第47話 頼れる教官は元魔王


 魔王ガランの刺客・ガニュマを退けたクルーシュ。

 これで一件落着かと思われたが、


「む。おかしい」

「どうした?」

「まだ魔物の気配を感じるのだ。それもガニュマ並みの強い気配」

「おいおい。どうなっているんだ? あんな化け物を何体も、しかもこんな僻地に送り込むほど戦力に余裕があるのか魔王軍は?」

「そんなことはない。ガニュマと同等の実力者なんて四天王か魔王しかいないはずだが」

「そいつはどこにいる。方向だけでもわからないのか?」

「あっちの方だ」


 木々に囲まれた森の中でクルーシュが示した指の先。

 方向感覚に優れているアースはすぐに気付いた。


「それってたしか監視小屋のほうじゃないか?」

「……え?」


 嫌な予感がした。



―――――――――――――――




 クルーシュが森に向かってからすぐのこと。


 午前の狩りを終え、小屋に戻ってきたチーム42番の面々。

 制服は砂で汚れているが、表情は明るかった。


「今日もたくさん倒したね。疲れたよ」

「マジで成長してるよな俺たち。今までだったら手も足も出なかった魔物も難なく対処できるようになった」


 戦いの中で成長している三人。

 ホランは冷静な立ち回りを覚え、コヨハは焦ることなくあらゆる魔法をコントロールできるようになった。ロッツも勇敢に斬りかかることができている。

 前向きな精神を手に入れたことでポテンシャルが開花。チームハンドレッドにも負けない実力を身に着けた。


「これも教官の指導のおかげかしらね。あの人の緩い雰囲気のおかげで気負わずに頑張れる」

「ホント、教官さんが教官になってくれてよかったよ」

「ガドイルのままだったらと思うとぞっとするぜ」


 充実感に浸りながら小屋の取っ手に手をかけたとき、


「おい人間。貴様らがクルーシュの生徒か?」

「ええ、そうですけど」


 よく考えればおかしな話。こんな辺鄙な場所で声をかけてくる人間がいるはずがないのに。


「だ、だれだお前……」


 ロッツが仰け反るのも無理はない。


 すぐ後ろに立っていたのは、アースよりも一回り大きい巨躯の持ち主。

 血を練り込んだような赤い髪と瞳。筋骨隆々の褐色の上半身を見せびらかし、背中には覇王の象徴のような金のマントをたなびかせている。


「人間……じゃないわよね」

「いかにも」

「ってことは……魔物、だよね。なんかここで戦ってきた魔物とは格が違う感じだけど……」


 コヨハの予感は的中。

 彼女らの目の前にいるのは、野生魔物とは比較にならない存在。


「俺はガラン。魔王軍の頂に君臨する魔物だ」

「ま、魔王ってこと?」

「様をつけなさい! 劣等種族が!」

「きゃっ!」


 蛇のようにしなやかな鞭が三人まとめて捕らえた。


「痛いよ……」

「ククク。ユミレ。殺さない程度にな。そいつらを殺してしまったらすべてが台無しになる」

「はい。魔王様」


 黒ドレスの妖艶な女性が頭を下げる。


 三人のもとに現れた魔王ガランと四天王ユミレ。その目的が人間界侵攻の最大の障壁、クルーシュの始末であることは言うまでもない。



―――――――――――



「怖いか。人間どもよ」

『…………』

「ふふふ。そんなに怯えなくてもいいのよ。私たちの目的はあなたたちじゃないんだから」


 監視小屋の前で捕らわれたままへたり込む三人。頼れる教官の帰還を願うことしかできない。


 重苦しい空気。このままでは精神的なもろさを抱えるロッツとコヨハが耐えられないかもしれない。ホランは勇気を振り絞って巨躯の魔人を睨みつける。


「なんなの? 魔王と四天王が私たちみたいなヘッポコ人間に何の用?」

「答える必要はない。今にわかることだ」

「ヒントはそこの金髪女が拘束されていないことよ。うふふ」

「……そういえばなんでリノさんだけ自由なの?」


 リノは小屋の壁に寄りかかって俯いている。逃げ出すことも抵抗することもない。

 自分たちとリノとの違いが何なのか。それはすぐにわかることになる。この男の登場によって。


「大丈夫か!」


 土煙が舞う。空から漆黒の鎧が降ってきた。

 雲間に差す太陽を見たように三人の表情が明るくなる。


『教官!』

「お前たち! 無事か!」

「ええ。傷は一つもつけていませんよ」

「……ユミレ。それにガラン」


 教え子とかつての部下が同じ場所にいる。想定しうる最悪の状況だった。

 そして最悪の事態はさっそく訪れた。


「待っていたぞ。前魔王」

『!』


 ガランが放った魔王というワードに反応する生徒たち。


『え? どういうこと?』

「聞いた通りよ。クルーシュは元魔王。魔王軍を追われてからは人間界に逃げ込んで、教官になっていたらしいわね」

「教官さん? ど、どういうことかな?」


 奴らの言っていることはでたらめだ、と言ってほしそうな視線。頼りになる教官を信じたい。


「すまなかった。騙していた。我は魔界の住人だ。元魔王だ」


 無情にも頭を下げた。


「マジかよ……いや、たしかに鎧姿はおかしいと前々から思っていたけど」

「……異常な強さも魔王だと言われたら納得できるわね」

「でも! こんなに優しい魔王なんていないよ。教官さんは砂糖よりも甘々な性格なのに」

「その甘さが原因で魔王軍を追い出されたのだよ。ガランの手によって。今まで黙っていてすまなかったな」


 信じたくない真実に三人は複雑な表情で俯くことしかできなかった。


 暗いムードの人間陣営とは正反対に、ガランは上機嫌で語る。


「追放された貴様はその後人間の王に会い、そのまま聖騎士団の育成組織の教官になった。そうだろ? クルーシュ」

「……どうしてお前がそのことを知っている。そもそも、なぜ我が境界戦線に出てきたこと、そしてこんな辺鄙な荒野にいることを知っているのだ?」


 チーム42番の動向を把握している者は多くない。三人組、リノ、校長、アース。そして追放された直後のことまで知っている者はさらに限られる。それこそリノくらいだ。


「……リノ?」

「気づいたようだな。めくらな元魔王よ」


 ガランはニヤリと笑うと、壁際にいた華奢な女の肩を引き寄せる。


「スパイだ。こいつに貴様の行動を逐一報告させていた」

「…………」

「そういうわけだ。貴様の動きは最初から筒抜けだったんだよ」

「ごめんなさいクルーシュ様……」


 震える声。切れ長の碧眼からは今にも涙があふれだしそうだった。


「…………」


 信頼していた元秘書官の裏切り。

 クルーシュは黙ったままじっとリノの目を見つめた。


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