずだ」
その表情は上司の勝利を確信していた。
「隊長のことを信用しているのだな」
「当然だ。若くして隊長の座に上り詰めたエリート。馬力に欠ける小さな体だが、魔法とサーベルを組み合わせた俊敏かつ高火力の魔剣技はあらゆる魔物を駆逐する。王都の守護女神。負けるわけがない」
「そうよそうよ。四天王だろうが敵なしよ」
「ホランまで……」
どうやらセリフィアにはファンが多いようだ。実力と美貌を考えたら納得か。
「まあいい。すでに交戦中ということだな。戦闘開始からどれくらい時間が経過した?」
「一時間経ったくらいだろうか」
「一時間か……」
急いだほうがいい。時間稼ぎにも限界がある。
「行くぞホラン」
「ええ」
「あ! お、おい!」
兵士の制止を無視して城に向かって走った。
災禍の中心。城前噴水広場。噴水を中心に赤レンガが等間隔で敷き詰められた円状の広場だ。
普段は住民の憩いの場所だが、月に一度、王による演説が行われる場所であるため、百人以上の人間が入れるように広いスペースが確保されている。
見晴らしがよく、また背の高い建物に囲まれているため音もよく響く。
だから広場に辿り着いたクルーシュが瞬時に戦況を把握するのは容易だった。
「こんなもんかよ隊長さんよぉ!」
「くっ……!」
威勢のいい声と、追い詰められた声。
赤髪の女性が逃げ回り、四つ足の魔物が追いまわしていた。美女と野獣の鬼ごっこ。
「何を考えているのか知らねえが、いつまでちょこまかと逃げ回ってんだ!」
「ハァ……ハァ……」
「動きが鈍ってんぞ! おらぁ!」
ケンタウロロイスがセリフィアの脳天に向けて大鎌を振り下ろす。
横に跳んで間一髪でかわしたが、大鎌が地面をえぐった際の衝撃と消耗して踏ん張りが利かない足のせいで体勢が崩れた。
「しまった……!」
「終わりだ!」
スキを見逃さない。前右足でセリフィアの小さな体を蹴り飛ばす。
軽々吹き飛んだ体。外周の建物に打ち付けられ、レンガ片とともに崩れ落ちる。ピクリとも動かない。意識を失った。
「そ、そんな……隊長がやられるなんて」
「どうするんだよ。こんな化け物、勝てっこねえ……」
出口の通路を固めていた隊員たちが絶望の色を浮かべる。
「さて。次はお前らが相手してくれるのか?」
「ひぃ!」
睨まれただけで戦意喪失。腰が引けている。
もう聖騎士団にケンタウロロイスを止められる者はいない。
王都防衛は失敗だ。
「このままでは王都に血の雨が降ることになるな」
一連の様子を通路から見ていたクルーシュが冷静に言った。
対照的にホランは衝撃のあまり言葉を失っていた。憧れのセリフィアの惨敗を目の当たりにして、列車での自信が嘘のように弱々しい顔で広場から目を背けることしかできない。
「ホランよ。そう悲しむな。セリフィア隊長は決して弱いわけではない。あの魔物が強すぎただけなのだ」
柔らかい髪にポンと手を置いて慰める。
「ここで待っていろ。我がなんとかする」
「……大丈夫なの? いくら教官でもアイツには勝てないんじゃ」
「安心しろ。負けるはずがない」
ケンタウロロイスは元部下。力関係は明白だ。
(むしろ懸念は我に気付いたロイスに「魔王様」と呼ばれてしまうこと。ホランやこの場にいる兵士たちに正体がバレてしまうことだけは避けたい。策を講じないとな)
クルーシュは小考して対応策を練ってから、心配するホランを残して広場に出た。
そして全速力でケンタウロロイスに接近する。
謎の気配に気付いたケンタウロロイスが振り返った。
迫りくる黒い影。
見覚えがある鎧。
まさか人間界で出会うはずのない元上司の姿に、唖然としてその名を口に出そうとした。
「え? まお――」
「暗黒隔絶空間!」
言い終えるより先に漆黒の半球体が二人を包み込んだ。
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