第74話 そして半年後
決戦から半年後。
晴れた空の下。王都の城の前の広場は大勢の民衆で埋まっていた。
これから行われるのは新国王による国民への挨拶。
みな静まり返って、正面の階段の上、門の前に組み立てられた演説台に視線を注いでいる。
その視線の先、壇上に立つ美しい女性。そよ風にたなびく緑色の髪、白いドレス。気品を纏う彼女は森憑族の長、リファラだ。
シス王が死に、彼の血縁者もいないことから、新しい国王を立てることが決まったのが半年前。高位貴族などが選定を重ねた結果、大陸に平和をもたらし、かつ優れた才能を持つ女性に白羽の矢が立ったのだ。
「みなさん。私が新しい王となります」
開口一番、穏やかな声で場を魅了した。
そこから先は自身の生い立ち、王としての在り方、国民に求めることなどを流暢に述べていく。
そして話の終わりに近づいたとき、シス王の死について触れた。シス王がルーゴであったこと、彼がスカイに追い詰められて狂ったこと、すべてを明かす。
「ですが、脅威は去りました。もうこの大陸に争いは起こりません。境界戦線も撤退していますし。平和が訪れたのです」
ざわつく民衆。
「しかしまた新しい魔王が誕生したらしいじゃないか」
「平和なんて本当なのかねえ。また魔王軍が攻めてくるかもしれないのに」
「境界戦線を手薄にして大丈夫なのか?」
民衆の反応を一通り受け止めてから、リファラはクスリと笑って、
「ご安心ください。平和を証明します」
そう言って後ろを向き、門の後ろに手招きする。
門の陰から現れた黒い影。ごつごつとしたシルエットのそれが、リファラとともに壇上に上がる。
呆然とする民衆。それはどう見ても人間じゃなかったから。
「では魔王様。ご挨拶を」
促されてマイクの前に立つ漆黒の鎧。
緊張感を隠せずコホンと咳払いして、
「ど、どうも。我が新しく魔界の王に就任したクルーシュである」
なんで魔王が? という驚きの目。
魔王が人間界に来るな! という敵意の目。
聖騎士団様! 王を守ってください! 畏怖の目。
様々な目が向けられる。
「おおお落ち着くのだ! 我は敵ではなーい!」
両手を上げて無抵抗のポーズを取るクルーシュ。
「まったく。教官、緊張しまくりね」
階段の下で警備をしていたホランが苦笑いを浮かべる。
「イマイチ魔王の風格に欠けるよなあ。あれで魔界をまとめられるのか?」
小馬鹿にするロッツ。
呆れ気味の二人とは違って微笑んでいるのがコヨハ。
「これでこそ教官さんって感じだよね。強いけどゆるーい感じ」
「コヨハは恥ずかしくないの? あれでもワタクシたちの教官だったんだから。あー恥ずかしい」
「でもすごいよね。私たちを導いてくれた教官さんがまた魔王に返り咲くんだから」
「そうだな」
雑談をしていると、聖騎士団の兵士が近寄ってきた。
「おい新人! 喋っている暇があったら警備に集中しろ」
『申し訳ありません』
姿勢を正して敬礼する三人。
兵士は「まったく。まだまだ学生気分が抜けてないのか」と呟いてから、
「しかし王も何を考えているんだか。敵の王を招くなんて。いいかお前ら。魔王がいつ暴走しても止められるように準備しておけよ」
「お言葉ですが、おそらくそんなことは起こらないかと」
「は?」
口をポカンと開ける先輩兵士。
三人は階段の上であたふたする恩師を見上げながら、
「落ちこぼれに寄り添ってくれるような優しい教官が望むのは、魔王とは思えないほど生ぬるい世界ですよ」
魔王登場による喧騒がようやく落ち着いたところで、クルーシュが話を切り出す。
「とにかく。今日、我がここに来たのは王位継承を祝福するためではない。共同声明を出すためだ」
『共同声明?』
再びざわつく民衆に、今度ははっきりとした声で告げる。
「人魔平和共同声明だ。魔界も人間界もお互いが平和に暮らし、交流できる。そんな大陸にするのだ。その誓いをリファラ王とともに宣言する」
「もう争いは起こりません。強き者の野望に支配されない、平和で自由な大陸に生まれ変わるのです」
最初は困惑していた民衆だったが、徐々に歓声に変わっていき、やがて万雷の拍手が沸き上がった。
それを見たクルーシュとリファラは二人でマイクの前に立ち、戦争の終結と平和の実現を宣言した。
文書に著名し、降壇するときまで歓声は途絶えなかった。
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