最終話 ゆとりある世界を目指して


「クルーシュ様。わざわざご足労いただきありがとうございます」


 共同声明を終え、城の敷地内まで下がったところでリファラが頭を下げる。


「いやいや。これは我から提案させてもらったこと。むしろ受けてくれたことに感謝する」

「当然です。遅かれ速かれルーゴ様によって人間界も支配されていたでしょうから。彼を倒してくれたあなたの提案を断る理由はありません」

「それならよかった」

「クルーシュ様!」


 慌ただしくクルーシュのもとに駆け寄る金髪の女性。


「リノ。どうした。そんなに慌てて」

「早く魔王城に帰りましょう。魔王軍を立て直さないといけませんからね。明日の昼には各種族の族長と会議ですから」

「そんなに急かさなくてもいいじゃないか」

「ダメです! 魔王秘書官として徹底的にスケジュール管理させてもらいますからね」

「やれやれ。うるさい秘書官だ。魔王再任を辞退すればよかった」


 リファラに別れを告げ、城の庭に待機させていたドラゴンの背に乗ろうとしたところで、呼び止められる。


「教官!」


 クルーシュにその呼称を使う人物は三人しかいない。


「お前たちか。新しい制服、似合ってるじゃないか」


 ホランたちは特士校の白い制服から、聖騎士団を象徴する青い服に変わっている。


「ひどいじゃない。卒業式にも来ないなんて」


 口をとがらせるホラン。


「仕方ないだろ。魔王軍が壊滅したおかげで魔界の秩序を守る者がいなくなってしまったからな。我が睨みを利かせなければならなかったのだ」


 ルーゴとの戦いの後、クルーシュは治安維持のために魔界に残った。だから三人との再会は半年ぶりということになる。


「久しぶりだね。教官さん」ホランが微笑みかけ、ロッツが憎たらしく笑う「ったく。魔王になって帰ってくるんだから立派なもんだぜ」

「なにを言うか。お前たちもたくましくなったな。我がいなくなった後も一位を死守したのだろ? 聖騎士団にも無事に入れたようだし」

「まあね。ワタクシたちにかかれば造作もないことだわ」


 ホランはわざとらしく勝ち誇ってから、真面目な表情になる。


「一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「教官はどうして落ちこぼれのワタクシたちを見捨てなかったの?」


 一年前、魔王を追放されて人間界に来たクルーシュはシス王の要請によって特士校の教官になった。


「魔界を追放されたからといって、別にワタクシたちに熱心に指導する必要はなかったはず。前教官のガドイルみたいに私腹を肥やしてもよかったはず。それなのにどうして別種族の落ちこぼれを救ってくれたの?」


 ホランだけじゃなく、ロッツやコヨハもクルーシュの目を見つめる。

 クルーシュは「そうだな……」と少し考えてから、


「やらなければならいと思ってな」

「?」

「せっかく才能があるのに環境のせいで力を発揮できずに潰れてしまう人間を、我は無意識化で知っていた」

「スカイ様の記憶ね」

「そうだ」


 スカイの厳しさで死んでしまったエリーゼ、狂ってしまったルーゴ。


「高圧的な教官、強者だけが得をする特士校のシステム。厳しい環境に置かれたお前たちが、かつての仲間と重なったのだ。だからこそ、お前たちを救うことこそが前世で犯した過ちを償う機会になると本能的に感じ取ったのだ」

「じゃあ罪は償えたのね。消えゆくはずだったワタクシたちを聖騎士団に入団できるまでに育ててくれたんだから」

「いや。まだだな」

「え?」


 静かに空を見上げる。


「我はアース隊長を救えなかった」

「教官……」

「それだけじゃない。ルーゴだってスカイが最初から親身に接していればこんなことにはならなかった。しかもそんな彼を、責任を取る形とはいえ、この手で葬ったわけだからな。我が許される道理はない」

「じゃあどうするんだよ。責任取って死ぬってのか?」

「ダメだよ! 教官さんは優しい人なんだから!」

「安心しろ。自殺という終わり方は無責任だ」


 クルーシュはホラン、コヨハ、ロッツ、リノの顔を順繰り見渡してから、優しい声で告げる。


「スカイやルーゴやアース。死んだ者たちがいて今の我がいる。スカイやアースはもちろん、ルーゴだって狂ってしまう前は平和な世界を望んでいたはずだ。ならば、彼らの分まで平和の実現に尽力しなければならない」

「でもそれはさっきの平和宣言で果たされたはずだろ」

「平和は脆い。野望を抱えた強者が出現すれば、容易く崩壊してしまう。そうならないためにも、誰よりも強く、そして誰よりも優しい者がトップに立ち続けなければならない」

「じゃあ教官さんが適任だね」

「魔界中に目を光らせ続け、この身が朽ちるそのときまで平和を維持できたとき、ようやくすべての罪を償える。そう思っている」

「教官ならできるわよ。きっと」

「ありがとう」


 生徒たちの後押しを受けたクルーシュは三人と握手を交わしてから、リノの手を取り、ドラゴンに飛び乗る。

 ドラゴンが羽を上下に揺らし、風が大地を駆ける。重厚な羽音が響く中、クルーシュは眼下に向かって声を張り上げた。


「ではさらばだ! 我が愛弟子たちよ! また会おう! 今度は魔王の間に案内しよう!」


 平和を宣言したところで、人間と魔物の間に深く刻まれた遺恨は簡単に拭い去れない。不満を抱いた勢力が魔王に歯向かうことも予想される。聖騎士団を魔王の城に招けるようになるにはまだまだ時間はかかるだろう。

 だからクルーシュはこれからも平和を目指して戦い続ける。

 元敵対勢力を本拠地に招けるような、そんなゆとりある世界を目指して。

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魔王追放 ~ゆとり政策を進めていたら魔王軍から追放されたので、人間界で聖騎士団学校の教官に転職しました。ゆとりある指導で最弱チームを最強に導く~ 中田原ミリーチョ @kaguyaxx

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