第31話 もう一つの鎧


「あなた、魔物だったのですね」


 審判の滝から森憑族の村に徒歩で帰る道中、リファラがクルーシュの隣に来た。


「うむ。元魔王だ」

「魔王……それならば異常な強さも納得です。ところで鎧伝説について、どれほどご存じですか?」

「さっきアース隊長が言っていたやつだな。身に着けた者を伝説に導くとか」

「言い伝えによると、実は鎧は二つ存在するという記述があります」

「二つ?」

「一つは私たちの一族が管理している白銀の鎧。そしてもう一つが、魔界に眠るとされる黒き鎧」

「黒だと?」


 驚くクルーシュに、リファラが核心をつくように尋ねる。


「もう一つの鎧とはあなたではないのですか?」


 ざわ、と風が夜の森を揺らす。


「あなたの異常な強さを考えればありえない話じゃないと思うのですが」


 疑惑に対して、クルーシュは「うーむ」と顎に手を当て、


「否定はできん。だが、肯定もできん」

「どういうことですか?」

「我が洞窟の奥底で目を覚ましたとき、すでにこの姿だった。だから伝説の鎧に魔力が宿った結果生まれたという可能性もあるし、何の関係もないただの鎧という可能性もある。誰にもわからんことだ」

「ならば私はあなたが伝説の鎧の魔物であることを望みます」

「なぜ?」

「伝説の鎧の力はあまりにも強大。使い手次第では世界を滅ぼしてしまうほどです。力は人を狂わせます。白銀の鎧が誰かの手に渡ったとき、世界が狂ってしまうのではないか。我が一族が危惧していることです。その意味で、あなたのような心優しい方に二つのうちの一つが渡っているなら安心できます」

「確かに我は平和主義。世界を力で支配しようとは思わん」

「ですが白銀の鎧が悪の人間の手に渡ったとき、その人物が世界を狂わせてしまう可能性は十分に考えられます。もしそうになったときはあなたが止めてくださいませんか?」


 手を取って懇願される。


「あなたが伝説の鎧の魔物であれば、同じく伝説の鎧を身に着けた人間とも互角に戦えるはずですから」

「……我が伝説の鎧かどうかも分からんが、善処するよ」

「よろしくお願いします。白銀の鎧を管理する者として、世界の滅亡に加担することが怖いのです」

「シス王を疑っているのか?」


 人類の希望が手に入らず重い足取りで歩くシス王の背中を見ながら言った。

 白銀の鎧の存在を知っているのはシス王とアース。そのアースも王に連れられてきただけ。

 鎧を手に入れようとしているのはシス王しかいない。


 具体的な名前を挙げられたリファラは「そういうわけでは……」と濁しながらも、


「……ですが、人は変わります。温厚なシス王でも、人間界のために力を得ようとするシス王でも、圧倒的な力を前にしたら変わってしまうかもしれません。ですので万が一に備えたい。そう思っています」

「いい心がけだ。どんなに目上の人物が相手だとしても、疑うことをやめてしまったら取り返しのつかないことになる。任せるがいい。もしシス王が力に溺れたら、我がこの手で正気を取り戻させてやる」

「ありがとうございまいます」


 鎧の魔物と鎧の管理者。

 暗中の森で密かに約束を交わした。





―――――――――――




 リノファと別れ、ゴルに乗って大森林を抜け、ペクスビーの村に戻ってきたのは陽が昇り始めたころだった。


 出発地点の洋館ホテルに着いたところで三人はゴルから降りた。朝風が草木を揺らす音に包まれている。辺りは無人だ。


「で、これからどうするのだ? 人類の希望は手に入らなかったが」


 手綱をアースに返してからシス王に問いかける。


「まだ諦めていません。アース隊長が強くなれば滝を通ることができるようになります。彼は直近百年で最高傑作ですから」

「だが悠長にしている時間はないぞ」

「魔王軍の侵攻が近いのですよね」

「気づいていたのか」

「私は死者に関する魔法の第一人者です。最近、死者の魂の数が増加傾向だということを認識しています。魔王軍の偵察部隊が人間界に紛れ込んでいるようですね」

「ご明察だ。このホテルにも偵察に来た魔物が住んでいた。もう倒したが」

「この一年が勝負です。そこでアース隊長。あなたにはこれから境界戦線に向かってもらいます」


 人間界と魔界の境界では今もなお聖騎士団と魔王軍との激しい攻防戦が繰り広げられている。だから境界戦線。

 大陸でもっとも危険な場所であり、もっとも戦闘経験を積むことができる場所だ。


「あなたほどの実力者となると普通の鍛錬では限界があります。実践を積んで強くなるしかありません。死線を超える覚悟で挑んでください」

「はい。スカイ様を超えるつもりで戦地に向かいます」

「……よろしい」


 人類の希望はアースに託された。


「さて、私たちは用が済みましたので、これで失礼します。クルーシュ様もお気をつけて」


 シス王の後に続いて立ち去ろうとしたアースを呼び止める。


「待て」

「なんだ?」

「貴様の生徒たちは負傷して王都に帰った。境界戦線に向かう前に見舞いに行くのだろうな」


 チームハンドレッドの教官に詰め寄るが、弱者に厳しい彼の答えはもちろん決まっていて。


「行くわけがない。弱者に構っている暇はない」

「……忘れたわけではあるまいな。我の生徒たちがランキング一位になったら、弱者を切り捨てるという貴様の冷酷な思考を改めてもらうと」

「ああ。そんな賭け事をしたな」


 アースは昨日のバーベキューでの会話を思い出しながら言った。


「だが俺に負けはない。不作とはいえ世代トップのハンドレッドと落ちこぼれの貴様らでは勝負にならん。才能は絶対だ。俺が最強の座から落ちることがないように、チームハンドレッドも1位から転落することはないだろう」

「言ったな。我が勝ったら貴様には傷ついた生徒に寄り添えるような教官になってもらうぞ」

「ふん。やってみろ」

「なにをしているのです? 早く行きますよ」


 王に呼ばれたアースは「ま、せいぜい頑張るんだな。元魔王の新米教官さん」と嘲笑して、王の元へと歩いていった。

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