第56話 不穏
「盛り上がっているところ申し訳ないのですが、闘技戦の結果をサージェス校長に伝えに行く必要があります」
勝利に湧くクルーシュたちにシス王が声をかける。
「そうですね。シス王様に気を遣わせてしまい申し訳ありません」
「あはは。はしゃぎすぎて忘れてたよぉ」
「さっさと行こうぜ。全部終わったら祝勝会だ! リノさんも呼んでどっかで飯食おう!」
わいわい騒ぎながらステージを降りる三人。クルーシュもそのあとに続こうとしたところで、シス王に呼び止められた。
「これから行きたいところがあるのですが、クルーシュ様に同行してもらってもよろしいでしょうか」
「え、今から?」
「はい」
真剣な顔で頷く。
「すぐ終わる用事なのか?」
「いえ。長距離移動となります。今日の夜中までかかります」
「むう。せっかく勝利の美酒に浸ろうというときに」
「申し訳ありません」
なおもクルーシュが渋るので、見かねたホランが説得する。
「グダグダ言わないの。おとなしく従うべきよ。ワタクシたちは大丈夫だから」
「王様の誘いなら仕方ねえよ」
「お祝いは教官さんが帰ってきてからだね」
「すまないなお前たち。帰ったら宴を楽しもう」
「ええ」
満面の笑みで約束を交わしてから、三人は闘技場をあとにしようとした。
そのとき。
クルーシュの中に、喉に砂一粒が引っかかったような、そんな微小な違和感が生じた。
「…………」
黙ったまま小さくなっていく背中をじっと見つめる。足音が遠ざかるにつれて、なぜか寂しさが湧いてきた。この一時的な別れが大きな分岐点になるんじゃないか。悪い予感がよぎった。
「クルーシュ様? どうかしましたか」
「……いや、なにも」
気のせいだろう。自分にそう言い聞かせてシス王に向き合う。
「で、どこに行くのだ?」
「これからわかります。アースも行けますね?」
急に尋ねられたアース。シス王はいつも通りのにこやかな表情を浮かべているが、今この瞬間は有無を言わさぬ圧を感じた。戸惑いつつも「シス王様の要望なら俺はいつでも」と受け入れる。
側近の返答を受けて、シス王は早足で出口に向かう。
「では急ぎましょう。早くしないと陽が落ちてしまいます」
「お、おい!」
慌ててついていく二人。
(ちょっと急かし過ぎじゃないか?)
不安が強まる。
――――――――――――――――
「乗ってください」
王城に移動したクルーシュを待っていたのは移動用魔物ゴル。汽車よりも速く、大陸の端から端まで移動できる優れもの。
(こいつを使うということは長旅になりそうだ……)
今からでも断りたい気分だが、すでにシス王がゴルに跨り準備万端。今更拒否できない。
「行きましょうか」
「あの、シス王様。行き先を教えてください。でないと俺が先頭を走れません」
国王を警護する立場のアースからすれば当然の要求。
だが、シス王は早口で、
「必要ありません。周囲を警戒しながら進むと遅くなるでしょ。私は急ぎたいのです。焦る気持ちが抑えられないのです」
「し、しかし」
「命令です。私が先導します」
隊長着任時からシス王の護衛を担当してきたアースはこれ以上なにを言っても無駄だと感じ、結局、シス王を先頭に走り出した。
―――――――――――――――――
平原を駆けること半日。
光源魔法無しでは走行不可能なほどの闇夜。
辿り着いたのは深々とした森の中。
「行きたい場所というのはここだったのだな」
道中ですでに行き先を察していたクルーシュ。
目的地に到着したことでそれを口にする。
「森憑村か」
大陸南西部に広がるカーリフィア大森林。
その最深部で白銀の鎧を守る集落、森憑村。
約二か月前、チーム42番がペクスビーの町での任務を達成したとき以来の訪問である。
シス王は光虫の光に照らされた空間を早足で歩き、中央の大樹の足元にある大きな丸型のウッドハウスの呼び鈴を二度三度鳴らす。
慌てて出てきた緑髪の女性。族長リファラ。白銀の鎧の守護者としてある程度のことでは動じない精神力を持つ彼女だが、突然の訪問者に驚きを隠せない様子。
「あら、シス王様ではありませんか。本日、しかもこんな夜遅くに訪れるとは聞いていませんでしたが」
「急でしたので。いつもの場所に案内してください」
「はあ。承知しました。ですが、その前に着替えを。王の前で寝巻姿では失礼ですので」
わずかに頬を紅潮させながら言った。
大きな胸の谷間が露わになった純白のネグリジェ。失礼というのは建前で、気恥ずかしさが本音だろう。
鈍感なクルーシュですらそのことに気付いた。
だが、聡明で観察力に優れているはずのシス王は彼女の要求を拒む。
「そのままで構いません。行きましょう」
「ですが……」
「私が良いと言っているのです」
「おい、シス王。それはさすがに……」
「行きましょう。目的地はすぐそこです」
止めに入るクルーシュを押しのけ、森の奥に向かうシス王。光虫の明かりから離れたことで微笑みの顔が闇に覆われる。
クルーシュやリファラはもちろん、シス王を妄信するアースですら、彼の意図を読み取れず、ただただ不気味に感じていた。
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