第54話 攻めるアース、守るクルーシュ


 決闘はアースの猛攻で幕を開けた。


 細長い剣を縦横無尽に振り回し、クルーシュに襲い掛かる。容赦ない斬撃と鬼気迫る表情は特士戦のそれとは思えない。


(特士闘技戦はあくまで摸擬戦。力比べだ。生死の奪い合いではない。そんなこと百も承知だ。だが、目の前の尊敬すべき強者は手を抜いて勝てる相手ではない。俺のこれまでのすべてをつぎ込んでようやく一太刀入れられるかどうか。そんな相手。だからこそ、殺す気でやる。その先に白銀の鎧を身に着ける資格が手に入るはずだから)


 そんな覚悟を乗せた猛攻を受けて、クルーシュ。


「…………」


 静かに防御に徹する。正眼の構えのまま、最小限の剣の動きとステップで攻撃をかわす。観客席のホランたちには目で追うことすら困難な太刀筋をものともしない。まるで彼の周りだけ時間の流れが遅れているかのようだ。


「すげえ。俺の大剣よりもでけえ剣なのに軽々扱ってやがる」

「さすが教官さん! 余裕を感じるよ」


 盛り上がる二人。

 ホランも教官の活躍に頬が緩みかけたが、隣に座っているシス王が神妙な顔をしているので自重した。


(人間最強のアース隊長が通用していないのは人間の王として屈辱よね)


 気を遣ってフォローを入れることに。


「でもアース隊長もすごいですよね。並の人間ならとっくにやられていますよ」


 明るい声でそう言ってから顔色を窺う。


「…………」

「……シス王様?」


 ホランの声は届いていない。

 王は瞬きひとつせず二人の戦いを凝視していた。何かを見定めるような鋭い目。


(まるで戦いの行方には興味がない。どちらかというと教官の剣捌きだけを見ているような……)


 仮にも側近ともいえる部下の一世一代の大勝負にしては冷めている。シス王の目には何が映っているのだろう。

 疑問を抱きつつも視線をステージに戻した。


 戦況は変わらない。フルパワーで攻めるアースと、淡々と受け流すクルーシュ。剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る。


「ダメだ。このままでは体力が持たない」


 攻め手に欠けるアースは一度距離を取った。


「どうした。まさかこの程度とは言わせまい」

「……悪いが俺の剣はこれが限界だ」

「素直だな。だが、このまま終わるつもりはないのだろ?」

「もちろん」


 剣を上に向ける。闘技場の魔力が剣先に集まっていく。


「お前は魔法を使わないと言ったが、俺は使うぞ。シス王の前で無様に散るわけにはいかん。どんな手を使ってもお前に一太刀入れる」

「構わんよ。もとよりハンデのつもりだ。全力で来い」

「第二回戦開始だ!」


 剣先に集めた魔力を氷に変えて周囲に振りまいた。氷の結晶に天井のライトの光が反射して、ダイアモンドダストのように輝く。


「場の温度を下げることでお得意の氷の斬撃の切れ味を高める算段か。実力で及ばない相手には戦いやすい環境を整える。正しい判断だ」

「いくぞ! 氷華一閃」


 氷を纏う刺突。サイクロプスを一撃で沈めたアースの必殺技。


「だが、そんな直線的な動きではせっかくの高威力も台無し……む?」


 横に飛んでかわそうとしたとき、足が動かないことに気付いた。


「足裏が床に接着している……!」


 アースの振りまいた氷が床に落ち、薄い氷を張ることでクルーシュの動きを封じたのだ。

 これではアースの攻撃を真正面から受け止めるしかない。


「この一撃で決着をつける!」

「仕方ない。受けて立とう」


 剣の面をアースに向けるように構える。幅広の剣身を盾のように使って防ごうと考えた。だが、


「甘い!」


 アースは剣がぶつかり合う直前でクルーシュの頭上に跳躍した。そのまま背後に着地し、すばやく反転。


「しまった!」


 足が固定されていては後ろを向けない。

 無防備な背中に容赦ない一撃が迫る。直撃すれば重厚な鎧も砕け散るだろう。



「だがまあ、肘当て一つで問題ない」



 前を向いたまま右ひじを後ろに振り、剣先を横から弾き飛ばす。


「な!」


 進路をずらされた剣先はクルーシュの左脇腹をかすめただけ。

 逆に突進の勢いを殺しきれずクルーシュの左を駆け抜けようとしたところで、間髪入れずの左エルボーを腹に喰らってしまい、悶絶。肋骨が粉砕されるような痛みに襲われ、その場にうずくまる。


 クルーシュは大剣を地面に突き刺し、床に張られていた氷を割る。


「今度は我の番だ」

「ぐ……」


 形勢逆転。クルーシュの猛攻が始まる。

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