第37話 落ちこぼれの学生、魔王軍四天王を追い返す
「よし。これくらいで十分だろう」
「はぁ……はぁ……もう……ムリ」
三十分続いた死闘(稽古)が終わり、疲労困憊のホランは地面に倒れ込んだ。溢れた汗がレンガの赤を暗くする。
「なかなか見込みのある人間じゃないか。赤髪の隊長と比べるとまだまだだが」
傍らで充実した稽古に笑みを浮かべるロイス。それを見上げることしかできないホランは死を覚悟した。
「……さっさととどめを刺しなさいよ。それともまだワタクシを弄ぶつもり?」
「弄んだつもりはない。まあ殺すつもりもないが。あのお方との約束だからな」
「あのお方?」
「お前が知る必要はない」
と、ここであのお方がガシャンガシャンと鎧を鳴らしながら駆け寄ってきた。
「大丈夫かホラン。くそー。忌まわしき魔物め。我が生徒を一方的に傷つけるなんて、許さんぞー」
相変わらず棒読みのクルーシュ。演技が下手くそ。
対してロイスは険しい顔をつくって四天王の威圧感を出す。
「フハハ! 魔王軍四天王としてか弱い小娘に暴虐の限りを尽くしてやったわ!」
「脛を小突かれただけだけど……」
「まあ今回のところは小娘の努力に免じてこれ以上の侵攻は止めておいてやる! 俺は魔界に戻るとしよう!」
広場中に響き渡る声でそう言ってから、クルーシュに「また会いましょう」という意味のアイコンタクト。
「では! さらばだ! 人間どもよ!」
ロイスは跳ね馬のように二本足で立ち上がって方向転換をして、魔界がある北に向かって駆け出した。
嵐が去ったように静まり返った広場。
次の瞬間、歓声が上がった。
「うおおおおおお!」「追い返した!」「平和は守られた!」
建物の影に隠れていた兵士たちが一斉に駆け寄り、ホランを取り囲む
「君は英雄だ!」
「え? ワタクシはなにも……」
「何を言っている! 四天王相手にしっかり立ち回っていたじゃないか」
「いや、それは相手が手加減を……」
「その服、士官学校の生徒ね。なんて勇敢な若者かしら」
「そうだろうそうだろう。なんたって我の自慢の生徒だからな」
「教官まで……」
過剰な持ち上げに耐えられなくなったホランが矛先を変えようと辺りを見渡したところ、壁際でぐったり倒れている赤髪の隊長の姿が目に入った。
「そうだ! セリフィア隊長!」
駆け出すホラン。隊員たちも歓声を止めてあとに続く。
「セリフィア隊長! 大丈夫ですか?」
体を揺らすと、セリフィアは弱弱しく目をひらいた。
「う、うぅ……あなたは?」
「特士校のチーム42番所属、ホーランアートです」
「魔物はどこに行ったの?」
上半身を起こして平穏な広場に目を向ける。
「四天王は魔界に帰りました」
「それはよかった。でも一体誰が……?」
ホランが言い淀んでいると、周りの隊員が代わりに答える。
「彼女です。ホーランアート特士生が追い払いました」
「学生が? そんなことありえるの?」
「本当です。屈強なケンタウロスの攻撃を幾度となく受け止めていました。根負けした魔物が逃げたのです」
「へえ。あなたが……」
憧れの隊長から感心の目を向けられたホランは「そんなことないです!」と必死に否定するが、複数の隊員の証言があっては謙遜にしか見えない。さらに遅れて輪の中に入ったクルーシュがダメ押しの証言。
「実に見事な戦いぶりだった。たしかに実力差はあったかもしれんが、ホランの粘りが魔物を追い返したことは間違いない」
「クルーシュ様……じゃなくてクルーシュ教官。戻られていたのですね」
元魔王がいれば王都の無事は確保されたも同然。セリフィアはホッと息をついた。
「ん? となるとクルーシュ教官が追い返したのではないですか? なぜホランさんが戦ったのでしょう」
クルーシュに四天王を追い払ってもらうために時間稼ぎをしたはずなのに、目を覚ましてみれば部下たちは口をそろえて生徒が追い払ったと言う。元魔王様は生徒を戦わせている間、何をしていたのか、という純粋な疑問。
「隊長よ。細かいことは気にするな。人間の勝利を喜べばいいのだ。そこに貢献した隊長も誇るべきということだ」
ロイスとの談合を悟られてはならない。話題を逸らす。
「それよりチーム42番は特士校の最下位なのだ……いや、最下位は脱したのか? まあいずれにせよブービー近辺。その事実を隊長はどう思う?」
セリフィアは大きな目を丸くして、
「本当ですか? 四天王を追い返すほどの実力がありながら最下位?」
「うむ。というのも、特士校の制度上、一度最下位に転落してしまうとランキングを上げることが難しいのだよ」
特士校は課題の受注優先権が上位チームにある。ゆえに下位チームには搾りかすのようなミッションしか残らならい。
「ホランはせっかく才能があるのに、チャンスがないから日の目を浴びることができない。ああ、これは憂慮すべき事態。王都の平穏を守った若き才能はこのまま潰されてしまうのか」
「よくわかります。私も特士校出身ですから。あそこは入学時点から優秀な生徒以外は最初から切り捨てるようなシステムです」
どうやら彼女も特士校の弱肉強食制度に不満を抱いている様子。ならば話が早い。
「そこでセリフィア隊長にお願いしたい。我のチームに優良案件を紹介してくれないか?」
これがクルーシュの狙い。
弱者が浮上できない特士校のシステムで駆け上がるにはコネが必要。
ホランが四天王を追い返すことで、王城警護を職務とする第二隊隊長に恩を売り、見返りとしてミッションを貰うという作戦だ。
ことは思惑通りに動く。
「いいでしょう」セリフィアは隊員の肩を借りてよろよろと立ち上がって「私には特士校の課題を与える権限がありませんから、校長先生に掛け合ってみます。おそらく聞き入れてくれると思います」
「隊長。病院に行きましょう。医療班が待っています」
「そうね」
去り際にホランに目を向けて、
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「え、えへへ。そんなこと……」
「卒業したら第二隊で共闘できることを願っているわ。それじゃ」
憧れの人に感謝を告げられたホランはニヤニヤしながらその背中を見送った。
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