第32話 四天王襲来、王都の危機
拠点に留守番していた元魔王秘書官・リノから連絡があったのは、課題を終えたチーム42番が王都に帰る列車に乗り込んだときだった。
四人席を確保したところで、生徒を残して連結部のデッキに移動して魔導通話石を耳に当てる。
「あ、繋がった。クルーシュ様! 大変です!」
「おおリノ。久しぶりだな」
「久しぶりといっても数日しか経っていませんけどね」
「どうだ? 人間界での生活を楽しんでいるか?」
「はい。ウィンドウショッピングを楽しんだり人間たちの建築物を観賞したり。人間界は穏やかでいいですよ。魔界は殺伐としていましたから。弱い私は昼間も一人で出歩けませんでした」
「我も楽しんでいるぞ。未熟だった生徒たちが成長している姿を見ると教官としてやりがいがあるというもの。魔王時代はよく悪くも指導者という立場になることはなかったからな」
「組織のトップでしたからね。他にやるべきことが山ほどありましたし」
「ま、お互い自由の身を謳歌しているということだな。それと現状報告だが、今はミッションを成功させ、これからピプロ市を出て王都に戻るところだ。あと半日で拠点に着く。その時にまた会おう」
「はい。お待ちしています」
「では」
「はい…………じゃなくて! 大変なんです! 今日中に魔王軍四天王の一人、ケンタウロロイスが単身で王都に乗り込んでくるらしいです!」
「なんだと!?」
列車中に響き渡るほどの声で驚いた。
「それは本当なのか?」
「魔王軍で働いている友人から連絡を受けました。信頼できます」
「なんということだ。いきなり四天王とは……」
魔王軍四天王。魔王に次ぐ実力者にして魔王軍最高幹部だ。
中でもケンタウロロイスは武闘派。
屈強な人間の上半身。両手に握った大鎌を振り回す。
獣のような四つ足の下半身。狙った獲物を逃がさない機動力を備えている。
たとえ単身だとしても人間界に甚大な被害を与えるだろう。
「聖騎士団は四天王を追い返すほどの戦力を王都に割けているのか?」
「どうでしょう。王都の様子は平穏で、軍服の方々も落ち着いた様子。おそらく襲来には気付いていません」
「……だろうな」
実際、聖騎士団最強のアースは王都に戻ることなく境界戦線に向かった。シス王も市長と面会する予定があるためピプロ市に残っている。王都の危機に気付いている様子はなかった。
完全に想定外の襲撃だ。
「聖騎士団の第二隊は王都の警護が仕事なので、彼らが相手をすることになると思います」
「となるとセリフィア隊長次第か」
魔王を追放されたクルーシュがアポなしでシス王に会おうとしたときに、城の前で戦った赤髪の女剣士。
「あの人間で大丈夫だと思いますか?」
セリフィアはクルーシュに全く歯が立たなかった。そのことを知っているリノは不安げ。
その不安は正しい。
実際に手合わせしたクルーシュも小さく息をついて、
「厳しいだろうな。セリフィア隊長も人間の中では実力者だが、四天王には一歩劣る。時間稼ぎはできても勝ち目はないだろう」
「そんな。それじゃあ王都は血の雨が降るってことですか?」
「我が戻れば話し合いで解決できる」
「あと半日ですよね。セリフィア隊長がどこまで粘れるかが鍵ですか」
「そうなるな。リノ、彼女に伝えるんだ。我が戻るまで時間を稼ぐように、と」
「わかりました! では、失礼します」
通話が切れたところでため息をつく。
「まさかいきなり四天王を送り込んでくるとはな。我が追放されてからまだ十日程度しか経っていないぞ。まったく。新魔王様は血の気が多い」
「リノさん、なんて?」
「うおっ!」
いつの間にかホランが横にいた。
「いつからそこに?」
「今だけど」
「ならよかった……」
洋館でシルバーデビルとの会話をコヨハに盗み聞きされた場面がフラッシュバックしたが、杞憂だったようだ。
「それより深刻そうな顔だけど……いや顔は見えないけど、なんとなく深刻そうに見えただけだけど、なにかあったの?」
「それはだな……」
答えるかどうか迷ったが、変に嘘をついても疑われてしまうので、素直に答えることに。
「……どうやら今日、魔王軍の四天王の一人が王都に攻め込んでくるらしい」
「えっ!? 大変な状況じゃないの! 聖騎士団には伝わっているの? その情報」
「ああ。第二隊隊長が対応するとのこと」
「セリフィア隊長が?」
ホランの声のトーンが上がる。
「そういえばホランは第二隊隊長に憧れているのだったな」
「ええ。セリフィア隊長なら安心ね。魔王軍の四天王だって返り討ちよ」
「……そうだといいがな」
夢見る少女を前にして非情な現実を口にできなかった。
「だが彼女一人では心配だ。助太刀したい」
「でも魔物は今日中に来るんでしょ? この列車、王都に着くのは夕方よ。間に合うの?」
「わからん。だからこそ急ぎたい」
王都の守りはセリフィアに託された状態。もし彼女が時間稼ぎに失敗したら、クルーシュが到着する前に王都が壊滅してしまう。
人間界も魔界も平和になってほしいクルーシュにとって、そのような結末は許されない。
「なにかないだろうか? 列車よりも早く王都に行く方法。例えば車掌に速度を上げるよう頼み込むとか」
「個人の頼みごとを聞くわけないでしょ」
「そうだよなあ。やはりこの鉄の塊が王都に着くのを待つのみなのか」
人間界の危機を知っていながら防げない。
のどかに流れる車窓の眺めがもどかしく感じた。
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