第36話 死闘(稽古)

 広場の中心を覆っていた闇が晴れると同時に、クルーシュとロイスは互いに距離を取り合うように後方に跳躍した。


「くっ。なかなかやるではないか」

「お前こそやるじゃねえか」


 肩で息をして、さも闇の中で互角の激戦を繰り広げていたかのような振る舞い。

 もちろん演技。闇の中で仲良く談笑していたと知られたらクルーシュの正体が魔王だとバレてしまう可能性がある。公衆の面前では敵対関係を装わなければならない。


「教官! 大丈夫?」


 広場中に行きわたる澄んだ声で呼びかけられたクルーシュは足を抑えてうずくまる。


「くそ。やられてしまった。すねを執拗に攻められたせいで足がしびれて立ち上がれないぞ」

「脛を? 鎧越しに?」

「フハハハハハ。大鎌の柄の部分で脛を執拗に突っついてやったわ」

「なんて卑怯な四天王なの!」

「ホラン! 我はしばらく戦えそうにない。代わりに戦ってくれないか?」

「ワタクシが?」

「フハハハハハ。どうする小娘よ。貴様が助けに入らないようなら、この男の脛をもっと痛めつけるぞ」

「なぜ脛ばかり狙うの?」


 疑問はともかく、ホランは迷った。教官を助けなければならない。しかし憧れのセリフィア隊長ですら勝てなかった魔物と対峙する勇気がない。鋼鉄の盾を構えるが前に踏み出せない。

 しかし迷っている間も「ほらほら。どうするんだ小娘ぇ。教官が苦しむ一方だぞ」大鎌でクルーシュの脛をカンカンと突いて「ぐああああ」と悲鳴をあげる教官。


 クルーシュの悲鳴が棒読みなのが気になるが、助けに入らなければ教官の命が危ないかもしれない。


(やるしかないのよね……!)


 覚悟を決める。

 盾を前に構え「とりゃああああ!」広場に突入。勢いよくケンタウロロイスに突進した。


「甘いわぁ!」

「痛っ!」


 ぶつかる直前で受け流したロイス。通り過ぎざまにホランの脛を大鎌の柄で軽く叩く。

 スカートにも守られていないので露出している脛を直接叩かれると結構痛い。「イタタ……」顔を歪めて脛をさする。


「小娘ぇ! 見え見えの突進は簡単に避けられてしまうぞぉ! 直前で停止して相手の出方を窺った方が良いぃ!」

「え、なんでアドバイスを?」

「情けだぁ」

「そんな情けは不要よ!」


 再び盾を前に構えて突進。

 ただし今回は工夫を加えている。左手で盾を持ち、右手に片手剣。全身が大きな盾の後ろに収まるように体を縮こまらせ、接近したところで盾を横にずらして剣を突き出す作戦だ。直前までホランの動きが見えないので、至近距離からの不意打ちが可能。

 しかしこれもロイスには看破されていた。


「甘い甘い!」


 ロイスまで一足分に迫ったところで盾をずらして剣を突き出そうとした瞬間、鋭い手刀が右腕を襲った。握っていた短剣が地面に落ちる。


「ダメダメぇ! 盾で全身を隠していたつもりだろうが、右ひじが盾の外側に出ていたぞ。貴様が腰に短剣を差していたことは視認していたからな。剣を抜いた仕草だというのは明白だった。不意打ちは容易に予測できる。せっかく大きな盾で体を隠しているのだから、動きを悟られないように小さな動きを心掛けるべきだ」


 アドバイスを与えながら無防備になったホランに脛攻撃。


「痛ッ! なんで脛ばっかりなのよ! それになんでいちいちアドバイスするのよ!」


 しゃがみこんで涙目のホランが意味不明の状況を嘆く。

 二メートルを超える半人半獣の魔物。相対するだけで冷や汗が止まらないというのに、なぜか脛しか攻撃されないしアドバイスされるし、ホランの心理状態はめちゃくちゃだ。


 一方でロイスは満足していた。


(これが稽古というやつか。楽しいぞ! 悪い部分を指摘して訂正させる。すると次にはそのアドバイスを生かした動きをしてくれる。一秒ごとに成長を実感できる。他人の成長に寄与することがこんなに喜ばしいこととは思わなかった。今度魔界に帰ったら道場開こうかな)


 それからも稽古は続いた。


「今度は俺の番だ! 大鎌での薙ぎ払い攻撃を予告する。まずは五十パーセントの力でいくから受け止めてみろ!」

「なぜ手を抜くの!?」

「ホランよ。そいつの技は威力絶大だ。硬化魔法でしっかり盾を強化するのだぞー」

「ずいぶんのんびりした声でアドバイスくれるじゃない!」


 稽古だと知らないホランはロイスの攻撃を何度も必死で受け止める。

 その間も「盾の硬質化が甘い!」「隙があるぞ!」「頭上を警戒するんだ!」という指南とともに脛打ちを食らう。


 鎌と盾がぶつかり合う音は広場横の時計塔の長針が半周するまで鳴り続いた。

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