第55話 決着! 落ちこぼれの成り上がり


「立てアース。魔界最強と言われた剣技を味わわせてやろう」

「言われなくても……!」


 アースは歯を食いしばって立ち上がり、剣を構える。


 さっそく斬りかかるクルーシュ。アースは体を引いて間一髪でかわす。

 すかさず反転攻勢に出ようとしたが、すでにクルーシュは正眼の構えに戻っていた。


 これがクルーシュの戦い方。静と動。正眼の構えからシンプルかつ鋭い剣技を放ち、すぐに構えに戻る。アースのような振り回す剣筋が主流の聖騎士団にとって珍しいスタイルだ。


(一瞬の攻め。すかさず防御の構え。一連の動きによどみがない。これでは反撃の隙が無い)


 息もつけない鋭い斬撃。ぎりぎりで防ぐものの、大剣による一撃はガランの拳よりも重く、手がしびれる。

 防戦一方。あとはアースの剣が弾き飛ばされる時を待つだけ。


「決着は目前ね」


 安堵の息をつくホラン。ロッツやコヨハが早い段階で「俺たちが一位だ!」と盛り上がっていた中、用心深い彼女だけは慎重に戦況を見極めていたが、ついに教官の勝ちを確信した。


 緊張が抜け、背もたれに体を預けたそのとき、左隣からごくりとつばを飲み込む音が聞こえてきた。荒い鼻息。読心術を持たないホランですらその音の主が興奮状態にあることは容易に理解できた。


 左に目を向けると、シス王が目を見開いてステージを見つめていた。勝敗の行方が決まり、弛緩した空気が漂う生徒三人とは正反対の驚いた表情。


(なにを驚いているの? シス王様は誰よりも最初に教官のことを元魔王と知っていた。アース隊長を圧倒する実力の持ち主だということくらい把握しているはず。この結果は妥当。それなのに、なぜ?)


 唖然としていたシス王がつぶやく。


「やはり……そうなのか?」


 ホランはその言葉の意味を考えてみたけれど、王との接点のない彼女にはわからなかった。


 ステージからカランカランという甲高い音がした。

 アースの剣が空しく床に転がっていた。

 ついにクルーシュがアースの剣を弾き飛ばしたのだ。


 両手が空になったアースにクルーシュが迫る。


「トドメだ。歯を食いしばれよ」


 両手で握った大剣で一閃。大柄の男を吹き飛ばした。

 横たわるアース。起き上がる気配はない。


 最強同士の決闘。その勝負が決した。


 ホランたちは歓声を上げかけたが、倒れたアースがピクリとも動かないので「え? もしかして殺しちゃった?」と不穏な空気が流れる。が、


「安心しろ。峰打ちだ」


 振り抜く刹那、柄を四分の三回転させて、刃ではなく面でアースの体を打ったのだ。


 手加減されたうえで敗北したアースは大の字になって天井を見上げる。


「さすがだ。完敗だ」

「お前もなかなかだったぞ」


 労うように隣に座るクルーシュ。


「それにガニュマと戦った時と比べて剣に魂が乗っていた。あのときより確実に強くなっていたよ」

「追うべき背中が見つかったからだ。元魔王のくせに蜂蜜よりも甘い野郎の分厚い背中がな。おかげで己の未熟さに気付かされた。スカイ様のような冷酷さだけじゃなく、周りを引っ張っていける強さが重要だった。今はまだ白銀の鎧を手に入れるほどではないが、いずれお前に追いついてやる」

「その意気だ。お前なら人間の救世主になれる。そうすれば我は魔界に戻り、お互いに大陸の均衡を守ろう。ふたりでこの大陸に平和をもたらすのだ。気高き心を手に入れたお前なら族長も不安に思うことはないだろう」

「族長?」

「白銀の鎧を守る森憑族の族長だ。彼女は白銀の鎧を力に溺れた愚者に悪用されることを恐れている。だが、我を志す者なら心配あるまい」

「だな。世界征服とは無縁のゆとり魔王だからな」


 笑い合ってから、真剣な顔に戻ったアースが尋ねる。


「一つだけ聞いていいか? クルーシュ、お前はどうしてそんなに緩い性格なんだ。それだけの力があれば魔界を統べることも大陸を統べることもできたはず。それなのに口を開けばゆとり、平和、優しさ。その思考の根源はいったいどこにある?」

「……難しい質問だな」


 少しのあいだ顎に手を当ててから、


「生まれつきだ」

「生まれつきだと? 生まれた瞬間から調和を重んじていたというのか」


 首肯する。


「今から百年と少し前、我が生を宿したのは暗い洞窟の中だった。意識が覚醒した我の脳内に流れてきた最初の思考は、他者に優しく、世界を救え、だった」

「本能というわけか。生物が子孫繁栄を望むように、魔物が破壊を望むように、お前は平和を望むと」

「だから我は本能に忠実に従い、魔王となって魔界の秩序を守り、人間界との平和を志した。戦争の規模を境界戦線に狭め、ゆくゆくは平和条約を結んで終戦にもっていくつもりだった。まあ志半ばで追い出されたがな」

「今でも全面戦争を避けるために暗躍しているじゃないか。人間界に拠点を移すことで魔王軍ににらみを利かせつつ、教官として特士校の生徒を鍛えている。平和に対する熱量が並大抵じゃない」

「それが本能というものだ。我自身もなぜそうしなければならないと思うのかわからんが、とにかくそうしなければならないと思わされるのだ」

「もはや天賦の才だな。そりゃあ勝てないわけだ」


 自嘲するように笑ってから立ち上がり、クルーシュに手を差し伸べる。


「今日は負けたが、いつか必ず上回ってやる」


 その表情はペクスビーの町で最初に出会ったときの冷徹な強者の顔じゃない。心にゆとりを取り入れた寛容な強者の爽やかな顔だった。


 アースの変化を感じ取ったクルーシュは嬉しそうにニヤリと笑って手を取った。


「すごいよ教官さーん!」


 立ち上がった直後、ステージに上がってきたコヨハに抱き着かれた。


「ったく。危なげなく勝つから逆に怖くなってきたぜ。どんだけ怪物なんだよ」

「そう? ワタクシは誇らしいけどね」

「やったなお前たち。特士校の頂点に立ったぞ」


 続々とステージに上がってきた生徒たちと喜びを分かち合う。


「おめでとうございます」


 最後に姿を現したシス王がいつものにこやかな表情で拍手を送る。


「今更不要かもしれませんが、審判として一応宣言しますね」


 ひとつ咳払いして、


「第一回戦の勝者はチーム42番。第二回戦の勝者はチーム42番。よってこの勝負、チーム42番の勝利です」

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