第33話 王の所有物だけど知り合いだから勝手に持ち出してもよいこととする


 王都の危機を把握していながら、列車の中で到着を待つことしかできない。

 もどかしさが増すばかり。


(どうすればいい? 一刻も早く王都に行く手段はないのか?)


 自然と足が小刻みに揺れる。硬質の踵が連結部の硬い床を打つたびに甲高い音が鳴る。

 教官の焦りを感じ取ったホランは、少し考えてから言った。


「……あるとすれば使役魔物ゴルに乗るとか。ゴルなら列車よりも速く移動できるわ。列車よりも速いし、レールの上じゃなくて直線的に進めるし、停車駅もないし」

「しかし肝心のゴルはどこにいるのだ?」

「知らないの? 列車には旅客輸送と貨物輸送が一緒になっているものがあるの。貨客混載かきゃくこんさいね。ワタクシたちが乗っているのもそれ。で、ワタクシ、貨物車両にゴルが乗せられているのを出発前に見たのよ」

「! ならばそれを使わせてもらおう!」

「ダメよ。人のモノを盗ったらドロボー。それにゴルは熟練者しか乗りこなせないし」

「我なら乗りこなせる」

「どこから出てくるのよその自信は……」

「……昨日の夜乗った」目を逸らしながら言った。森林での一件は伝えていない。

「夢の中で?」

「……まあ夢というか現実というか、何とも言えんが、乗れる気はする」

「歯切れが悪いわね……」


 呆れた目を向けられてしまった。


「まあ百歩譲って乗れたとして、他人のモノを勝手に持ち出していいわけがないのよ。諦めましょう」

「諦めきれん!」

「ワガママね。それなら残念な情報を追加。そのゴルは立派な装具を身に着けていたわ。おそらく王家に使役されたゴルよ。さすがに王家のモノを盗んだらただじゃすまないと思うけど?」


 脅すように言ったが、それは逆効果で。


「王家?」


 クルーシュの声が弾む。


「ならちょうどいい! 我はシス王と懇意。あとで返せば文句は言われまい」

「えぇ……」ドン引き。

「そうとなったら善は急げ。見に行こう」

「ちょっと!」


 抵抗するホランの手を引いて旅客車両の最後尾まで移動。連結されている貨物車両の入り口に立っている警備員に「我は王の知り合いだ」とごり押して、ゴルの乗っている有蓋車ゆうがいしゃに入る。

 そこには四つ足を折り曲げて座っている一頭のゴル。

 ゴルは言葉が通じないタイプの魔物。コミュニケーションはとれない。だが、同じ魔物であるクルーシュは顔を見ただけで個体の識別ができた。


(これは昨夜見た三頭のゴルのうちの一頭だ。そうか。一頭はアースが乗って境界戦線に向かい、もう一頭はシス王が乗り、そして残った一頭がこうして王都に運ばれているのだな)


 いよいよこのゴルを利用しない理由がなくなった。


「よし。我はこいつで一足先に王都に戻る」

「滅茶苦茶ね……そんなに焦らなくてもセリフィア隊長がいるから大丈夫なのに」

「確かに彼女は強い。だが魔王軍の四天王も強い。負けてしまう可能性だってあるだろ?」


 その言葉にムッとするホラン。


「そんなことはないわ。セリフィア隊長は強くて可憐な剣士。ワタクシたち女性兵士の憧れの的よ。負けるはずがない」

「なら一緒に行って確かめるか? セリフィア隊長と魔王軍四天王が闘っている場面を見ようじゃないか。我は隊長が苦戦するとみた」


 ピキッ。


「……いいじゃない。行ってやろうじゃないの。その代わり、もしセリフィア隊長が四天王を追い返したら、教官には一週間トイレ掃除をやってもらうからね」

「ふっ。いいだろう」


 短気のホランは煽るほど乗っかってくる。クルーシュは生徒の特徴を理解し始めていた。


 先に王都に帰る旨をコヨハとロッツに伝えてから、ふたりはゴルに跨った。クルーシュが前側で手綱を握り、ホランがクルーシュの体に抱き着く。


「しっかりつかまっているのだぞ」

「わかっているわ」


 列車から勢いよく飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る